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望んだのは、私ではなくあなたです  作者: 灰銀猫


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二人きりの時間

 お昼前になってようやくレニエ様が執務室にやってきた。昨日、あれからどうなったのかが気になるけれど、今はカバネル様とムーシェ様がいるから尋ねるわけにはいかない。二人きりになれる機会があればいいのだけど……


「シャリエ嬢、ちょっといいかな?」

「え? あ、はい」


 二人きりになる方法を考えていたら、休憩室の入り口に立つレニエ様に呼ばれた。心が躍る。でも今は勤務中だ。気と顔を引き締めてその後に続いた。


「ああ、扉は閉めてくれるかな?」

「は、はい」


 いつもなら誤解されないように扉を閉め切ることはないのだけど、いいのだろうか。休憩室に入るとレニエ様が打ち合わせ用の席に着いたので、私はテーブルを挟んだ向かい側に座った。手を伸ばせば届く距離に胸の鼓動が早まる。


「昨日はちゃんと眠れた?」

「はい」

「そう、よかったよ。あんな風にされると思い出して眠れなくなるという話も聞いていたから、気になっていたんだ」


 さすがに私が様子を見に行くわけにはいかないからね、と言われて思わず笑みが漏れた。確かに寮は男子禁制だからレニエ様が来ても入れて貰えないだろう。寮長に断られるレニエ様の姿が安易に思い浮かぶ。あの寮長は男性には手厳しいから。それに、心配してくれたことに心が温かくなった。


「早速だけどルドン君のことだ。彼は異動させることにしたよ。二、三日は謹慎させて、その間に異動先を決める。謹慎後は手伝いの名目でそちらに出向させて、そのまま異動になる予定だ。既に陛下にも話は通してある」

「そうですか」


 もうここに戻ってこないと聞いて力が抜けた。会ったらどんな顔をして接すればいいのかと思っていたから。彼は理性的な人だから同じことはしないと思うけれど、随分酷い言葉を投げてしまった。謝罪する気も言葉を撤回する気もないから相当気まずい。仕事に支障が出るのは確実で、言い過ぎたと後悔していたのだ。


「ありがとうございました。あの、ルドン様は何か言っていましたか?」


 レニエ様に余計なことを言っていなければいいのだけど……


「ああ、落ち着いたら酷く落ち込んでいたよ。あんな風に困らせたかったわけじゃなかったと言っていた」

「そう、ですか」


 腹いせに私のことを悪し様に言ったりはしなかったらしい。そこは安心してもいいのだろうか。卑怯なことをする人ではないから。


「無事で、よかったよ」


 そう言われると同時に、テーブルの上で手を握られて身体も思考も固まった。隣にはカバネル様たちもいるのに……そう思ったのが顔に出たのか、彼らなら食堂に行ったよと言って笑った。そういえばもうお昼時だった。今二人きりなのだと改めて意識してしまったら頬が熱くなってきた。

 それを意識した瞬間、微かにノックの音が聞こえた。直ぐにレニエ様が立ちあがって執務室に戻って行く。離された手を空気が包み、寂しく感じられた。


「さ、私たちもお昼にしよう」


 そう言って戻ってきたレニエ様が押していたのは軽食が載ったワゴンだった。ここに戻る前に頼んできたのだと仰った。もしかして……


「こうでもしないと二人きりになれないからね。ああ、心配しなくてもいいよ。カバネル殿もムーシェ君も知っているから」

「……え?」

「ははは、どうやら私の態度はカバネル先輩にはお見通しだったらしくてね。前から揶揄われていたんだ」

「カバネル先輩……?」

「ああ、あの人は私が新人だった時の指導役でね。色々お世話になったんだよ」

「そうだったんですか」


 確かにカバネル様の方がレニエ様よりもいくらか年上だ。そんな繋がりがあったとは知らなかった。ううん、その前に私はレニエ様のことをよく知らない。聞いていいのかもわからないし、誰かに尋ねると怪しまれそうで聞けなかった。


「でも、先輩のせいでムーシェ君にも聞かれてしまってね。でも安心して。彼らは決して口外しないから」


 それを信じてもいいのだろうか。ムーシェ様は無口で余計なことは言わない方だけど、カバネル様は口が軽そうに見える。先輩だからって信じてもいいのだろうか。


「カバネル先輩はああ見えて口が堅いし、言っていいことと悪いことの判断はしっかりされる方だよ。だから大丈夫」


 そう言って悪戯っぽく笑った。私が警戒心を露わにしすぎたせいだろうか。


「さ、冷めないうちに頂こう」

「そ、そうですね」


 初めて同じテーブルを挟んでの昼食はとても美味しく感じられた。きっとレニエ様と一緒だからだろう。相変わらず私たちの間は上司と部下の関係に留まり、時折手を繋ぐ程度しか進んでいない。今はその時期じゃないとわかっているけれど、寂しさは否めない。婚約の話もどうなっているのだろう。婚姻までもう四月を切ってしまったけれど……


「あの……」

「どうかした?」

「退職の件は……」


 既に室長には先月、その旨を伝えてあった。あの時は私に任せてほしいと言われたけれど、どうなっているのだろう。


「一応ルイーズ様には事情と共に伝えてあるよ。だから保留扱いになっている。ルドン君が異動になるからルイーズ様は出来る限り退職を遅らせるようにと仰るだろう。そういう意味ではルドン君がやったことは私たちには幸いだった。いい口実になったからね」


 確かにそうかもしれない。結婚しても直ぐに退職しなければいけない理由にはならない。結婚後も子供が出来るまでは勤めを続ける侍女や文官も少なからずいるし、結婚後は父ではなくデュノア伯爵が決めることだから。


「一体どうやって婚約解消を? 既に結婚式の日取りも決まっていますが……」


 招待状の送付だって始まってしまっているだろうに。出すのはデュノア伯爵家からになるからどうなっているのか私も知らない。ジョセフ様に尋ねたいけれど、最近はミレーヌがくっ付いて離れないし……


「知りたい?」


 再び手が伸びてきてそっと掴まれ、心臓がまた跳ねた。私よりも体温が高い。その熱がじんわりと手から上がってくるようだ。


「気になります」


 気にならない筈がない。本当はどうなっているのか詰め寄りたいくらい不安だったのだ。信じているけれど、時間は容赦なく過ぎていく。任せてほしいと言われるから何も聞かなかったけれど、本当は怖かったのだ。






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