13 自分にとって大事な順番
全身から力が抜ける、そんな感覚がある。
立っていられなくなって、膝から崩れ落ちそうになった瞬間、近くに控えていたメイドさんが私を支えてくれた。そして、そのまま半ば引き摺られるように奥にある大きな扉を抜けてホールに入る。
ホールは広く、天井がとっても高い。幾つも吊り下げられたシャンデリアがキラキラと光りを反射していて、会場にいる人たちの色とりどりな服装もあってとても眩しく感じられた。
私の後にアメーリアさんが続き、私たち二人は用意されていた椅子にそれぞれ座る。
どうやら私たちはホール前方にあるステージ上にいるようだ。学校の講堂と同じで、ステージは数段高くなっている。そこに座った私たちの姿や様子は、ホール内にいる人たちからよく見えるだろう。でも、こちらからホールにいる人たちのことはよく見えない。顔には仮面を着けていて、服装と男女の性別、体形が痩せてるとか太ってるとかガッチリしてるくらいしか判別できないのだ。
ざわざわと大勢の人たちが話している声が聞こえ、その声を無視するように私たちの紹介が始まった。
名前は出さず、アメーリアさんはA嬢、私はB嬢と呼ばれる。二人とも異世界からやって来た正真正銘本物の違人で、年齢、魔力の量、ギフト、今までの経歴が勝手に披露される。
「違人はどなたも小さいわねぇ、お人形のようだわ」
「二人ともあれで成人しているというのだから、素晴らしい」
「後ろ盾のない違人は珍しいですからなぁ、できることなら二人とも……」
「どちらか一人は手に入れて……」
見た目と公開された情報で、ホールにいる人たちがアメーリアさんと私のことを値踏みしている。
四方八方から視線が飛んでくる、でもそれを不快に感じる以上に……私には先ほど聞いてしまった会話がショックだった。
私を人攫いに売ったのが、アラーナさんだったなんて……
食堂の女将であるアラーナさんとは、それなりに仲良くやっているつもりだった。
彼女の年齢からすると、アラーナさんは私の母親世代で……母との思い出のない私は「お母さんと一緒に料理をするってこんな感じなのかな?」と勝手に思って親近感を抱いていたのだ。
いろいろと大変だろうアラーナさんが少しでも楽になればいい、娘さんのための時間をとれるようになればいいって思って、私は料理の下拵え以外にも手伝えることはなんでもやった。お店の掃除も、食材搬入の手伝いも、お昼の接客も、夕食のお届けも。
でも、アラーナさんからしたら、私はただ料理の下拵えや補助をする従業員でしかない。私はアラーナさんの娘じゃない。病院で治療を頑張っているのが娘さんであって、私は赤の他人。
他人だから、娘さんの治療費を捻出するために売り飛ばしてもいい、そう判断したんだ。
私が売れてお金が手に入ればいい、売られる私がこの先どうなってもいい、そう判断したんだ。
目の前が揺れ、綺麗なビーズのついたドレスがユラユラして見える。
「A嬢はどうやら、某貴族家に目をつけられてしまったようですけど……B嬢はどういった経緯でこの場に?」
「はっきりしたことはわかりませんけど、どうやら職場関係の人物に裏切られる形になったようですよ」
「ははぁ、なるほど」
「B嬢は周囲から必要とされていなかったんですな」
「売り飛ばされるくらいですからね、大切な存在ではなかったのでしょう」
「まあまあ、だからこそ彼女の気持ちが……」
涙が溢れた。ダムが水を放水するときのように、一気に目の淵から大量の涙が溢れて頬を伝って流れ落ちていく。
私は、大事な存在じゃない。そうだ、いつだってそう。
父も母も、新しいパートナーとその人との間に生まれた子どもたちが大切だ。父は母と離婚する前から、私のことなど居ない存在として見向きもしなかった。母は祖母の葬儀ではっきりと言った「私の家庭にアンタの居場所はないから、絶対来ないでね」と、私は必要ないと。
祖父母は私を育ててくれたけれど、天国へと旅立ってしまってもういない。
こちらの世界に来ても、同じだ。私を気にかけてくれても、その順位は低い。みんな自分のパートナー、親、子どもが大切で、顔を知っているだけの私の優先順位なんて比べるまでもない。
