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婚約は白紙にしましょう

「……わかりました」


 それ以外の言葉を選べなかった。嫌だなんて、そんなの余計に惨めになるだけだから……


「そ、そうか?」


 戸惑いながらも何かを期待するような視線を向けられて胸が痛む。どこかで亀裂が入る音がした気がした。


「婚約を、いったん白紙にしましょう」

「は?」


 私がそう言うと、驚きに目を丸くした。了承すると言うことはそういうことでしょう? どうしてそんなに驚くのだろう。一人で考えたいと言ったのはあなたなのに。


「婚約を白紙だなんて! そ、そんなことは……」

「でも、このままでは何も変わりませんわ。何か、変化をお望みだったのでしょう?」


 そう。その気になれば一人でゆっくり考えることも出来たはずだ。私にわざわざ宣言しなくても、会えない理由など最終学年の今ならいくらでも繕えたはず。でも、あなたはそうしなかった。もう心はとっくに一歩踏み出してしまったのでしょう?


「だ、だけど……」


 そう言いながらも、表情はさっきよりも心なしか明るくなっている。それが答え。正直なのは美徳だけど、時と場合によるのだと実感する。


「心の問題に期限を定めても意味がありませんわ。一度白紙にして、それでもやはり私を選んでくださるなら再婚約致しましょう。私も、迷っている方と婚約を続けるのはさすがに……」


 再婚約という逃げ道を残してそう提案すると、彼は一瞬目を瞠ったけれど。直ぐに安堵したような笑顔を浮かべた。なんて残酷な人なのだろう。再婚約など、お父様たちが許すはずはないのに。


「……そうか。そうだな。確かにこのまま婚約を継続するのは、あなたにとっても失礼だな」


 自分に言い聞かせるように呟く姿に確信を持つ。やっぱり婚約を解消する理由を探していたのだと。


「ええ」

「わかった。では、一旦婚約は白紙にしよう」


 嬉しそうなあなたに、ひびの入った心が粉々になって散り散りになった。虚しさが勝ったのか、痛みは感じなかった。


「はい、承りましたわ。でも、私たちだけで決められることではありません。父には私から伝えますので、フィルマン様は御父君にお伝えください」

「ああ、わかった。君に瑕疵がないことは私からも重ねて父上に伝えておくよ」


 そう言うと彼は、軽い足取りでその場から去っていった。


(さようなら、フィルマン様)


 一人残された私は深いため息をつくと、彼が去った方角に背を向けた。





 十日後、フィルマン様が両親と共に我が家を訪れた。


「大変申し訳ない! この度は愚息が大変申し訳ないことをした!」


 そう言ってルドン伯爵と夫人、フィルマン様は頭を下げた。向こうから言い出した婚約の撤回だったが、伯爵と夫人は最後まで反対してくれた。これまでの年月を何と思っているのかと。フィルマン様と婚約しなければ、私は別の相手と婚約出来たのにと。

 一般的に相性の問題もあるから婚約後二年間は猶予期間と見られて、この間に撤回されれば気が合わなかったのだな、で済む。でも、それ以上経ってからの婚約の撤回はあまりいい風には言われない。特に令嬢の方は。


「ジゼル嬢はよくやってくれた。私たちは嫁いでくれるのを楽しみにしていたのだ……」

「ええ、私も。息子しかいなかったから娘が出来たと嬉しかったのに……」


 二人はそう言って下さったけれど、フィルマン様の決意は固かった。私が思っていた以上に彼はこの婚約が嫌だったのだ。


「ですが、こうなっては婚約の継続は難しいでしょうな」


 不快感を隠しもせず父がそう言った。


「その通りだ、シャリエ伯爵。我が家有責の婚約破棄にしてくれて構わない」


 ルドン伯爵はそう言ったけれど、世間体を重視する父は白紙を選んだ。ルドン伯爵は慰謝料を払うと仰ったが、さすがに白紙ではそうもいかない。結局これまでかかった費用などの返還という名目で慰謝料が支払われることになった。こうして私たちの婚約はなかったことにされた。


 ルドン伯爵もフィルマン様も誠実だった。私に一切瑕疵はないと言ってくれたから。それでも……


「お前がそんなんだから愛想を尽かされたのだ!」


 彼らが帰った後、私は父に責められた。白紙になったのは私に可愛げがなかったからだと。お前のような不愛想な女では捨てられても仕方がないと。それが実子に言う言葉かと思うけれど、父は昔からこうだった。


「ミレーヌを見習えと何度も言っただろう! 全く、頭でっかちで可愛げもない……わしがどれだけお前の婚約のために奔走したか……」


 確かに私の婚約は相手を探すのに時間がかかった。引く手数多で選べないとか、政略で条件を整えるためとかそういうのではない。あちこちに釣書を送ってもいい返事を貰えなかったのだ。だから一層腹立たしいのだろう。次が見つからないという点で。


「いいか、当分は大人しくしていろ! 今回の件もミレーヌの婚約が決まるまでは黙っているんだ!」


 ミレーヌは私の二つ下の妹だ。同じ金髪と薄青の瞳を持つのに、私たちは全く似ていなかった。大きなたれ目に小さな鼻、ぷるんと愛らしい唇に少し幼く見える顔立ち。フルール様とはまた違った愛らしさを持つミレーヌは父自慢の娘で、私が物心つく頃には扱いの差は歴然としていた。そんな彼女はとある侯爵家の嫡男との婚約が決まりそうなところで、父は一層ピリピリしていた。





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