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望んだのは、私ではなくあなたです  作者: 灰銀猫


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変わる日常

 レニエ様に会えたのは、その日の終業時間前だった。お一人ではなく、二人の文官を連れていた。一人は男性だけど、もう一人は女性だ。


「ああ、お疲れさま。来週からこの部署に異動になることになった二人だ。こちらはダヴィド=オドラン伯爵令息、こちらはマチルド=グリニー伯爵令嬢だ」


 紹介された二人はフィルマン様の代わりに異動してくることになったと言う。元々ここの定員は室長を含めて六人だったけれど、ずっと一人足りない状態が続いていた。それを何とか人事部に掛け合って元に戻して貰ったという。確かに五人でも厳しかったので有難い。


「オドラン君の指導役はムーシェ君、頼めるか?」

「はい」

「グリニー嬢はセシャン嬢に頼もう。いいかな?」

「はい、かしこまりました」


 オドラン様は二十四歳でこれまで騎士団で副団長付きだったという。栗色の髪はカールして柔らかそうだ。

グリニー様は私の二つ上で、銀髪と薄い青の瞳が目を引く。芯がしっかりしているのか目に力があった。彼女はあの激務で有名な会計監査局にいたらしい。きっと仕事が出来るのだろう。

 人員補充も嬉しいけれど、女性が入ってくれるのはもっと嬉しかった。男性しかいないのは肩身が狭いのもあるけれど、ルイーズ様は女性だからもう一人くらい女性の文官がいてくれたらと思っていたのだ。


「マチルド=グリニーです。よろしく」

「ジゼル=セシャンです。よろしくお願いします」

「セシャン? あなた、シャリエ家の方じゃなかったかしら?」

「あ、はい。昨日まではそうでしたが、事情があってセシャン家の養女になりました」

「セシャン家の……そう」


 やっぱりそうなるだろうなと思った。まだ何の発表もないのだから仕方がない。実際、養子になったことを夜会などで公表する予定は今のところない。遠くない未来にミオット家に嫁ぐから婚姻の発表と同時でいいだろうとレニエ様が仰ったからだ。


「まだ暫く日があるけど、それまでは大変だろうが三人で頼む」

「残業代はちゃんと払って下さいよ」

「当然だ。だが無理はしないでくれ。何かあったら私に言ってほしい」

「そんなこと言って、室長が一番大変でしょうに。倒れないように少しはセーブして下さいよ。もう若くないんだから」


 レニエ様の呼びかけにカバネル様が陽気に答えた。確かにレニエ様に負担がかかっている。でも、来週から人数が増えればかなり楽になる筈だ。二人の増員はレニエ様の異動も関係しているのかもしれない。





 それからはレニエ様のお屋敷から通うようになったけれど、馬車は別々だった。レニエ様と時間が合わないのもあるけれど、一番は婚約を公表していないからだ。さすがにそれまでは内々にと言うことで、私は家紋のない馬車で通っていた。公表するまでは寮にと思ったけれど、それはレニエ様に頑なに反対されてしまった。


 二週間ほど経ったある夜、珍しくレニエ様が早く帰ってきた。明日は休みだから残っている仕事は明日ゆっくり片付けるよと仰っていたけれど、やっぱりレニエ様が抱える仕事量が多過ぎる。カバネル様もムーシェ様も優秀だけど、六人でやる仕事を今は四人でやっているのだ。無理をしなければ終わらない。後暫くの我慢だとは言っても、異動して直ぐに仕事が出来るわけではないし……カバネル様の言葉が甦った。


 久しぶりに夕食を共にし、その後はレニエ様の私室でお茶を頂いた。私室に入るのは初めてでこれまでにないくらい緊張した。暗めの茶を基調とした色合いの調度品は落ち着きと風格があり、他の部屋とは違う匂いは全身を包まれているような気さえした。二人掛けのソファに並んで腰を下ろすとレニエ様の香りが濃くなった。頭に血が上る。


「二月後に我が家で夜会をしようと思うんだ。私とジゼルの婚約を発表するためにね」


 侍女が淹れてくれたお茶を飲もうとした手が止まった。


「二か月後に、ですか?」

「どうだろう? 遅いかな?」

「い、いえ。思ったより早いなと思ったくらいですが……」

「が?」

「お忙しいのに大丈夫かと思って。今でも休みがないのに、夜会の準備となると……」


 夜会の準備は手間も暇もかかる。普通は女主人が取り仕切って数カ月かけて準備するものだ。招待状や料理の手配など、やることは山のようにある。今だって休みがなく夜も遅いのに、そんな余裕があるだろうか……


「それはそれ。ジゼルのためならむしろ楽しみだよ」

「ですが……」

「それに、三月後に異動になるんだ」

「三月後に、ですか?」


 異動の話は聞いていたけれど、来年の話かと思っていた。三月後だなんて……


「以前からお声は頂いていたんだけど、さすがにこれ以上固辞出来なくてね」


 レニエ様は濃い茶の眉を下げて力なく笑った。手にしていたカップに視線を落とした。琥珀色の波紋が広がる。


「ジゼルの側にいたかったけれど、これ以上我を張ると左遷されてしまいそうだから。新婚早々別居では悲しいからね」

「それは嫌です」


 思わず口に出てしまった。でも、離れたくない。


「嬉しいよ、ジゼル。じゃ、それでいい?」

「勿論です。あの……」

「何?」

「私も……お手伝いします。ただ……我が家で夜会をしたことがないので、勝手がわからないのですが……」


 母が亡くなってから夜会をしたことはないと聞いているし記憶にない。だから手伝えることなど少ないだろうけど、それでも負担を減らしたい。


「ありがとう、ジゼル。私もわからないから一緒だよ。使用人に教えて貰いながら一緒にやろう」

「はい」


 一緒にと言う言葉に胸が高鳴る。今だったら聞けるだろうか。ずっと気になっていたことを。


「あの、レニエ様」

「何?」


 向けられる視線が優しくて涙が出そうになって、一瞬聞いていいのかと戸惑った。もう過去のことと吹っ切れているのだろうか。聞かれたくない話だったらと思い今まで口に出来なかったのだけど……


「……あの、以前からお聞きしたかったのですが……」

「一人目の、妻のことかな?」


 尋ねたことに後悔はないけれど、口の端が下がるのを見て不安が広がった。余計なことだっただろうか。







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