(02)とある食堂女将の話
大勢の警備隊員がいきなり入ってきて、私は逃げるという考えが浮かぶ前に捕まえられた。突入と同じくらいあっという間の出来事。すぐさま私が誰で、どんな立場でここにいるのかを調べられて、二人いる違人のうちの一人を人買いに売ろうとしていた者だとバレた。これもあっという間の出来事だった。
「だって、仕方がないじゃないか。とにかく、お金が必要だったんだから」
取り調べを受け、どうしてこんなことをしたのかと聞かれたからそう説明すると、呆れた顔をされた。
「だったら、おまえの食堂を売ればいいじゃないか。店と土地を合わせれば、結構な値段で売れるだろうよ」
私の取り調べをする警備隊員は中部地域所属の隊員で、とても若い。私の息子といってもいいくらいの年齢だ。
「ふざけないでおくれよ。あの《雪山の迷宮邸》は私が仕切ってるけど、店自体はギルドと警備隊の持ち物で、私の一存で売れるような場所じゃない。私の持ち物じゃないんだから」
「ふざけてるのはおまえの方だろ。あの食堂が売れないことはわかった。けど、同じ理屈じゃないのか? リコ・マツイさんはおまえの家族でも所有している奴隷でもない、純粋な従業員だ。その彼女を人買いに売却して金に換えるって……食堂を勝手に売るより酷いんじゃないのか」
「……そ、それは、その」
「この国では奴隷制度は二百年以上も前に廃止されて、禁止されていることだ。ついでに、人身売買も禁止されてる。そんなことは、誰もが知ってることだろ」
「……」
わかってる。どこの世界の生まれだとかそんなことは関係がない、食堂の従業員として働いているリコを人買いに売るなんてことは、誰がどう見たって違法で、非道だ。
とても罪深いことだとしても、私はお金が必要だった。
「彼女を売ってまで大金を得ようとした、その理由はなんだ?」
「私の娘、セシリーの治療には……お金が必要で。でも、今ある貯金じゃあ全然足らない。だからお金が必要だったんだよ。できるだけ早く、できるだけ多くのお金が! でなきゃ、私の娘が死んでしまう!」
そう言うと、警備隊員も取り調べの内容を記録する係員も息を飲んだ。
セシリーは私と夫の間に生まれたたった一人の娘だ。
私の夫は御者ギフトを持っていた男で、荷馬車で荷物を街から街へ運ぶ仕事をしていた。荷馬車の御者は、一度仕事に出かけると二、三日戻らないときもあるし、盗賊に荷物を狙われる(護衛はついているけど)こともある、危険で厳しい仕事。
危険な仕事をしている男に不安がなかったわけじゃない。けど、優しく大らかな人柄に惹かれて結婚に踏み切った。その決断を後悔したことはない、今でも私は夫を愛している。
結婚後は、私は自分の料理ギフトを活かして食堂で働きながら夫が返って来るのを待つ、夫は荷を届けた先で買った菓子や小物をお土産に帰って来る、そんな日々を送っていた。
結婚して二年後、私は娘を産んだ。平均よりも早く、小さく産まれてきた娘は体が弱い。
でもそんなことは関係ない。私たち夫婦の間に来てくれた可愛い天使だ、二人で一生懸命に育てた。栄養のあるものを食べさせ、体操をさせ、太陽の光を浴びさせ、大切に大切に。
その成果が出て、娘は九歳の誕生日を迎えることができた。
この国では十歳の誕生日は盛大にお祝いをし、親から子どもへ神の加護の付いた魔道装飾品を贈ることが一般的だ。セシリーには、健康を祈る加護が付いたネックレスを贈ろうと夫婦で決め、この子が生まれたときからずっと貯金をしてきた。
丁度、夫が「大都市への配送仕事があるから、その街にある装飾品店で可愛い品を買ってくる」と言って仕事に出かけて行った。その日のことは、昨日のことのように覚えている。
いつものように支度をして、朝ごはんを家族で食べ、昼食用のお弁当を持って夫は出かけて行った。大都市までは往復で三泊四日かかり、セシリーと私は「いってらっしゃーい、気を付けて!」と夫を見送ったのだ……それが今生の別れになるとも知らずに。
事件が起きたのは、大都市での仕事を終えて(ネックレスも購入済み)三人の護衛と共に戻って来ている途中のこと。警備隊にアジトを摘発され、逃げ延びた数名の盗賊と夫たちが運悪くかち合ってしまった……らしい。
結果、護衛三人と御者をしていた夫は盗賊たちに殺されてしまう。
その盗賊たちも後に警備隊に捕まり、それぞれに刑が言い渡された。
