番外編~レニエ④
ジョセフがドルレアク公爵の配下に入ったと聞いた俺は、ドルレアク公爵と協力することにした。侯爵家当主の俺が配下に入るわけにはいかない。クロエの仇とも言えるフォルジュ公爵家と王太子夫妻を排除出来るならそれに越したことはない。
それにドルレアク公爵と親しくなれば我が家やクロエの実家の安全にも繋がる。あいつらが反省したのかも怪しいし、至尊の地位に就いた後に態度を一変させる可能性もあった。
「先輩が仲間になって心強いです」
そう言いながらジョセフは宰相府や世間の情報を俺に教えてくれた。彼は彼なりに目的があって行動しているらしいが、仲間になったことで以前よりもずっと交流が増えた。彼に教えて貰った情報は中々に有益で精度も高く、彼の意外な才能を発見することになった。
一方でルイ殿下の文官室長に就くことにした。ルイ殿下直々に頼まれたのもあるし、候補者の中で俺が最年少で年が近かったのもある。まだ公務が少ないので時間に余裕が生まれ、当主業にも力を入れることができた。
そんなルイ殿下の下で働いていた俺に新たな転機が訪れた。ルイ殿下の兄のアラール殿下がマラン公爵令嬢と婚約解消したのだが、ルイ殿下がそのマラン公爵令嬢に求婚し受け入れられたのだ。突然の婚約解消と新たな婚約に世間は騒ぎになり、俺たちの仕事にも変化があった。
騒ぎが収まった頃、今度は王子妃になるマラン公爵令嬢の文官室の立ち上げを任され、そのまま室長に収まった。そこで人生の転機を迎えることになった。ジゼルとの出会いだ。
ジゼルはルイーズ様の推薦で選ばれた文官だった。学園で同級だったこと、優秀で首席争いにも加わっていたこと、予定していた結婚が消えて文官になることを目指しているという。まだ女性文官が珍しい時期なのもあり心配になったが、女性が一人くらいいた方がルイーズ様も過ごしやすいだろうということで採用に至った。
最初は不安があったジゼルだったが、実際に会ってみるとルイーズ様が推薦する理由が分かった。優秀で仕事を覚えるのも早く、また一方で次の工程を考えて仕事をしてくれるので作業が捗り無駄がない。残業も厭わない責任感の強さがあり、また失敗しても泣いて周りを困惑させることもなかった。
最初はそれだけだったのに、真面目な態度につい目で追っていることが増えた。困っていないか、周りに不当な扱いを受けていないかと気になるようになるまで時間はかからなかった。
「室長、シャリエ嬢ならもう帰りましたよ」
会議が長引き慌てて部署に戻ったある夕暮れ、俺に含みのある笑みを向けたのはカバネル先輩だった。宰相府にいた頃にお世話になった先輩だったが、直ぐに異動になって暫く離れていたが再び一緒になった。経験豊富で仕事面では頼りになるが、少々人が見え過ぎているところがある。
「先輩、私は何もシャリエ嬢に用は……」
「そうか? だったらいいんだ。俺の気のせいだな」
そう言ってやっぱり含みのある笑みを浮かべながら帰っていった。一人残された俺は暫く立ち尽くしていた。
(俺がシャリエ嬢を?)
