01 就職活動に連敗している者、不可思議な現象に遭う
「はぁあ……」
スマホに届いた〝お祈りメール〟を見て、自然に声が零れた。
末尾にある『松井様のより一層のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます』の一文を、今までに何度読んだだろう? もう数えきれない。
地方にある可もなく不可もない短期大学の文学部に在籍している女子学生。特別な資格があるわけじゃない、誰もが目を引くような美人じゃない、明るく誰とでもすぐに打ち解けられる高いコミュ力があるわけじゃない、親類縁者に有名人や富豪がいて強力なコネがあるわけじゃない。
要するに、私、松井莉子はどこにでもいる無個性な女子短大生だ。
現在の国内経済状況はお世辞にもよいとは言えず、学生にとって就職活動戦線は厳しい状況になっている。世にいう就職難とか就職氷河期というやつで、有名大学の男子学生だとか在学中に資格を得ることのできる特殊な学部の学生が就職するのに精一杯。
世間的に無名の短大で、特別な資格もない女子学生の就職先など、全くないのが現実だった。
「……どうしよう」
短大に籍がある時間も残りが少ない、早く就職先を見つけなくちゃいけない。
友人の中には「就職は難しそうだから、Ⅽ大の編入試験受けるわ」と他の大学への編入試験受験に切り替えた子もいれば、「彼氏と結婚することになったの……その、赤ちゃんできたから」と卒業と同時に結婚して家庭に入る子もいた。
私はお付き合いをしている人もなく、学費の問題もあって就職一択。
就職活動の連戦連敗に凹んでる場合じゃあないけれど、流石に書類選考で〝お祈りメール〟をガンガン貰い、面接に辿り着けてもまた〝お祈りメール〟を貰う生活が続けば疲れてしまう。
「……」
スマホを鞄に仕舞い、私は重たい足を引きずるように家に向かって歩き出した。
もういい、今日は帰って寝よう。コンビニに寄ってご飯とデザートを買って、家でお風呂に入ってからドラマか映画でも見ながら食べる。そしてぐっすり寝るのだ。
明日、起きたらまた就職活動を始めればいい。地元の中小企業なら、私のようなパッとしない学生でも雇ってくれるところがあるかもしれない。
短大が学生のために用意している女性専用アパート。短大には徒歩十分弱と近く、途中には赤と緑が目立つ全国チェーン展開するコンビニ・フレンドリーマート(通称フレマ)も、地元密着型のスーパー山田山(コマーシャルソングが耳に残る)も老舗銭湯の寿湯(創業七十年)もある、なかなか好立地なアパートの一室が私の住まい。
トボトボと音が出そうな歩みでフレマに入店する。
コンビニ特有の入店電子音と、バイトくんの「らっしゃっせー」という覇気のない声に迎えられて、私はオレンジ色の買い物かごを手にした。
お弁当にするか、パスタにするか、それともサンドイッチやおにぎりにするか……
商品が搬入されたばかりなのか、食品棚にはお弁当もサンドイッチも沢山並んでいて、選びたい放題だ。シャッキシャキのレタスが売りのサンドイッチを手にし、隣にあった卵フィリングが分厚く挟んである卵サンドも買おう。
そう決めた瞬間、轟音が響き店内が大きく揺れた。
ガラスで出来た自動ドアが粉々に割れ、バイトくんの「ぎゃあああっ」という悲鳴、デザートコーナーにいた女子高生グループの「きゃーー」とか「いやーーっ」という悲鳴が響き、私は銀色に輝くハイブリッドな車の運転席で「うわあっ」って口の形をしているお婆さんと目が合った。
ハイブリッドな車の側面は大きくひしゃげていて、その後ろにコンビニのガラスをバリバリと壊している緑色の大型トラックも見える。
え? これって、どういうシチュエーション?
そう思った瞬間に銀色の車体が迫り、私は意識を失った。
***
小鳥がピチピチと鳴く声が聞こえる。目を少し開ければ、青い空と白い雲と太陽が……二つ見えた。黄色い太陽と赤い太陽。眩しい。どうして太陽が二つもあるの?
