14 事件の終わりは全ての終わり
私が参加させられたパーティーというのは、あの湖の景色が美しい街で定期的に開催されていた秘密のパーティーだった。
仮面舞踏会と言っていいのか私にはわからないけど、参加者は仮面を装着して参加することが決められており、会場のあちこちでオークションが開かれていたとか。
絵画や壺、彫刻などの美術品、有名人(俳優、女優、王族)が所有していた小物、ドレスやアクセサリー、珍しい小鳥や小動物などの生き物まで取り扱っていたらしい。珍しい生き物枠に、異世界からやってきた人間も含まれているとか。過去の記録で、若い男女が何人も競り落とされて売られていったことが判明したと聞く。
アメーリアさんと私は幸い競りが始まる前に確保され、警備隊に保護された。
お陰で事情を聞かれた後は、王都へ戻って自宅へ戻ることが許され、アメーリアさんは中央区にあるホテルに身を寄せたとか。
「リコ、心配したぞ。無事で本当に良かった」
私が自宅に戻った三日後、ギルド長が私の家を訪ねて来てくれた。私が人攫いにあって、秘密のパーティーでオークションにかけられそうになったことを聞いて、ギルド登録をしている冒険者を募って救出隊を編成しようとしてくれたらしい。
「ご心配をおかけしました、ギルド長。ギルドの皆さんにも」
「いや、リコが無事ならそれでいいんだ。皆も安心していた」
ギルド長はそう言って私の向かいに椅子を持って来て座った。ゴツゴツした筋肉で覆われた体を持つギルド長が座るには、私の家にある椅子は小さすぎる。
「それでだな、リコには話があるんだ」
「はい」
「もう知ってると思うが、食堂の女将だったアラーナはキミに対する誘拐と人身売買に加担した罪で逮捕された。重たい罪になるだろう。人身売買は罪がとても重たい犯罪なんだよ。残念だが執行猶予は付かず、婦人用の強制労働施設にかなり長い間入所して罪を償うことになる」
「……はい」
ギルド長は大きく息を吐いて首を左右に振った。
彼にとっても、アラーナさんは長年食堂で働いていてくれた仲間である。だからギルド長が気落ちしているのはわかる、私も気が重い。《雪山の迷宮邸》という名の食堂で一緒に働いていたアラーナさんがしたことはは、食堂を利用していた全員にとってショックだっただろう。
「あの食堂、《雪山の迷宮邸》はギルドと警備隊が共同でやってる店だ。当然、そこで働く人間に現在進行形での犯罪者を置いておくわけにはいかない。アラーナは解雇になる」
そうだろうと思う。ギルドや警備隊に関係している人が罪を犯した人を雇うことは無理がある。罪を償えばまた話は変わってくるんだろうけど、逮捕されて有罪が確実だといわれている以上は無理だ。
「だからと言って、あの食堂を閉めるわけにもいかん。あそこのメシで生活してる奴らは多いし、メシを食わせるための場所だからな」
「はい」
「それでだ、来週から新しくあの店を切り盛りする人物がやって来る。料理人が二人、それぞれの妻が一緒だ。まずはその四人、三ヶ月後にはもう一人料理人が来る。五人になったところで、朝から夜まで店舗営業する形へ営業形態も変更する予定だ」
あ、そうか。アラーナさんがいない以上、私一人で食堂がやれるわけがないのだ。代わりの料理人がやってくるのは当然だ。
新しくやって来る人たちは家族だそう。二つ星ホテルの調理担当をして、ここ十年は別の街で食堂をやっていたご主人、彼の奥さん、彼の息子さんと息子さんの奥さんの四人。
以前も繁盛していた食堂をやっていたらしい。でも、その食堂は火事の貰い火で焼けてしまったそうだ。
三ヶ月後に来るもう一人も、二番目の息子さんで今勤めてる高級ホテルでの修行を終えて、食堂に合流する予定だそう。
調理ができる人が増えるから、朝から深夜まで店を開いていても問題なくなる。
「そうなんですか、朝から深夜って凄いですね」
「一応、新しい料理人からはリコが希望するのであれば、下働きとして雇っても構わないと言われている。……どうする?」
「えっ?」
もしかしなくても、私……必要とされてない? 突然のことだから、クビだって放り出すのも気分が悪いから雇ってもいいって、思われてる?
