第三話 林ッ!
ぼ〜ッと窓の外を眺めていたらいつの間にか放課後になってました。
「風ぁぁぁ戸ぉぉッ!」
「うおっ!?」
突然耳元で怒鳴られ俺は起立しながら我に帰る。
声の主の方へ振り向くと立っていたのは俺より頭三つ分背が低い担任教師、鬼ハゲこと鉞・大雪先生がいらっしゃっておりました。
先生は今にもブチ切れそうな表情で俺を睨んでいた。そんな先生の顔を見つつ俺はまわりのクラスメート達へ視線を移す。
みんな俺と目が合うなり、
「またかよ…」
「…今日は自分でなんとかしろ」
「せっかく教えてやったのに…」
「おとなしくお縄につけ♪」
なんてぼそぼそと呟いていた。
…うわぁ…誰も助けてくれねぇのか…仕方ない、ここは素直に…
「先生!」
「なんだッ!?」
「さようならッ!」
さ、の音を出した瞬間、俺は空っぽのカバンを取りつつ一目散に教室のドアに向かって走り出す。
こういう時は逃げるに限る!
「待たんか!」
と言われて待つ馬鹿がいるなら見てみてぇ!それにあんたに捕まるとありえねぇほど長い説教があるから尚更逃げるってんだよ!
廊下を出ると俺はすぐ階段を駆け上がる。が、背後から鬼ハゲの怒声と鬼ハゲが階段を駆け上がる音が響く。
「待たんか風戸ォォ!えぇぇいッ!!待てコラ貴様ァァァァ!!」
マズイ…俺の呼び方が名字から貴様に変わると鬼ハゲがマジ切れしたという合図だ。今まで呼び方が貴様に変わった時に捕まると比喩ではなくガチで半殺しにされたんだよな…
鬼ハゲこと鉞先生は身長158センチ、体重60キロという小柄にも関わらず柔道八段の達人だ。先生はトータルで見れば姐さんには遠く及ばないが、柔道に関してならば先生は姐さんすら凌駕する。
実際先生が身長2メートル越えのヤンキーを大外刈りで投げたのを見たときは…あまりの感動で思わず拍手しちまったぜ。
それ以来先生は別名「熊殺し」と呼ばれている(投げ飛ばした2メートルヤンキーが熊みたいな奴だったから)。
「待ぁぁぁてやぁぁぁぁ!!」
先生が叫ぶと、そのスピードが二倍近くに跳ね上がった。
ちょ…!先生!一体その小柄な身体のどっからボルトばりのスピード出してんすか!?
このままじゃ追い付かれると思った刹那、階段を駆け上がった先で突然横から腕が現れた。
「う…おッ…!」
横から現れた腕は俺の口を何か布のような物で覆った。
これってまさか…ドラマとかでよく見る…クロロ…ホル…ム…?
頭がぼーっとして何も考えられなくなると、俺の意識はぷっつりと遮断された。
あり?なんか真っ暗だな…ってか俺今どうなってんだろ…確か鬼ハゲに追っかけられて階段上ってた時に…クロロホルムを香がされたような…
とりあえず動かせる部分を動かしてみる。
腕、足、は拘束された様子もなく問題なく動くけど、足や腕を動かす度に何かに当たる。どうやら俺は狭い場所、おそらく掃除用のロッカーの中に閉じ込められているようだ。
「なんなんだよ一体…」
内側からロッカーを開けようとしても、外側からカギをかけられているようで外に出られない。
…しかたねぇ…後で先生にどやされるかもしれないけど。内側からぶち壊して出ようかね…
俺は一度深呼吸をすると拳を強く握りしめ、僅かにしか動かない腕の稼動範囲を確認する。
ロッカーの僅かな隙間で動かせる拳の稼動範囲は役15〜20センチ、それも腕は下に伸び切った状態だから打点に力を込めるのは難しい。が、
…うん、十分だな俺の腕力なら余裕でぶち壊せるぜ。よし、五つ数えたらこのドアをぶち壊そう。
「五、四、三…」
カウントと同時に右腕に力を加えて行く。
「二、一…ゼッ」
拳を放つ時、ガチャ!と言う音が響いてロッカーのドアが開いた。
「…おろ?」
ドアが開かれると目の前にツインテールの女子生徒がいた。
「うぃ〜っすセンパイ」
目の前でヘラヘラと笑っている女子生徒を見て、俺は呆れのため息が漏れた。
「何やってんだよヤシロ…」
俺の目の前でヘラヘラ笑っている女子生徒、林上・社は俺の後輩であり、俺が姐さん以外で唯一まともに話せる女子…なのだが…
「何って、センパイが鬼ハゲに追われてたんで助けただけッスよ?」
「助けてくれたのには感謝する…けどよぉ…なんでクロロホルムなんか持ってんだよ?」
「そりゃ何時でもセンパイを襲え…助けられるように必要な物は持ち歩いてるッスから」
例えばこれとか、と言ってヤシロはスカートの裾を摘んで捲った…って捲るなバカ!女の子が人前で、それも発情期真っ盛りの男子高校生に見せちゃいけませんよ!?