「ねえ、大丈夫? 起きられる?」
可愛らしい声が聞こえ、肩を揺さぶられて目をしっかり開ければ、大きな赤いリボンに紺色ブレザー、チェックのスカートという制服姿の女子高生と目が合った。
「……あ、うん」
「よかったー。お姉さんなかなか目が覚めなくて、心配しちゃった。車に乗ってた人もトラックに乗ってた人もいないし、ここはどこだかわからないし」
「え?」
体を起こせば、銀色のハイブリット車と緑色のトラック……の一部があった。車もトラックも、アイスクリームを掬ったみたいに運転席とその周辺が繰り抜かれた感じだ。でも、そこに運転していた人の姿はない。
「ここには、私と亜美ちゃんと……って私と一緒にいた友達ね。その子とコンビニのお兄さんと、お姉さんの四人だけっぽいの」
視線を移動させると、少し離れたところで腕にいっぱい絆創膏を貼って貰っているバイトくんと、貼っている女子高生が見えた。その女子高生が亜美ちゃん、かな。
どうやら、バイトくんは割れたガラスで腕を切っているようだ。貼り付けられた絆創膏は血がにじんでいる。
「……でね、ここ、どこだと思う?」
女子高生の言葉に周囲を見渡せば、ここがコンビニでないことがわかる。地面は芝生や下草で覆われていて、周囲には大きな木がたくさん生えていて……まるで森林公園の芝生広場のようだ。
「私たち、コンビニにいたよね? フレマで私たち、新作スイーツ見てて……で、そこにこの車とトラックが突っ込んで来て、それで……」
「気が付いたら、ここにいたってことだよね? 私たち四人だけが」
「うん、そう」
ピチピチと小鳥が鳴き、爽やかな風が木々の間を抜けてとても気持ちがいい。空気も澄んでいて、日本の街中にものとは違う感じがする。
「……終わったよぉ! あ、お姉さん気が付いて良かった。ケガしてない? っていっても、絆創膏がちょっとしかないんだけどね」
「ありがとう、ちょっと擦りむいてるだけだから、大丈夫」
掌の一部を少し擦りむいている。けれど血も出ていないし、痛みもない。
「ここどこだよ? 森? 公園? コンビニはどうなったんだ?」
制服姿の女子高生と、コンビニの制服を着たバイトくんがやって来て、私たち四人は改めて周囲を見回した。見覚えのあるものは何一つない。あるのは、車とトラックの残骸と木や花といった植物ばかり。
「……本気で、ここ、どこ?」
私たち四人は呆然としていた。
正直なところ、フレマの店内に今は残骸になっている車とトラックがガラスを割りながら入って来て、そのまま押しつぶされて死んだのだと思った。
ガラスで切ったり、擦りむいたりっていう小さなケガはしているものの、私たちは生きている。
あり得ない。
私たちは周囲を何度も見渡して、全く知らない場所であることを確認した後、これからどうするかを相談した。
結果、ここから移動してみるべきではないか、そう意見が纏まり、どっちに行こうか悩んでいたところ……小鳥たちが慌てて飛び立ち、近くにいたらしい鹿もぴょんぴょん飛びながら去っていくのが見えた。
「……なんか、ちょっと、地面、揺れてない?」
女子高生がそう言ったと同時にドドドッという音が聞こえ、地面が揺れているのを感じられた。
今度は地震?
「……誰かいるか!?」
「生きているのならば、声をあげてくれ!」
コンビニバイトくんと女子高生たちは、自分たち以外の人の声を耳にし「救助の人だ!」「おーい!」「ここにいまーす!」と大声でアピールした。ガサガサと植物をかき分ける音が聞こえ、それと同時にガチャガチャと金属同士が触れ合う音、馬の嘶きも聞こえた。
警察なのかレスキュー隊なのか知らないけど、そんな金属の音をさせるような装備ってある? 騎馬警官は日本にはないよね?
私たちを探していると思われる人たちって、どういう立場の人? それって、私たちの味方? そのことに思い当たった瞬間、ガサッとひと際大きく木々が揺れた。
「おお、生存者がいたぞ!」
「しかも、四人もいるじゃないか!」
そう言って現れたのは、馬具を装備した大きな馬と、銀色の甲冑を纏い、腰から剣を下げた人物たち。その姿は絵に描いたような西洋の騎士で、ファンタジー映画の撮影をしているといわれたら、素直に受け入れられるけれど……これは、どういう、こと?
私たちは、周囲を取り囲むようにゾロゾロと集まって来る銀色の甲冑を纏った彼らを、茫然と眺めていた。
お読み下さりありがとうございます。