だから、アラーナさんが娘さんのために私を売って治療費を捻出しようと決めて、私を人攫いに売るなんてことを実行したのも……アラーナさんの中では仕方がないことだ。根っこは優しくて面倒見の良い彼女のことだから、きっと悩んだと思う。でも、最終的には実行した。
元いた世界でも両親に捨てられ、こちらの世界にやって来てからもお金に変えたいと売り払われようとしてる。
どうして、私だけこんな……
ぐるぐると気持ちが頭の中で巡る度に、涙がどんどん溢れて頬を伝って零れていく。零れた涙は膝上に乗せた手の甲に落ち、ドレスの色を部分的に濃く染める。
ホール全体に大きな騒めきが広がったけれど、私はそんなこと気にならなかった。
「……お嬢様」
メイドの一人が近付いて来て、私の手にハンカチを二枚握らせる。クリーム色のハンカチには、小さなオレンジ色の花が、白いハンカチには青い花の刺繍がされていた。可愛らしい構図で、とても綺麗な仕上がりの刺繍だ。
「……」
このメイドさんが、恋人や家族といった大事な人にプレゼントしようって練習用に刺したものかな。大事な人への贈り物。
「……」
「さあさあ、皆さま! お心は決まりましたでしょうか!? 二人の若き乙女たちは、特別なギフトを持っているわけではございません。後ろ盾もございません。勝手の違うこの世界にやって来てたった一人、心細く不安な日々を送っております。そんな状況から乙女たちを救い出せる、それは皆さま方のうちのどなたかでいらっしゃるのです!」
ホール内に響く声、それに賛同する声が響く。
「それでは、別室で入札と交渉を行います。皆さま、移動をよろしくお願い致します!」
「王立警備隊だ、全員動くなっ! 大人しく投降しろ!」
この場の盛り上がった雰囲気を切り裂くような鋭い声が聞こえ、ホール内に悲鳴と怒号が響く。
「警備隊だ! 逃げろッ」
「きゃああ!」
「逃げろー!」
「抵抗するな、抵抗する者には容赦はしないぞッ」
ホール内は大混乱だ。逃げ惑う人たち、それを捕まえようとする警備隊隊員たち。大勢の人たちが入り乱れていたけれど、出入口を(窓も含め)全て封鎖しているようで誰も外に出ることができない。
ステージ上にいる私たちは、ただただその様子を眺めているだけ。
大混乱も十分ほどで収まり、ある人は拘束魔法で声と体の動きを封じられ、ある人は手を拘束する魔道具を取り付けられている。
「この場にいる全員を、違法取引禁止条例違反で逮捕する。取り調べは後ほど一人ずつ行う、申し開きはそのときに聞く。抵抗したり、暴れたりすれば罪が増えるだけだ。おとなしくしていろ! ……彼女たちを保護しろ」
「リコ!」
名前を呼ばれ、ゆっくり顔をあげるとそこにはエルガーさんがいた。
「……ど、して」
「無事でよかった、リコ。おまえが攫われたって聞いて、居ても経ってもいられなくて。その後の調査でリコたち異世界から来た女性たちが、その、違法な競売にかけられるっていうことがわかって……それで、その摘発に無理言って入れて貰ったんだ」
「エルガーさん……」
「無事でよかった。でも、その……こんな状況だけど、とても綺麗だ、リコ」
胸がぎゅーっと締め付けられる。これは、嬉しいからだ。私の知っている太陽みたいな笑顔に、地味な私の容姿を褒めてくれる言葉。嬉しい。
私とは顔見知りで、ちょっと出かけたりご飯食べたりする関係で、恋人とかじゃないのに……エルガーさんが私を心配してくれたこと、摘発メンバーじゃないのに無理言って入れて貰ってまで、ここに来てくれたこと……その事実がとても嬉しいから。
「さあ、行こうか。そちらのお嬢さんも一緒に…………あ……」
「……あ」
私はそのとき放心状態に近くて、僅かにあった意識もエルガーさんが助けに来てくれたという喜びでいっぱいだったから……その時の二人の様子を見ることができなかった。もし意識がしっかりしていたら、見ることができたと思う。
人が恋に落ちる一瞬、というやつを。
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