と俺は咄嗟に自分の両目を両手で塞ぐ(指の隙間からスカートを捲る動作をバッチリ見てるけど)。
「残念中身はスパッツでした〜」
「って期待させんなよ!」
「期待してたなんていやらしいッスよセンパイ〜」
ヤシロはヘラヘラ笑って俺の顔を覗き込む。
「あ〜うるさい!俺は健全な男子高校生だぞ?期待して何が悪い!?」
「やっぱり期待してたんスね〜そうやって素直に答えるセンパイが、私は好きッスよ」
そう言ってヤシロはエヘヘ、とヘラヘラ笑うのではなく、若干頬を赤らめた笑みを見せた。
…ぐはッ!クソォォ(ジャック・バ〇ワー風の叫び方です)…不覚にもときめいたじゃねぇかぁぁぁ!コイツ…ちょッ…かわい…
「うはッ!今の演技なのにセンパイときめいたっしょ?おんもしれぇ〜」
前言撤回!!コイツ性格最悪だぁぁぁ!
「で、これが護身用のスタンガンなんスけど〜」
そういってヤシロは太股のホルスターに着けたスタンガンを俺の目の前に持ってくる。
「うおいッ!いきなり話変えんなよ!?今はスカートの話だろ!?」
「まだ引きずるなんてセンパイエロすぎッス〜もしかして欲求不満?そうなら今晩のお相手しましょうか?」
「え、マジ!?」
「嘘ッスけど〜」
「お前は俺をどうしたいんだよ!!?」
「ははは、そんなの虐めたいに決まってるじゃないですか〜」
「この外道ォー!!」
「最高の褒め言葉ッスね」
そんなヤシロとのやり取りをしていると、俺はあることに気づいた。
窓の外が真っ暗だったということに…
…え、マジ?もしかしてもしかすると今は夜ですか?
「なあヤシロ…今何時?」
俺は何気なくヤシロに時間を聞く。
「今ちょうど夜の八時を回ったところッスけど?」
八時…?俺が鬼ハゲから逃げてた時間は確か終礼が終わってすぐだから…だいたい三時で、今が八時なら…俺五時間も意識失ってたのかよ!?ってか誰か気づけよ!
晩飯も作ってねぇし…早く帰らねぇと姐さんに殺される…
「はぁ…」
一気にブルーになった俺の心境など露知らず、ヤシロは笑う。
「ま、センパイを閉じ込めたのにはちょっとした理由があるッスよ」
「なんだよ…理由って?」
「センパイ、最近通り魔が出るって知ってますか?」
「まぁ…知ってるけどどうした?」
通り魔というのはここ三ヶ月の間、梨乃木市で出没するようになった変態クソ野郎のことだ。
奴は毎週木曜の夜九時から十時の間に10代後半から20代前半で肩まで伸ばした髪を持つ女性をターゲットに選び、背後から襲い掛かって女性の命とも言える髪を切り取るという最低な行為をする救いようのないクソ野郎だ。すでにこの通り魔による犠牲者は10人、中にはこのナシ高生も被害に遭っているという。
「これからあの調子こいてるクソ野郎をぶちのめしに行くんスよ。でも、か弱い私一人じゃ逆に捕まってなにかやらしい事されるかもしれないじゃないッスか?だから喧嘩ランキングNo.3のセンパイに頼むわけッスよ」
「お前がか弱いねぇ…」
「センパイ、なんスかその目は?じゃあセンパイは私の貞操がキモいクソ通り魔に奪われてもいいと言うんスか?」
「いやよくねぇよ」
「だったら手伝ってくださいッス」
「手伝うって言ってもなぁ…」
俺は正直無理だと思った。
この通り魔事件はニュースにもなっているし、おそらくテレビで公表されるより前から警察によって捜査が進められているはず。にも関わらず犯人の足取りはおろか姿さえ割れていない。
素人の俺とヤシロでは捕まえるどころか事件現場に遭遇することも出来ないだろう。こういうのはプロに任せるのがいい。素人が引っ掻き回すような問題じゃない。
