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頼りになる上司

 王宮の回廊で、しかも上司の前で復縁を願っていると宣言したフィルマン様を、私は信じられない思いで見上げた。何を言っているのかしら、この方は……


「これは……随分と情熱的な告白だね」


 常に冷静なミオット様もさすがに驚いたのか、苦笑いを浮かべていた。さすがにこんな場所ですることではない。聞かされた方も気まずく感じただろう。それ以上に私は、フィルマン様の言葉を信じられるのではないかと気が気ではなかった。冗談ではない。このまま流されたくなんかない。


「室長、違います。私に復縁の意思はありません」

「な! ジゼル!?」


 務めて冷静に宣言した。彼が一方的にそう言っているだけ。私にその気はないのだとはっきりさせておきたくて、はっきりと告げた。まだ半人前なのに結婚する気なのだと思われるのは不本意だし、さっきの言葉を聞いても彼を受け入れる気になれなかった。


「ルドン伯爵令息、私たちはとっくに終わったのです。そのようなことを仰るのはお止め下さい」

「だがジゼル、私はあなたを……」

「先に切り捨てて、二年以上放置したのはあなたです」

「……っ!」


 私の言葉に、フィルマン様は酷く傷ついた表情になった。だけど、そんな資格が彼にあるだろうか。かつて私を一方的に切り捨てたのに。


「ジ、ジゼル、あの時のことは謝る。だが私は今でも君を忘れられないんだ。だから……!」

「よしたまえ」

「ミ、ミオット侯爵……」


 縋るような今にも泣き出しそうな表情で、なおも言い募ろうとしたフィルマン様を止めたのはミオット様だった。静かな声だけど、不思議と力がある。水を浴びたようにフィルマンの興奮が止んだ。


「ルドン伯爵令息、君の言葉は一方的過ぎる。相手の意思を無視してそのようなことを軽々しくいうものではないよ。シャリエ嬢のことを想うのなら尚更だ。相手の立場を尊重しないと。そうだろう?」

「は、はい……仰る通りです……」

「うん、わかってくれて嬉しいよ」


 侯爵位と室長という肩書を持つミオット様に、フィルマン様はこれ以上何も言えなかった。まるで幼子に言い聞かせるみたいな口調だけど、わかりやすいせいかすっと心に入ってくる。


「それに彼女は今勤務中で、ここは王族が住まわれる棟の側だ。プライベートなことは持ち込まないでほしいな」

「は、はい。申し訳ございませんでした」

「うん、わかってくれてよかったよ。こんな話、人に聞かせるものではないからね。それにシャリエ嬢はルイーズ妃殿下のお気に入りだ」

「はい。浅慮な振る舞い、重ねて謝罪致します」


 決して大きな声ではなかったけれど、ミオット様の言葉はフィルマン様に効いたらしい。もう一度頭を下げて謝罪すると、そのまま来た道を戻っていった。振り返る一瞬、縋るような視線を向けて来たけれど、私はそれを見なかったことにした。


「室長、ありがとうございます」


 フィルマン様の姿が見えなくなると肩の力が抜けるのを感じ、隣に立つミオット様を思い出した。ミオット様にお礼を言った。


「ああ、余計なお節介かなぁとは思ったんだけどね。なんだか君が困っているように見えたから」

「え……?」


 まさか気付いて下さっていたなんて。それだけで沈んでいた気持ちがゆるりと浮上した。職場では優し過ぎると侮る方もいるけど、そんなことはない。なんて頼りになる方だろう。


「君は公私をきっちり分ける方だろう? あんな話をここでするのは本意ではないんじゃないかと、そう思ったんだ」


 そう言って眉を下げて笑った。その笑顔が酷く眩しく見えた。ミオット様とは仕事以外の話をしたことがなかったけれど、そんなことにも気づいて下さっていたなんて。父にもフィルマン様にもそんな風に言われたことがなかっただけに、じんわりと喜びが満ちた。


「彼は……三年ほど婚約していたことがあったんです」


 どうしてだろう。気が付けばそこのことが口から出てきた。仕事中なのにと思うけれど、言わずにはいられなかった。


「……そうだったんだ」

「でも、卒業間近に、一人になりたいと、考えたいと言われて……その頃彼には想う人がいたのはわかっていたので、婚約を白紙にしたんです」

「そうだったのか。だがそれは……随分勝手な言い分だな」

「ええ、私もそう思います。でも、彼はそうは思っていないみたいですね」


 困ったものですと言うと、ミオット様が珍しく眉間に皴を刻んだ。


「二月前に、やり直したいと手紙を頂いたんですが、そんな気になれなかったので放っておいたんです。だから会いに来たんでしょうね」

「いや、それは返事がないのが答えだろう。そんなことをしておいて、復縁できると思う方がおかしいと思うが」

「そうですよね」


 放っておけば察してくれるだろうと思っていた。決定的なことを言って関係が壊れるのを避けるため、断る場合は返事をしないことは貴族の間では少なくない。彼には通じなかったみたいだけど。でも、私の常識が間違っていなかったとわかってホッとした。


「……困ったな。ああいうタイプはまた来るだろう。もし困ったら相談に乗るよ」

「まさか! こんなことでお手数をおかけするわけには……」

「大事な部下だからね。それに、彼にあんな風に言ってしまったのは逆効果だったかもしれない。それなら私にも責任があるだろう?」


 それは気に過ぎだろうと思ったけれど、ミオット様は重ねて何時でも相談してほしいと言って下さった。その言葉に、お守りを手渡されたような気がした。





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