手に入れた幸せ
それから一年が過ぎた。
私は三か月前にレニエ様と婚姻を結び、正式にミオット侯爵夫人になった。レニエ様はあの後異動になり職場で顔を合わせる機会は殆どなくなってしまったけれど、以前よりも帰宅時間が早くなり休日もちゃんととれるようになったので、共に過ごす時間は格段に増えた。
エドモンは私たちの二か月前にラシェル様と結婚した。それはもう盛大な式で、ドルレアク公爵家の力を見せつける豪華絢爛なものだった。あんな家の当主にエドモンがなるのかと不安になったけれど、ラシェル様が始終側から離れず、今後もあの調子でサポートしそうだから大丈夫なのだろう。エドモンがダメ人間にならないかと別の心配が増えたけれど、優秀な人材が周りにいるので何とかなるだろう。そう願いたい。
一方で何とかならなかったのは父だった。あれから何度も何度も母の墓参りに行こうとして家を抜け出し、九か月前に破落戸に襲われて大怪我を負い寝たきりになった。墓参りに行けなくなった途端気力が失われたようで、この調子では長くないだろうと主治医に言われているそうだ。
本人は一日も早く母の元に行きたいのかもしれない。もっとも、子どもたちを差別して育て、結果母が一番案じていた結果になった。そんな父を母が笑顔で迎えるとは思えない。哀れと思うも可哀相だとは思えなかった。
そのミレーヌは半年前に男児を生んだ。幸いにも安産で産後の体調もいいと聞く。子どもはレオンと名付けられジョセフ様が侍女や乳母と一緒に育てているが、ミレーヌには会わせていない。最初は抵抗したミレーヌだったけれど、騒ぐなら子どもも後継者から外し、私かエドモンの子を養子に迎えると言ったら大人しくなったらしい。
そのミレーヌは今も王都の屋敷の離れでロイと一緒に暮らしている。あの後も色々あったらしくロイとの関係は酷く冷めたものになった。月に数度、子が出来そうな時期に子作りをするだけでほとんど会話もないらしい。
ジョセフ様は相変わらず領地の立て直しに奔走している。最近では新たに灌漑用の水路を造る計画を立てているとか。優秀な文官は優秀な領主になった。女性と華やかな噂を流していたけれど、レニエ様の話ではジョセフ様は情報を集めるために関係を持っていたそうだ。今はその必要がなくなり、最近では懇意にしている女性が出来たとか。ミレーヌのことがあるけれど、いずれは幸せになって欲しいと思う。
「まさか時期が被るなんて思わなかったわ……」
久しぶりにオリアーヌの元を訪れた私を待っていたのは吉報だった。やっと妊娠したという。結婚して三年以上経つのに子が出来ず離婚の話も出ていただけに、彼女からは喜びが溢れていた。先月、ルイーズ様の妊娠が発表されたから焦っていたのだ。
「ルイゾン様も喜んでいるでしょう?」
「ええ。鬱陶しいほどにね」
「もう、そんな風に言っては気の毒よ」
「まぁね。最近は悩み過ぎて髪の毛が抜けちゃってたから」
「ええっ? そこまで?」
「そう、そこまで。全てなくなる前に来てくれてよかったわ」
苦笑するオリアーヌだったけれどそれは大変だっただろう。ルイゾン様は元より髪が細くて量も少なめだったから。
「私もホッとしたわ。石女だったらと心配していたから」
そうなると親戚から養子を貰うことになるけれど、そうなれば養子の生家が何かと口を出してきて面倒だ。彼女は子供好きだったからそうならなくてよかったと思う。まだ平らなお腹を撫でる彼女はもう母親の顔をしていた。
(子ども……レニエ様との……)
帰りの馬車の中で思わず自分のお腹に手を当ててみた。結婚して三月しか経っていない私にはまだ実感が薄かった。私ももう二十一だからのんびりしていられない。そりゃあ、月の物がない時はほぼ毎晩そういうことをしているのだけど……
「お帰り、ジゼル」
「レニエ様?」
屋敷に着いたので降りようとしたら、レニエ様が出迎えてくれた。今日は宰相府に出勤していたはずだけど……
「今日の会議は早く終わってね。お陰で退勤時間に終われたんだよ」
「そうだったんですか」
まだ日が明るいうちにお帰りになるなんて久しぶりだ。十日前に大きな行事が終わったから一段落ついたのだろうけど。
「まだ明るいしせっかくだから庭を歩かないか?」
「ええ、喜んで」
差し出された手を取ってゆっくりと庭を歩いた。夕日に花々が照らされて、いつもとは違った色を映し出していた。いつもの庭が様変わりして、知らない庭のようだ。
「バルテレミー夫人はお元気だった?」
「ええ、とっても。そうそう、オリアーヌにお子が出来たそうです。まだ確定ではないらしいのですが」
「そうか。それはめでたいな。ルイーズ様もご懐妊だし、これから暫く子が増えるだろうね」
「ええ」
王族に子が出来れば、その子との政略結婚を狙って貴族も子作りに励む傾向がある。王太子殿下のところには五年前に王女が一人生まれただけだから、今回は期待が高そうだ。
「王太子妃殿下はもういいお年だ。ルイーズ様が王子を産んだら王太子候補だね」
「そうですね」
レニエ様の婚約者を襲った兄を持つ王太子妃殿下ももう三十を迎えられた。結局お二人の間に王子は生まれなかった。レニエ様の婚約者を襲った令息の妹を妃として娶る条件として、離婚も側妃も認めない、王子が生まれなければ王位は弟王子かその子にというものがあるのを知ったのは最近だ。結局、事件を起こしたフォルジュ公爵家の血を引く王子は生まれなかった。アラール様が臣籍降下したから、次の王はルイ殿下かそのお子になる。ミオット侯爵家にとっては僥倖と言えるだろう。
「ジゼルとの子が欲しいけれど、まだ新婚だしね。もう少し二人きりの時間を楽しみたいんだが……」
レニエ様も私も、周りからは一日も早く子供をと言われている。レニエ様は三十を超えているし、私の年で二、三人は子を産んでいる夫人も珍しくない。それでもまだ新婚だし、私ももう少し二人の時間を楽しみたい気持ちがあった。
「慌てなくても、いいと思います」
「ジゼル?」
「私も、もう少しだけ二人だけで過ごしたいです」
それは心の底から出た願いだった。思えばフィルマン様もジョセフ様も婚約者だったけれど恋人ではなかったし、甘い時間を過ごすことはなかった。そりゃあ、貴族の結婚だから恋愛に至るなんて珍しい方だろう。でも、私たちはその珍しい方に入れたのだ。だったらこの時間も大切にしたい。
「きっと来てくれますよ。でも、それまでは私も、レニエ様との時間を楽しみたいです」
「そうだね。先のことで悩むよりも、今を楽しもう。うん、その方がずっといい」
レニエ様が嬉しそうに私を抱き寄せた。二人ならきっと大丈夫だ。大きくて温かい身体に包まれて幸せが身体と心を奥底から満たした。
【完】
最後まで読んで下さってありがとうございます。
ジゼルの恋の話はこれでおしまいです。
番外編があるのでもう少しお付き合いください。