「なぁヤシロ…俺が姐さんにもっと捜査を広げてもらうよう頼むから、俺達は首突っ込まない方がいい。それに何より素人が都合よく犯人見つけられるわけねぇだろ?」
「ダメッスよ!絶対にあのクソ野郎は私達の手で捕まえなきゃなんねーんス!でないとまた犠牲者が出るッス!!」
ヤシロはいつになく必死な目で訴えかけて来たので、俺は驚いた。いつもは俺を弄って楽しんでる人で無しだが、コイツがこんなに必死になる時は必ずなんらかの理由がある(付き合いがながい俺だからわかるんだけど)。
「なぁヤシロ…お前なんでそんなに必死なんだよ?なんか理由でもあるのか?」
俺がそう問い掛けるとヤシロは俯いて小さい声で答えた。
「友達が…あのクソにやられたんス…だからどうしてもあの娘のかわりに復讐しなきゃアタシの気が収まらねーんスよ」
…なるほどそういう事ね、コイツが真剣な理由はそれか。そりゃ親友がやられれば誰だってキレるわな…しかたねぇ、無意味かもしれないけど協力してやるか…条件つきで
「わかった。協力しよう」
「マジッスか!?」
「ああマジ、でも俺が協力すんのは今日だけ、今日通り魔が見つからなかったら捜すのは諦めろ。一人で捜すのもナシだ」
ヤシロは俺の条件を聞くと、しばらく考え込んだ様子で押し黙った。
「…わかったッス。じゃあ早速行きましょう。もうすぐ奴が出没する時間帯になるッスから」
…あり?ヤシロにしてはあっさり引き下がったな…もしかして俺がヤシロのために言ってるってことがわかったのか?だとしたら安心だな。こんな俺限定で人で無しになる奴だけど一応女の子だし、顔なじみだから、あんまり危ない事はさせたくない
「じゃあ張り切ってクソ通り魔を狩りに行くッスよ!」
「おぉー」
そんなこんなで今俺は人通りの少ない路地裏ににいる。辺りは所々街灯が灯り、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。
…こうやって見ると路地裏ってこえーな…幽霊とか出そうだぜ…俺っていつもこんな場所でヤンキー返り討ちにしてたのか…
そんな事を考えながら俺はヤシロから渡された無線機とGPS内蔵型携帯電話を見る。GPSには梨乃木市の地図が表示されており、地図の中心にはヤシロがいる場所を示す赤い矢印、そこから少し離れた場所に俺の場所を示す青い矢印の二つがある。
「うまく行くのかねぇ…」
ヤシロの提案した作戦はいたってシンプル、馬鹿な俺でも簡単に理解できるものだった。
まず通り魔に狙われ安いようヤシロが髪をツインテールを解いて長髪におろし、過去通り魔が出没した場所をひたすら歩き回る。そんで通り魔が出たらヤシロが俺の無線へ連絡、俺が通り魔を捕らえる。という流れだ
『絶対うまくいくッスよセンパイ。何てったってこの私が髪をおろしたんスから』
「でもよ、もし通り魔が俺より強い奴だったらどうすんだ?守りきれねぇぞ」
『それは有り得ないッスよ。梨乃木市どころか、この県でセンパイに喧嘩で勝てる人は輪廻さん、柴さん、大雪先生の三人しかいないっスから心配ないッス。信じてるッスからね』
「お、おう…ありがとよ」
…コイツ、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか
『あ、そうそうセンパイ。さっきから言おうと思ってたんスけど、目の前通り魔じゃないけどどう見ても私を犯そうと考えてそうなヤンキー四人に囲まれてるんスけど…』
ハイ…?今コノ子ハナント言イマシタ?
ヤンキー四人ニ囲マレテイルッテ…?
「バカ!おまっ…それ早く言えよ!!」
俺は路地裏を飛び出してGPSを頼りに走り出す。
もう…あのバカ!!肝心な所が抜けてんだから!俺が行くまでなんとか耐えてろよ!