自分では信じられなかった。そんな感情はクロエが死んだ時に一緒に消えたと思っていたからだ。それでも彼女の姿を見れば心が躍り、視線が追ってしまう。なるべく避けようと思うのに眉を下げて書類に向かう彼女を見るとつい声をかけてしまう。そんな日々が続いた。
そんな時だった。ジョセフから衝撃の告白を受けたのは。
「先輩、俺、結婚させられそうです」
そう言ってグラスの酒を一気に呷ったジョセフが口にした相手の名に激しく動揺した。幸い酔っていたジョセフには気付かれなかったが、それも時間の問題。程なくして俺の気持ちは知られてしまった。こうなると認めざるを得なかった。
「先輩、好きなら諦めないで下さいよ」
ジョセフにそう言われたがだがまだ早い……相手は追い込まれつつあるだけに、今は下手に俺の気持ちを出すことは出来なかった。下手をすると彼女がクロエの二の舞になってしまう。そんなことは絶対に受け入れられない。
「まだダメだ。時期じゃない」
王太子夫妻をその座から引きずり落とす準備は進んでいたが、まだ決定的ではなかった。フォルジュ公爵の力は随分弱まったが、まだ一発逆転の可能性がある。それは王子の誕生だ。
結婚して十年近く経つが、夫婦の間には王女一人しか産まれていなかった。王子でなければ王位継承権は発生しない。王太子妃はもういい年だ。このまま生まれなければルイ殿下の即位の可能性が高まる。それは俺たちが祈願していたものだ。
陛下も最近、王太子をルイ殿下に代えようかとお考えになっているようだった。フォルジュ公爵の求心力の低下と、力を増したルイ殿下派。臣下の後ろ盾がなければ王に就いても盤石ではない。不安定な王位は国を乱し国力を低下させる。ようやく上向きになって来たところなのだ。陛下も慎重にならざるを得ず、ただ長子というだけで王の座を明け渡すことは出来なかった。
そんなある日、事件は起こった。フォルジュ公爵の次男が違法薬物で捕まったのだ。長男が廃嫡されて当主によって毒を飲まされた後後継者になった次男。この次男も長男に似て享楽的なドラ息子だった。フォルジュ公爵の教育方針の結果だろう。麻薬を高級娼館で使って通報されたのだ。この麻薬は以前から国を挙げて摘発に乗り出していただけに、国内最高位の公爵家の嫡男が使っていたことに衝撃が走った。
この件で次男は公爵家から追い出されて平民になった。その後のことはわからない。余計なことを口にする前に処理された可能性が高いだろう。これ以上一族が期待を寄せる王太子妃の瑕疵は作れないだろうから。
一方でフォルジュ公爵の求心力は一層弱くなった。王太子夫妻の取り巻きも以前よりも数を減らし、取り入ろうとする者が減った。その代わりルイ殿下と縁を求める者が増えた。ルイーズ様の元にも以前よりも多くの人が訪れるようになり、マラン公爵の勢力は一層増した。
そんな中、ルイーズ様の公務でジゼル嬢と同行する機会があった。二泊三日の地方公務、普段女性文官は部屋割りの関係で同行しないことが常だったが、今回はルイーズ様の強い要望があったのだ。何かがあるわけではないが、それでもジゼル嬢が一緒だと思うと億劫に感じる視察も楽しく思えた。
思いがけない事態が起きたのは二泊目の夜。領主主催の晩さん会に出た後だった。晩餐会の間に酷い風雨があったらしいが、そのせいでジゼル嬢が使っていた部屋で雨漏りが発生し使えなくなってしまったのだ。替わりの部屋がないからソファを運び込むのでそこで寝て欲しいという。
「わかりました」
あっさり了承したのは彼女らしいが、上司としてそこは譲れない。未婚の令嬢にそんな真似をさせるわけにはいかない。つまらない拘りかもしれないが。幸い私の部屋は立場もあって居間と寝室に分かれていた。寝室には鍵がかかるから彼女が寝室を使えば問題ない。既に夜も遅く、この時間に訪ねてくる者もいない。黙っていればわからないだろう。
「だったら私の部屋を使いなさい」
邪な想いは一切ない。そこはわかって欲しい。そう願いながら伝える。
「ええ? でも……」
案の定躊躇されたがそれも想定内。最終的には彼女が折れてくれた。彼女が湯あみを済ませて寝室に入るまでの間外に出ていたら打ち上げ中の文官たちに捕まってしまった。まぁいいだろう、時間つぶしになる。そう思って暫く付き合った後で部屋に戻って、俺は固まってしまった。既に寝室に下がった筈の彼女が、ソファで無防備に寝ていたのだ。