「無理にあの食堂で働く必要はない。向こうも義理で言ってきているだけだと思う。調理ギフトを持つ者が三人、調理補助ギフトを持つ者が一人、接客ギフトを持つ者が一人いて、正直に言ってすでに万全の布陣だ」
実際に何年もお店を切り盛りしてきた実績があって、しかも家族だ。もう阿吽の呼吸というか、声を出さなくても誰がなにをやるのかってことを全員が理解して動ける、そういう状態になっていると思われる。
「……ありがたいお話ですけど、遠慮します。私程度のギフトで、皆さんのお役に立てるとは思えないので」
私の出番なんて、食堂を長年営んで来た人たちの中ではない。むしろ、私がいる方がダメだと思う。もう完成しているルーティーンが壊れてしまう。
「わかった。それで、その、言い難いんだが……」
「なんでしょう?」
「この部屋のことだ……」
ああ、そうか。そういうことか。
この集合住宅はギルドの持ち物で、ギルド職員や関係者が優先的にお安い家賃で部屋を貸し出される。ここの若い人が多いのは、新人さんだったりお金になんらかの事情を抱えている人だったりが優先されているから。
私がここの部屋を借りられたのは、《雪山の迷宮邸》で働く人間であったことと、私が異世界から来た違人でこちらに不慣れだからという事情があったからだ。
私がこちらにやって来て一年とちょっと、多少はこちらの暮らしにも慣れた。そして《雪山の迷宮邸》では働かないとなればギルドとの関りもなくなる……ギルドとしては私よりもこの集合住宅に入居させたい人がいるのは当然のこと。
「申し訳ありません。荷物はすぐに纏めますので、退去手続きを進めて貰っていいですか?」
「……すまないな、リコ」
「いえ、当然のことだと思います。二、三日で出て行きます」
「そんなに慌てなくていい。三ヶ月はまだ時間がある。次の仕事と暮らす場所が決まってからでいいんだ」
三ヶ月? 日本では大家さんが店子に部屋の退去をお願いするときって、半年とか一年とか前に言うってどこかで聞いたことがあったけど、こっちでもそういうのあるんだ?
「本当に急なことですまない。リコにはなんの落ち度もないっていうのに」
「……いいえ、お気遣いありがとうございます」
ギルド長は何度も「すまない」と頭を下げて帰って行った。
部屋の窓から外を眺めると、ギルドへ戻って行くギルド長の背中が見える。そして、彼に駆け寄り頭を下げる五人組。笑顔で会話を交わし、その中でもまだ年若い男性が集合住宅を見上げて嬉しそうに笑う。その後、彼らはギルド長と連れ立って歩いて行く……《雪山の迷宮邸》の方へ。
「あの人たちが、食堂を切り盛りする人たちか……」
そう呟いた瞬間に理解した、ギルド長が三ヶ月という期限を区切った理由。この建物を見上げていた若い男の人、彼が三ヶ月後に後から合流するという二番目の息子さんで、彼がこの部屋の次の住人になるのだ。
「荷物、纏めよう」
慌てるな、次の仕事と生活する場所を探してからでいい、三ヶ月は大丈夫だから。そうギルド長は言ってくれたけれど、私自身なんだか急にこの部屋に居たくなくなった。
アラーナさんがあんな事件を起こしても、通常取引できない品や動物、人間を競売していたパーティーがあったと公表されて、大勢の人が逮捕されても、時間はいつも通りに過ぎていく。
全て綺麗に終わったこと、自分には関係なかったこと、として。
まるで、切り捨てて行くように。
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