番外編~レニエ⑥
公爵の口から出た家名を消化するのに少しだけ時間がかかった。シャリエ伯爵だと? ジゼル嬢の生家じゃないか。確かにエドモンは新人の中でも優秀と評判がいいが……
「シャリエ家、ですか……」
公爵が俺を呼んだ理由はそれか。いつから気付かれていた? ジョセフが話したのか? しかしエドモンを公爵家の婿に迎えるとなると、ジゼル嬢か妹が婿を取らなければならなくなる。
「エドモン君となればまず君に相談すべきだと思ってね」
「……ご存じでしたか」
俺の問いに公爵が笑みを浮かべグラスを上げた。公爵ならそれくらいの情報は手に入るか。まぁ、知られて困ることはないと思うが、出来れば隠しておきたかった。
「エドモン君が家を出れば後を継ぐのは姉か妹だ。姉は優秀で評判もいいが、妹はダメだ。教養もなく自制心もない。あんな女が後を継げばシャリエ家は確実に没落するだろう」
そんなことは言葉にしなくてもわかることだった。ジゼル嬢が跡を継げば立派な当主になるだろう。彼女は常に冷静で向上心もあり我慢強い。婿に爵位を継がせてもしっかり手綱を握って家を盛り立てるだろう。どちらになっても現伯爵などよりもずっと領地を富ませることができる。
一方で妹は令嬢というのも憚られるほどなっていない。淑女教育を終えたのかと疑問に思うほどだ。クルーゾー侯爵の息子と婚約していたが、それを破棄された後は若い男たちの間でフラフラしていると聞く。クルーゾー侯爵の息子が婚約を破棄したのはラシェル嬢に求婚したかったからだったはず。そうなると益々難しくないだろうか。
「なるほど。確かに仰る通りですね。それで、どうなさるおつもりで?」
既に方向性は固まっているのだろう。ドルレアク公爵家は愛妻家で有名だ。一途で溺愛という言葉がぴったりで、公爵がこうして話をしてくるということはラシェル嬢も同じ性質を持っているのだろう。だったらエドモンを迎える以外の選択肢はない。何としてでも成し遂げるだろう。
「本人の意向は?」
後はエドモンの気持ち次第か。断られても口説き落とすんだろうが。となると今日はその相談か。ジゼル嬢から話を……ということか。
「それがな、あっさりいいと言うんだ。嫡男なのにだ」
「受けたのですか?」
「そこまでは言っていないが、本人は家を捨てることに躊躇がなかった。まぁ、あの家なら仕方がないのかもしれんがな」
シャリエ伯爵が次女を偏愛しているのは有名な話だ。長男長女が優秀なのに、出来の悪い次女だけを優遇し我儘を許す。世間とは真逆の態度は社交界の七不思議と言われるほどだ。どこの家もまずは嫡男、次女など最後だろうに。
「我が家的には問題ないが、君が絡むとそうもいかないだろう?」
確かにその通りだ。ジゼルが跡取りになれば妻に迎えることは出来なくなる。でも次女を後継者にするのは自殺行為だ。伯爵がそれを理解しているかは不明だが……
「エドモン君を我が家に迎える。一方で姉は君が娶る。そうなると次女を後継にしなければならないが、あれでは不可能だ。だから優秀な婿を送り込んで後を継がせようと思ってね」
なるほど、公爵の手の者に爵位を継がせて手綱を握るか。そうなればジゼル嬢もエドモンも安心だろう。後継もジゼル嬢かエドモンの子を養子に迎えればいい。悪くないなと酒を煽った。
「侯爵に異存は?」
「ありませんね」
あの妹を抑えてくれればジゼルの心配事も減る。それは公爵も同じだろう。だがあの妹を任せられる男となると相当な忍耐力が必要だ。上手く転がせるだけの力量も。まぁ、最悪妹は離れにでも軟禁しておけばいいか。伯爵が口を出しそうなら結婚と同時に爵位を婿に渡すように持って行けばいい。溺愛する次女が家に残るのだ、伯爵も異存はないだろう。
「では婿候補を?」
「既に候補は決めているんだ。だが君の意見も聞きたいと思ってね」
それは俺が納得して付き合える相手をということか。公爵の心遣いに感謝した。
「そんな重大な任務を任せるのは誰です?」
責任重大だが、伯爵位が手に入ると思えば安い。既に名は地に落ちているが借金で立ち行かないという訳ではない。ただ当主と次女が非常識というだけだ。あの二人を排除すればいずれ家名も回復するだろう。何なら我が家からも祝い金として出資して新しい事業の手助けをしてもいい。面倒をかけるのだ、その手間賃と思えば安いものだ。
「ああ、デュノア伯爵家の長男だ」
「長男って……ジョセフが?」
にやっと公爵が笑った。そう来たか。というか売り込んだかジョセフ。なるほど、そうなれば彼の希望通り実家は弟が家を継げる。彼は爵位が手に入るし、公爵に恩も売れる。何なら俺にも。種がないのが問題だがジゼルかエドモンの子を養子にすればいいし、あの妹のことだ。他の男の種を仕込むのもありか。血統的にはあの妹が産む子であれば問題ないからな。そう考えれば悪くない。姉の婚約者だと知りながらジョセフにすり寄ってきていると聞く。ジョセフは女性の扱いが上手いからあの次女も思うように転がせるだろう。適任かもしれない。それに伯爵家の当主の地位があれば彼の立場も強くなる。王太子を引きずり落とすには爵位持ちが一人でも多い方がいい。
「どうだろうか?」
「……そう、ですね。ええ、異存はありません」
そう言うと公爵が声を立てて笑った。公爵に転がされた感は残るが悪くない話だ。
「それで、侯爵の方はどうなんだ? 見込みはあるのか?」
それはジゼル嬢のことか。それを言われると耳が痛い。まだ何も……進んでいない。
「まだこれからです。私の気持ちが王太子に知れれば……彼女が危険に晒されるかもしれません」
それだけは絶対に避けたい。そして彼女にこっちの事情を話す気はない。王太子夫妻を引きずり下ろそうなんて知らない方がいいだろう。彼女には光の当たる場所で笑っていて欲しい。私のように後ろ暗い生き方などして欲しくないのだ。