でも、夫は戻らない。戻って来たのは、傷付いた夫の遺体と荷物だけ。その荷物の中には、セシリーのために買った加護付きのネックレスが入った小箱と、〝最愛の娘に、ありったけの愛を〟というメッセージカード。
私は、そのときに誓ったのだ。夫の分まで、最愛の娘にありったけの愛を捧げると。
セシリーと私は二人家族になったが、今までの貯蓄、運送会社からの補償とお見舞い金、国からの寡婦保証金、ひとり親世帯への援助金など、ありとあらゆる援助や補助を受けた。自分でも食堂で朝から晩まで働き、必死に娘を愛して育てた。
でも、今から七年前、国中に質の悪い伝染病が流行した。セシリーもその伝染病に感染し、重篤患者の一人になってしまったのだ。元々体が弱かったのに、その年の冬は冷え込みが強くてセシリーの体はいつもに増して弱っていたらしい。
それからは娘の完治を目指して必死になった。ギルドと警備隊が共同運営する食堂を切り盛りしながら、娘の看病を続ける。効くという薬や治療法はお金が許す限り行って貰った。でも、症状はよくならず段々悪くなっていくのがわかる。
今年に入ってからは、長く患っているせいか心臓が弱り手術が必要だと言われてしまう。手術には高額の費用がかかるし、手術をしても回復傾向になる可能性は低い。
でも、手術しなければあと数年の命だともいわれ……私は悩んでいた。娘のために、なにをすることが最善なのか?
そんなときにやって来たのがリコだ。
こげ茶色の髪に茶色の瞳、特別美人だとか可愛いとかいう容姿じゃない、普通だ。でも、とても真面目で、優しくて、気遣いのできる良い子だ。
毎日元気に食堂にやって来て、山のように積まれた食材の下拵えをし、掃除を行い、「娘さんの所へ行ってあげてください」と夕食のお届けまで引き受けてくれた。
事実リコの行動にもリコの存在にも助けられたし、その気持ちが嬉しかった。
リコには感謝してる。
でも、同時に、毎日元気に働くリコの姿が……憎らしくもあった。
セシリーと同世代であるリコの姿が、セシリーと重なる。この子はとても元気なのに、娘は病院で寝たきりだ。同じ世代の女の子同士なのに、どうしてこんなに違うのか。セシリーがリコくらい元気でいてくれたら、今一緒に食堂で働いているのはリコではなく娘だっただろうに。
いやいや、リコは真面目に頑張って働いていて、私だって助けられてるんだから。リコを憎らしく思うなんてダメだ。
何度もそう自分に言い聞かせて、手術の承諾書にサインをして手元にある金の全てを支払い、足らない分は借金をして用意した。
なんとか足りた手術代で手術は予定通りに行われ、成功した。でも、ずっと患っている病気の影響で思った以上の効果は得られなかった。
「あとは東の国で開発されたという、魔法薬に頼るしか他ありません。ですが、魔法薬はとても高価で、とても手に入れられるような品ではないために現実的ではありません。今後は苦しみをできる限り抑えて、セシリーさんが穏やかに過ごすことを考えていく方向に治療方針を変えて……」
担当医師の言葉に私は覚悟を決めた。もう、悩んでいる場合じゃない。
東の遠い国にあるという魔法薬を手に入れなくちゃいけない、早く、できるだけ早く。まずはお金を用意しなくてはいけない、だって、娘が死んでしまう。夫と私がありったけの愛を注いで育てた娘が、死んでしまうなんてダメだ。
リコは異世界から来た違人だって、ギルド職員がこっそり教えてくれた。違人なら高く売れるって話も聞いたことがある。だったらきっと、リコだって高く売れる。
髪も瞳も色はパッとしないし、顔の造りも地味だけど、リコは若くて、元気で、真面目で、優しいとても良い子だ。きっときっと、高く売れる。そのお金で、魔法薬を買ってセシリーに飲ませなくちゃいけない。
だって、ありったけの愛を注がなくちゃだから。
「母の愛も、ここまで来ると狂気の沙汰だ。何の罪もない同世代の女の子を売り払った金で買った薬を飲んで、それで健康になったとして……娘さんは嬉しいのか?」
「え?」
「母親が、自分と変わりない年齢の女の子を売り飛ばして金を手に入れて、その金で買った薬を飲んで治ったとして、喜ぶか?」
セシリー、私の可愛い娘。
私はあなたを助けたくて、あなたを元気にしてあげたくて……
「俺があんたの娘さんと同じ立場だったとしたら、嬉しくない。母親が犯罪者になるなんて、そんな辛いことねぇよ」
セシリー、あなただけは私のしたことを喜んで、くれる……わ、よね?
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