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望んだのは、私ではなくあなたです  作者: 灰銀猫


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元婚約者からの手紙

 フィルマン様とは学園を卒業してそれきりだった。彼も王宮に勤めていたけれど、王宮は広く部署も違うのですれ違うことすらなかった。しかも半年もすると隣国の大使の随行員として行ってしまったのだ。

 私との婚約白紙が明らかになったのは彼が隣国に立つ三月前だったため、ルドン伯爵が激怒して、随行員に推して家から遠ざけたのだと言われていた。次男を後継者として育て直し、家督を継がせるのだろうとも。噂の真偽は不明だけど、婚約を白紙にした私にはもう関係のない筈だった。先日までは。


『もう一度やり直したい』


 先日届いたフィルマン様からの手紙には、そう書かれていた。それを目にした時の感情が再び襲い掛かる。フルーツタルトが一気に苦みを帯びた気がした。


「……どうもしないわよ」

「そう? でももう二年も経ったわ。今ならやり直せるんじゃない?」


 オリアーヌの言うことは一理あるのだろう。あれから二年、私も大人になったし、ズタズタになった心の痛みはもうない。痛みは苦い記憶に変わった。

 オリアーヌだって自身が再構築して結婚したから、私たちにも出来ると思っているのだろう。それは間違いではないと思う。オリアーヌ以外にも同じようにやり直した者たちはいるのだから。でも……


「今は仕事が楽しくて仕方ないの。まだ半人前なのに、辞めるなんて考えられないわ」

「だけど、年を重ねれば重ねるごとに結婚は難しくなるわ。一生文官を続けるつもり?」


 我が国は女性でも文官や騎士になれるけれど、それも始まったばかり。結婚したら辞めるのが一般的で、結婚せずに続けているのは訳ありの女性が殆どだ。


「一生続けられるのなら、それでもいいと思っているわ」

「今はそうかもしれないわ。年をとっても結婚は出来るもの。でも子どもは? 子どもが産めるのは今だけよ」


 オリアーヌの言う通りだ。子どもが産めるのはせいぜいあと十年くらいだろう。子供を産める期間は限られている。それは間違いないのだけど……


「わかっているわ。でも、フィルマン様の子を産みたいとは……思えないの」


 子どもは好きだし、自分の子が欲しいとは思う。それでもフィルマン様との子を欲しいとは思えなかった。想像したら眉間に力が入ってしまった。思った以上に嫌悪感があったらしい。


「……そう、よね。ごめんなさい。フィルマン様、まだ謝ってすらいないものね」


 私の表情を目にしたオリアーヌが謝ってきた。


「まぁ、確かに」

「私も……最初は会うのも嫌だったし、絶対に許せないと思っていたから。謝罪もないのにジゼルがそう思うのも仕方ないわね」


 そう、あれから会ってもいないし、謝罪だって白紙にする話し合いの時に、伯爵ご夫妻と共にしただけ。しかもあの時は晴れ晴れしい表情をしていたのだ。解放感を喜んでいるような……心の底から悪いと思っていないのは明らかだった。


「誰か……他にいい人が現れるといいのにね」

「……そうね。フィルマン様とやり直すよりも、その方がいいわ」


 一度壊れた関係をやり直すよりも、真っ新な相手と一から始める方がずっといいように思えた。わだかまりはきっと残るだろうから。どうせなら信頼できる人がいい。一緒にいて穏やかな気持ちになれる人が。今のフィルマン様は程遠かった。





 ルイゾン様も一緒に夕食もご一緒させて貰ってから寮に戻った。楽しみだったお茶会だけど、今まで感じたことのなかった苦々しい思いが残った。ルイゾン様がフィルマン様の話題を出したのもあるだろう。彼は当事者なだけあって復縁を望むのは時期尚早だと言ってくれたけれど、復縁前提で考えているのがわかって一層気が滅入った。オリアーヌには悪いけれど、こんなことなら行かなければよかったと思うほどだ。こんなことは初めてだった。深く重いため息が出た。

 湯あみをして明日の準備を終えた後、食器棚からグラスと、少し迷ってからワインを取り出した。お酒なんかめったに飲まないけれど、今は飲まなきゃやっていられない気分だった。


(はぁ……もう放っておいてほしいのに……)


 今日何度目かの深いため息が漏れた。完全に過去のことだと思っていたのに、今更だと思うのに、心が乱れる。一番腹立たしいのは、心乱される自分自身だ。どうしてこんなにも気持ちが揺れているのだろう。


 机の引き出しからフィルマン様からの手紙を取り出した。几帳面な文字が懐かしくも小憎たらしい。心穏やかに過ごしたいと願い、やっとの思いで家を出た。文官になると言った時、父は鼻で笑った。私には無理だと思ったのだろう。悔しくて情けなくて、それを糧に必死に勉強をして、やっとの思いで文官試験に通った。その時、少しだけ父は驚いたように見えたけれど、女が文官になどなってどうする、どうせ腰かけならしない方がマシだと言った。

 文官試験は狭き門だ。令息だって受かっただけでも箔が付くほどに。なのに父は私を認めなかった。一体私の何が気に入らないというのか。今となっては考える気も起きない……

 

 フィルマン様の手紙には、婚約を白紙にしたことを後悔している、どうしてあの時あんな風に思ったのかわからない、離れてみて私がいかに大切な存在だったを思い知らされた、もう一度やり直したい。こんなことが綿々と綴られていた。実直な性格そのままに飾らない言葉が並ぶ。最後には近々帰国するからどうか会って欲しいとも。


(今更謝られても、ね……)


 二年も経ってから何を言っているのかと思う。ルイゾン様のように半年もしないうちに謝りに来たのならまだしも、二年以上も経ってからでは今更感しかない。その間に手酷く失恋でもして、心が弱くなって昔を懐かしんでいるのではないか、そんな可能性まで考えた。要はもう一度恋をして破れるくらいの時間は十分にあったということ。そんな時間を経てからこんなことを書かれても信じるなんて無理だ。


 それに、彼は卒業したその日までフルール様を熱く見つめていた。愛おしそうに、切なそうに。アラール様との婚約が整ってもう手が届かない相手となっても、ルイゾン様が諦めてフルール様から距離をとっても、フィルマン様だけは彼女の側で彼女を見ていた。


(私が気付かなかったとでも思っているのかしら……)


 甘口のフルーティーなワインなのに、今日はやけに渋く感じた。





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