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同僚として

 お茶を入れるべきかと一瞬迷ったけれど、そうなると話が長くなりそうだったのでやめた。何を言われても私の答えは決まっている。だったら僅かでも期待を持たせる真似は避けるべきだろう。


「それで、お話とは?」


 期待を持たせないよう、冷静に問いかけた。固い空気に採用試験の時の面接を思い出した。そういえばミオット室長との出会いはそれだったなと思い出して心が少し温かくなった。あの時、こんな穏やかな人が上司ならいいなと思ったっけ。


「その前に、この前のことを謝りたい」

「この前の事?」


 眉を下げて力なくこちらを伺う様子が、昔オリアーヌが飼っていた大きな犬のようだ。


「その、王宮の側で呼び止めて、復縁を願ったことだ。あんな場所であんな話をするべきじゃなかった。申し訳なかった」


 そう言って深く頭を下げられて驚いた。室長の忠告を理解したのかと心配していたけれど、わかってくれたのか。それでも、ここに異動してきたことを思えば本当の意味で理解したのかまだ疑わしかった。


「……わかって頂けたのなら……いえ、二度とあんなことをなさらないのでしたらもういいです」

「ああ、もう復縁を迫ったりはしない」


 見たこともない真剣な目は、嘘をついているようには見えなかった。急な変化に戸惑いながらも、縋りつかれなくてよかったとホッとした。


「あの時ミオット侯爵に諭されて、いかに自分が自分勝手だったかを思い知ったよ。あの方の言葉は穏やかだったけれど、酷く心に染み入るものだった」


 目を閉じたのはあの時のことを思い出しているからだろうか。確かに室長はブルレック様が相手でも声を荒げたことはない。それでも室長の言葉は心に残り、言い返せない不思議な力があると思う。


「あの時まで、私は自分のことしか考えていなかった。二年前も。今にして思えばなんて浅はかで身勝手なことをしたのかと、今でも後悔している」

「そう、ですか」


 そんなことを言われても今更だけど、それでも気付けただけマシだろうか。


「二年前のことも、本当にすまなかった。誓って二度と復縁を求めたりはしない」


 先ほどよりも深く長く頭を下げた。彼のつむじを眺めながら、その言葉がどこまで信じられるのかと疑わしいと思ったけれど、突っぱねるわけにもいかない。謝罪を受け入れないとずっと謝ってきそうだ。それは避けたい。


「そうして頂けると助かります」


 復縁を断る言葉しか考えていなかったから、ありきたりな言葉しか返せなかった。それでも、もう一度やり直したいと言われるよりはマシだろう。


「これからは同僚としてよろしく頼む」


 困ったように眉を下げる表情は相変わらずだった。そんな姿に懐かしさと消えた筈の想いが疼く。それでも、復縁を望まないと言われれば肩の力が抜けた。


「わかりました。それではこれからは同僚として宜しくお願いします」

「ああ、これから色々教えて欲しい、シャリエ先輩」

「な!」


 思いがけない言い方に、思わず変な声が出てしまった。悪戯っぽい笑みは昔のままだ。


「ルドン様、お戯れが過ぎます」

「ああ、すまない。でも、ここでは私が一番新人だからね。先輩なのは変わらないだろう?」

「それは、そうですけれど」

「これを最後に、仕事以外の会話は控えるよ」


 だからよろしく頼むと告げた笑顔は、寂しそうに見えた。





 それからのフィルマン様は、言葉通り同僚としての態度に一貫していた。呆気ないくらいに必要最低限の会話しかなく、寂しく感じるほどだった。


(婚約者だった頃の気分が残っていたのは、私の方かも……)


 新人の指導役は本来なら私だけど、今回はカバネル様がやって下さった。陽気なカバネル様に真面目なフィルマン様の組み合わせは一方的にフィルマン様が揶揄われているようにも見えたけれど、次第に打ち解けていって、その様子に何だか複雑な気分になることもあった。





「まだ気持ちが残っていたとは、思わなかったわ……」


 フィルマン様が異動してきたことを心配したオリアーヌからカフェに誘われた私だったけれど、お気に入りのチーズタルトを味わいながら、そんな言葉が思わず漏れた。


「未練というか……情じゃない? それも家族愛に近い感じ?」

「家族愛……」


 なるほど、そう言われてみるとしっくりくるような気がした。あの頃は確かに恋心があったけれど、もうあんな風にドキドキすることはない。別の意味でドキドキすることはあるけれど。


「出来の悪い兄か弟みたいな? 私にとってはルイゾンがそんな感じよ。年下のいとこと同類。弟がいたらこんな感じなのかしらと思うわ」

「なるほど」


 いつも冷めた目をしているエドモンを思い出した。ミレーヌのせいで割を食っているのは私よりも彼だ。そのせいかエドモンは現実主義で冷めた考えの持ち主になっていた。


「エドモンの、弟……」


 エドモンとフィルマン様を比べてみた。兄……ではないわね。エドモンの方が現実的だししっかりしている。


「あ~うん、そうね。兄じゃ、ないわねぇ……」


 苦笑いを浮かべながらオリアーヌも同意した。フィルマン様はやっぱり弟だろう。


「まぁ、もう復縁は望まないっていうのならいいんじゃない? それに上司もいるんでしょう? 出世に響くから馬鹿なことはしないわよ」


 確かにここで問題を起こせば出世コースから外れるだろう。隣国で苦労して手にした実績を捨てるほど彼は考えなしではないと思う。


「あ、そうそう、この前気にしていたあなたの上司だけど」

「え?」


 急にミオット様の話になって心臓が跳ねた。その事をカバネル様に聞いてみようと思っていたけれど、フィルマン様が来てそれどころじゃなかったのだ。フィルマン様の指導役がカバネル様になったのもある。いつも一緒にいるからカバネル様に話しかけるタイミングがなかったのだ。


「この前のお茶会で情報通の夫人に聞いてみたのよ」

「そう。何かわかったの?」

「それがね。侯爵様はずっとお若い頃にご結婚なさったんですって」

「結婚……」


 奥様がいると思っていたけれど、その言葉は思った以上に重く響いた。


「ただ……」

「ただ?」

「結婚して数年もしないうちに亡くなられたそうよ」

「亡くなった?」

「ええ。でも、亡くなったことはあまり公にされず、知り合いにだけ知らせたのだとか。奥様は身体が弱かったらしくて、二十歳まで生きられないと言われていたそうよ」

「じゃあ……」

「そう、奥様の最期の願いを叶えるためだったと。侯爵様は奥様を思って再婚しないのだろうって」


 それほどまでに一途に思う方がいらしたのか。どんな時も穏やかで、それでいて感じる強さはその経験からなのだろうか。


「亡くなった方には勝てないって言うものね」


 胸の底にじんわりと痛みが広がった。






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