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妹の婚約の行方

 フィルマン様が異動してから三月が経った。フィルマン様は自身が誓った通り、私に復縁を迫ってくることはなかった。それどころか接触も同僚として最低限だ。時々は重い荷物を持ってくれたり、ついでのお使いを頼まれてくれたりしたけれど、それは同僚の範囲を超えるものではなかった。あんなに身構えていたのは何だろうと思うほどには、フィルマン様は他人行儀だった。


「あれから大丈夫かい?」


 急ぎの書類で残業になった夜、ミオット室長に声をかけられた。気が付けば他の三人はもういなくなっていた。二人きりだと気付いたら途端に胸がどきどきしてきた。意識してしまう……


「はい、拍子抜けするほど何もありません」

「そうか、よかったよ」


 ほっと息を吐く姿に胸がキュッとなった。気遣って貰えたのが嬉しい。


「あんな風に言って、意固地になるかと心配していたから安心したよ」

「ありがとうございます。これも室長のお陰です」


 心からそう思って頭を下げた。今の平安は室長のお陰だ。


「いやいや、私は何もしていないよ」


 困ったように眉を下げて力ない笑みを浮かべた。その表情が好きだなと思う。


「そんなことはありません。ルドン様も室長の言葉で目が覚めたと言っていましたわ」


 これは本人から直接聞いた話だから嘘ではない。どれほど感謝しているか、この想いが全て伝わったらいいのにと思う。


「そうか。彼もわかってくれたのならいい。君たちは若いんだ。まだまだ新しい出会いがあるよ」


 そう言われて、幸せだった気持ちが一気に萎んだ。若者扱いが対象外だと言われているように思えたからだ。室長からしたら私など小娘でしかないのだろう。小娘でもミレーヌのように美しかったら違ったのだろうか。


「今日はもう遅い。送っていこう」

「え? そ、そんな。お忙しいのに……」

「私ももう終わるよ。さすがにここ連日残業続きだったからね」


 確かにここ数日は室長もお忙しそうだった。姿が見えず寂しく思っていたから間違いない。


「でも、王宮内は夜でも人が多いから大丈夫です。こんなことでお手を煩わせるのは……」

「そうはいかないよ。シャリエ嬢も未婚のご令嬢だ。大事な部下をこんな遅い時間に一人で帰すなんて出来ないよ」


 大事な部下という言葉にじくじくと心が痛んだ。それでも、二人きりの時間を持てると心が躍った。申し訳なく思いながらも断るなど出来なかった。


(やっぱり素敵な方……)


 寮までの長くもない距離、他愛もない話をしながら歩いた時間は至福だった。話せば話すほど、博識でありながら温かみのある人柄に惹かれてしまう。その余韻は寮に戻ってからも残った。あんな風に一緒にいられたらと願ってしまう。


(……まだ、奥様を愛していらっしゃるのかしら……)


 二十歳まで生きられないと言われたという奥様。それでも結婚したのだからきっと心から愛していたのだろう。再婚しないのも忘れられないから。そんな愛情深いところも素敵だと思う一方で、そこまで愛されている奥様に嫉妬を感じた。筋違いだとわかっていても羨ましいと思う気持ちは止められなかった。




 そんな中、妹の卒業が迫っていた。エクトル様との婚約がどうなるかと心配していた矢先、王家の夜会で事件は起こった。


「ミレーヌ゠シャリエ嬢。あなたとの婚約を破棄する!」


 夜会の最中にエクトル様はミレーヌに婚約破棄を宣言したのだ。クルーゾー侯爵ご夫妻と弟君、そして私たちも呆然とその様子を眺めていた。婚約の白紙もやむなしとは思っていても、こんな人目の多いところで一方的に破棄されるとは思わなかった。


「エクトル様、どういうことですの!?」


 ミレーヌが両手を組み、目に涙をためて見上げる様は愛らしかったけれど、エクトル様はそんなミレーヌを冷たい目で見下していた。そこには二年前にあった熱は残っていなかった。


「どういうことだと? 淑女教育も学園の成績もギリギリ。卒業までに淑女教育を終え、学園の成績も平均点をと最初に伝えてあったはずだ。なのにあなたは努力しようとすらしなかった。そんなあなたを我が侯爵家に迎えることは出来ない」


 やっぱり……父はミレーヌが可愛いからと甘やかすばかりで、婚姻の条件を丸っと無視していた。こうなることは予想出来たことだ。

 ただ、こんな公衆の面前でやることではないだろうに。これでは我が家は勿論、侯爵家にとっても醜聞でしかない。


「こんな場で……エクトル様は阿呆だよね」

「エドモン、ダメよ」


 弟がこっそり囁いてきた。その通りかもしれないけれど、誰が聞いているかもわからないのだからこんな場所ではやめてほしい。


 その後ミレーヌは泣き出し、父は激高しつつも侯爵家相手には強く言うことも出来ず、クルーゾー侯爵夫妻も息子の愚行に顔色を失くし、それぞれに会場を後にすることになった。


「あの若造が! よくもミレーヌに!!」


 馬車に乗った途端、父の怒りが爆発した。


「仕方ないだろう、その年で淑女教育が終わらないんじゃ」

「酷いわ、エドモン!」

「そうは言うけど、大抵の令嬢は入学時にはほぼ終わらせているんだ。卒業まで出来ないんじゃ、そりゃ仕方ないだろう?」

「エドモン! ミレーヌに酷いことを言うな!」

「じゃぁ父上、俺の妻が淑女教育を終えてなくてもいいのか? それを認めるのか?」

「そ、それは……」


 さすがに父も淑女教育を終えていない令嬢を我が家の嫁として迎える気はなかったらしい。それに気づいた父はもう何も言えなかった。ミレーヌはただ泣くばかりだった。


 その後、両家の話し合いで婚約は解消になった。我が家に非があったとはいえ、王家の夜会で破棄を宣言したのは非常識だったと、互いに慰謝料無しで幕引きを図った。話し合いがこじれて長引けば、一層傷を深める。それだけは避けたのだ。


 ミレーヌは王家の夜会で恥をかかされたと、暫く部屋から出て来なかったらしい。学園は一応必要な単位はギリギリでもとれていたため卒業資格はあり、通学する必要がなかったのは幸いだった。


「それで、ミレーヌはどうしているの?」


 エドモンと王都のカフェで会った時、彼女の様子を尋ねた。


「ああ、引きこもりは一週間ももたなかったよ。仲のいい令息が誘いに来て、今はカフェだ観劇だと出歩いているよ」

「……懲りてないのね」

「ミレーヌに懲りる日なんて永遠に来ないんじゃない?」

「でも、このままじゃ婚約者が……」


 夜会であんな風に婚約破棄されてしまえば、次は簡単に決まる筈もない。私だけでなくミレーヌの婚約も遠のいてしまったけれど、父がどう出るか。とにかく結婚させようと躍起になって、とんでもない縁談を拾ってきそうな気がする。ミレーヌを優先する父なだけに、ミレーヌが嫌がった縁談を私に押し付けるかもしれない。希望が持てる要素を探そうにも、一つも見つからなかった。




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