11 違和感なく美しいひと
木製のベッド、ベッドの脇にはサイドテーブルがあって、その上に緑色のカバーのついたランプと置時計が乗っている。一人用のテーブルと椅子があって、可愛らしいティーセットが置かれている。ティーポットに入っているお茶はとてもいい香りがして、甘くて美味しい。
テーブルに着くと、丁度窓から街の景色を見ることができる。街は活気があって、賑やかだ。
でも窓の外側には鉄格子が嵌っていて、少ししか開けることができない。
部屋は四階とか五階とかくらいで、転落防止の意味があるんだろうけど……本当の目的はこの部屋から逃げ出すことを防ぐためのもののように思う。こっちの世界の人には可能かもしれないけど、私がここから飛び降りたら死んじゃうし。
私がこの部屋に閉じ込められてから丸一日が経った。
一日三回の食事は時間になると運ばれて来て、夕方になるとお風呂に案内されてお湯を使うことができる。お茶はいつだって飲めるし、食事と一緒にお菓子だって運ばれてくる。着るものも清潔なものが毎日用意されて……不自由はない。
でも、不安しかない。
私をここに連れて来た人たちは私を「買い取った」と言っていた。いつまでここに閉じ込められているのか、ここを出たとして、その後私はどうなるのか?
わからないことばかりで、怖いし、不安。
窓から外を眺めれば、遠くに青緑色に輝く大きな湖(海かも?)とたくさんの船、オレンジ色の壁に茶色の屋根が乗った家、赤い実をつけた街路樹、白っぽい石畳が敷かれた道を行き交う人たちや荷馬車。
外には綺麗な景色が広がって、そこで暮らす人たちは笑顔が溢れているのに……私はずっと恐怖と不安でいっぱいだ。どうして、こんなことに?
震える体を自分で抱きしめていると、扉がノックされた。
「はい」
まだお昼ご飯の時間じゃないのに、人が来るのは珍しい。
「失礼するよ、お嬢さん」
入ってきたのは、私をここに攫ってきた人だった。あの時よりは身綺麗にしている、でも怖い印象は変わらない。
「待たせて悪いな」
「……」
「一週間後、パーティーが開かれる予定だ。それに出席してくれよな。綺麗なドレスと豪華なアクセサリーもちゃんと用意してある。当日は女を磨く達人っていう、メイドが来てお嬢ちゃんを滅茶苦茶綺麗にしてくれるから、お楽しみに」
「……」
「今までは笑顔が一番って思ってたんだが……、こうして見てみるとそうでもないのかもな」
「?」
怖い人は両腕を組むと、顎を指でごしごしと擦る。
「そうやって、不安です、怖いです……そういう顔されるとさ、やっぱ、男心が擽られるんだよ」
「……え?」
「怯えてるのかー、可哀そうにー、俺が護ってやらなきゃなーってそういう気持ち。無理やり作った笑顔より、いいかもって気がした。よし、そう進言してみるとするか」
「ちょっと……!」
「きっと、優しい異世界人好きな奴が買ってくれると思うぞ? パーティーまではゆっくり過ごしてくれ。じゃあな、また顔を見に来るよ」
怖い人はニヤッという感じの、嫌な笑顔を浮かべて行ってしまう。もちろん扉が閉まったあとは、鍵がかかる音が響く。
「……」
一週間後にパーティー? ドレス? アクセサリー? メイドさんが私を綺麗にしてくれる? 優しい人が買う? それって、もしかしなくても……そのパーティーは私を披露する場?
すぐに思い浮かんだのは、オークションだった。絵画や壺、宝石なんかを出品して、一番高値を付けた人が落札するアレ。異世界からやって来た『松井莉子』という異世界人をオークションにかける、そういう、こと……?
逃げ出したくても、窓は開かないし扉は鍵がかかっている。私はこの街がなんという名前なのか、国のどの辺りにあるのか、王都からどのくらい離れているのかも全くわからない。もちろん手持ちのお金もないから、万が一ここから脱出できたとしても、ご飯も食べられないし移動もできない。
「……詰んでない?」
落ち込み、先のことを想像して恐怖で震えている間に時間は流れて、一週間が過ぎた。あっという間だったように感じたけれど、時間間隔がおかしくなっているらしい。ぼんやりする。
パーティー当日の朝、数名のメイドがやって来た。ピンクベージュが可愛らしいドレス、真珠を使ったアクセサリー一式が運びこまれて、それを確認した後すぐに浴室へと連行された。
全身を洗われ、柑橘系の香りのするオイルでマッサージされ、髪もパックされる。お風呂が終わってからは新品の下着類を身に着け、ドレスを着せられ、お化粧をされ、髪を整えてアクセサリーで飾られた。
鏡には、私の知らない松井莉子が映っている。メイドさんたちの技術と、可愛らしいドレスの効果とは……私を別人に変えてしまった。
全てが終わった頃にはもう夕方で、私はメイドさんにエスコートされてパーティー会場近くの控室へと入れられる。
控室は広くて、豪華な内装(壁紙も絨毯もシャンデリア的なランプも全部)と高価そうな家具で整えられていて、すでに一人の女性がいた。
輝く金色の髪に青くて大きな瞳の女性は、私より少し年上だろうか、ロイヤルブルーのドレスにダイヤっぽいアクセサリーがとても似合っている。中世ヨーロッパ風の豪華な家具類に中にいても、全く違和感がない。むしろしっくり来てる。でも、その表情は暗い。
「……では、後ほどお迎えに参ります。この部屋でご自由にお過ごしください」
メイドさんが退室し、やっぱり扉の鍵が閉まった。
「……」
ロイヤルブルーのドレスを身に纏った女性は、非常に美しい。ハリウッド映画に出演している女優のよう。居るだけで華やぐというか、周囲にいる人たちを無条件に惹き付けるオーラを感じる。
私は彼女から離れた場所にある椅子に座ろうとコソコソ歩いた。窓の近くに椅子だけが一つ、置いてあるのだ。そこに座って大人しくしていよう。
「……あの、よければこっちに座ってくれないかしら? 少し、お話したくて。お茶もあるわ」
見た目が美しい人は、声まで美しい!
「えっ、でも……あの……」
「お願い」
美女はやや俯き、青い瞳を縁取る金色のまつ毛を震わせた。可憐で儚げな美女が悲しそうに見つめてくるなんて、映画かドラマなの!? 元が美しい人って、凄い。
「……はい」
私は彼女の儚げな圧に押され、白い丸テーブルに着いた。いつもの甘いお茶が出されて、私はゆっくりとそのお茶に口をつけた。
「ごめんなさい、私はアメーリア・バンクスと言います。あなたと同じ世界からやって来ました、今から四年前になります」
彼女、アメーリアさんは私より三つ年上の二十二歳。イギリス出身で、四年前の十八歳のときに仲間と出かけた山登り中に足を滑らせて崖下に滑落した。そして、気が付いたらこの世界にいたのだという。南部の大都市周辺に広がる牧草地で保護されたアメーリアさんは、騎士たちに保護されて神殿へ。神殿での展開は私と全く同じ。魔力は中の中、ギフトは洗濯だそうだ。
神殿を出てからは、南部の大都市にある有名高級ホテル(三ツ星とか四ツ星とかの高級ホテル)の洗濯係りとして働いていた。けれど一か月前の夜、帰宅途中に人攫いに攫われてここへ連れて来られたという。
「……つまり、やはり、そういうこと、なのですね?」
「ええ、そういうこと。私たちはこれから、売られるのだと思います」
私は、想像していた最悪の事態になっていることに対して、頭を抱えた。
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