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望んだのは、私ではなくあなたです  作者: 灰銀猫


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レニエ様の婚約者?

 デジレ様の宣言にどういうことかと頭の中が混乱してきそうになった。レニエ様とアネット様の婚約話がドルレアク公爵の仲介で進んでいるということだろうか。でも、先ほど公爵は私との婚約を祝福して下さったはず。


「まぁ、それは初めて伺いましたわ」

「まだ内々に進めておりますもの、当然ですわ。でもラギエ伯爵家はドルレアク公爵様と懇意のご家門。失礼ですがシャリエ伯爵家は醜聞を抱えたお家ではありませんか。それではミオット侯爵様にとってもよろしくありませんわ。その意味をお分かりになりますわよね?」


 暗にシャリエ家の私では足を引っ張ると言いたいのだろう。確かにその通りだけど……


「左様でございますか。ですが私は既にシャリエ家とは縁を切り、今はセシャン伯爵家に籍を置いております」

「セシャン伯爵家ですって?」


 どうやらご存じなかったらしい。こちらも正式な公表をしていないからだけど。


「はい。先ほどドルレアク公爵様より祝福も頂きましたわ。それなのに今更辞退しては、セシャン伯爵家にもご迷惑をおかけすることになります。申し訳ありませんがお受けいたしかねます」

「こ、公爵様が?」

「ええ。先ほどご挨拶致しました際に。公爵夫人からも遊びに来るようにとお誘いを頂きましたが?」


 どういうことかよくわからないけれど、お二人の勘違いならこれだけ言えば理解して下さるはずだ。公爵家に招かれるのはそれだけで大きな意味を持つ。


「う、嘘よ! レ、レニエ様は私と……!」

「アネット様、お気を確かに!」


 アネット様が目に涙を溜めて狼狽え、それをデジレ様が支えた。そうは言われてももう決まっているのだから嘘だと言われても困る。


「そうですか。それでしたら……共にレニエ様の元に参りませんか? どうやら誤解があるようですので」


 こうなったらはっきりさせてしまいたい。こういう誤解は当事者からはっきり言って頂いた方が早いだろう。少し離れた輪にレニエ様の姿が見える。お仕事の話の邪魔だろうか……そう思いながら様子を伺っていると目が合って、レニエ様が嬉しそうに笑みを浮かべた。周りに何かを告げると真っ直ぐにこちらに向かってきた。


「ジゼル、どうかした?」

「レニエ様、実は……」

「レニエ様!!」


 事情を話そうとしたらアネット様が声を上げた。目を潤ませ両手を前で組んでいるけれど、そのせいでご立派な胸がより強調されていた。羨ましい……じゃなくて……


「君は……ラギエ家の?」

「は、はいっ! アネットです。レニエ様、お会いしたかったですわ」


 美人というほどではないけれど、顔立ちも身体つきも女性らしいアネット様が潤んだ目でレニエ様を見上げていた。それはとても色っぽくて華があった。地味顔で髪も目もぼやけた色合い、しかもスレンダーと言えば聞こえはいいけれど凹凸がない私とは大違いだ。


「それは光栄だね。でも、私は君に名を呼ぶ許可を与えた覚えはないのだが?」

「え? で、でも……お父様は、私とレニエ様は婚約すると……」

「ああ、あの話か。悪いけれどその話なら丁重にお断りしたよ。何度もね」

「え?」

「私には想い人がいると断ったんだけど……御父君から聞いていないのかな? 詳しくはラギエ伯爵に聞いてくれ」


 どうやら令嬢の勇み足だったらしい。きっと彼女はレニエ様に憧れて、釣書を送っていたのだろう。でも断られたけれど父親から聞いていなかったのか。これは少々気の毒だなと思った。ちゃんと教えない父君の失態だ。


「そ、そんな……ど、どうしてですの、レニエ様? あの方より私の方がずっと美しくて女性らしいですわ」

「悪いけど、私は女性の外見よりも中身を重視する方でね。その点ジゼルは私の理想にぴったりのご令嬢だったんだ」

「レニエ様の理想って……」


 尚もアネット様は縋り付いていた。人の関心が集まってきたからこの辺で終わっておいた方がいいと思うのだけど……


「そうだなぁ、ジゼルのいいところか。まず頭がよくて政治や経済の話も出来る。領地に関しての知識もあるし、他国の情勢にも詳しい。私の妻は侯爵夫人になるんだ。私の代理としてそれなりの知性は欲しいかな」


 そうだったのか。レニエ様は知的な女性がお好みだったのか。


「ち、知性……でも、それなら家令がいれば……」

「ああ、もちろんそれでもいいよ。我が家の家令は優秀だからね。でも、ジゼルのいいところはそれだけじゃない」

「それだけでは、ない?」


 アネット様の顔色が悪くなってきた。レニエ様、何を言うのだろう……気になるけど聞くのが怖い気がしてきた……


「そうだね、まず謙虚なところは彼女の長所だね。謙虚であるには教養と思いやりが必要だ。それに忍耐強く弱音を吐かないところも。普段凛としているから余計に守ってあげたくなる。言葉遣いも文字も綺麗だし、彼女が出す手紙は文章も美しいね。書類一つ書くにも相手のことを考えて見やすく工夫されているし、それから……」


 レニエ様の言葉が止まらない。これは一体どういうこと? 人の視線が集まって来て、何だか居た堪れない……アネット様とデジレ様も顔を引き攣らせていた。


「控えめで恥ずかしがりなところもいいね。私は古風な人間なのか奥ゆかしい女性が好みなんだよ。それに……」

「ミオット侯爵、その辺にしておいては如何ですか?」


 レニエ様を止めたのはリサジュー侯爵だった。グラスを片手に楽しそうにこちらを見ていた。その後ろにはドルレアク公爵ご夫妻やエドモン、ラシェル様もいた。気が付けば会場内の注目を集めていて、別の意味で汗が出てきた。


「ミオット侯爵、ジゼル嬢が可愛いのはわかりましたが、あまり言いすぎると令嬢が困ってしまいますぞ」


 リサジュー侯爵がそう言うとレニエ様が私を見た。リサジュー侯爵も何故このタイミングでなんて事を仰るのか……! 余計に恥ずかしいのに。


「ああ、失礼。ついジゼルのことになるとどうしても話が長くなってしまいますね。ラギエ嬢、まだまだ話し足りませんが、少しだけでもお分り頂けましたかな?」


 レニエ様が尋ねるとアネット様はこくこくと首を縦に振り、顔を引き攣らせながら失礼しますと言って去ってしまったけれど……残された私は恥ずかしくて居た堪れなかった。


「いやぁ、ミオット侯爵もドルレアク公爵とお仲間のようですな」

「はは、そうですね。ジゼルのことになると抑えが利かなくなるようです」


 しれっとそう言うレニエ様にリサジュー侯爵をはじめとする周りの方は目を瞠り、その後笑みを浮かべたけれど、その笑みが生温かく感じたのは気のせいだろうか……





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