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思いがけない人事

「フィルマン゠ルドンです、よろしくお願いいたします」


 ブルレック様が姿を消してから十日後。新しい方がやってくると聞いていた私は、目の前で挨拶をする見知った顔に一瞬、意識が飛ぶのを感じた。


(ど、どうしてフィルマン様がここに……)


 そりゃあ欠員が出れば補充されるのは必須だけど、だからと言ってフィルマン様が来るなんて、想像しろという方が無理というもの。ミオット室長も私たちの経緯をご存じなのだから、このような打診があったら断って下さると思ったのだけど……


「すまない、シャリエ嬢」


 ミオット室長に頭を下げられてしまった。


「い、いえ。でも、どうして彼が……」

「それなんだが……」


 非常に申し訳なさそうな表情で、室長はこうなった経緯を話してくれた。


 まず、ブルレック様はこれまでにも度々勤務中に抜け出し、仲間と遊んだり娼館に通ったりしていたのが判明したという。以前からその様な噂があったので騎士団に調査を依頼していたのだという。他にも横領なども判明して懲戒処分となった。これに激怒した父親は彼を勘当して平民に落とし、彼を鉱山での強制労働に放り込んだ。横領した額と罰金を回収するためだ。


 その後、欠員の補充になったのだけど、そこで名乗りを上げたのがフィルマン様だという。隣国に行った一団は陛下が望む以上の成果を上げたため、恩賞とは別に彼らの願いを聞き入れたという。その中でフィルマン様が望んだのが、この部署への異動だったのだという。


「それでは……」

「すまない。本来なら私かルイーズ様が断れば済むんだが、今回ばかりは陛下のご命令でね。陛下ももっといい地位があるだろうと他の部署を勧めたのだが、ルドン殿がどうしてもと言って……」


 さすがに陛下も無下にすることは出来ないと、そう仰ったんだ。そう言って力なく眉を下げた。


「もしシャリエ嬢が嫌なら協力しよう。異動を望むなら出来るだけ便宜を図ろう。さすがに元婚約者と同じ部署は気まずいだろう? それに、この前のこともあるし……」


 ミオット様が言葉を濁したけれど、それは先日の復縁要請のことだろう。あれから接触がなかったのでわかってくれたかと思っていたけれど、どうやらその考えは甘かったらしい。でも、ようやく仕事にも慣れ、ブルレック様がいなくなって仕事がしやすくなったと思って喜んでいただけに、異動はしたくない。


「いいえ、大丈夫ですわ。彼も仕事中に私情を挟むことはしないでしょうから」


 隣国に行ったことで彼の評価は上がっている。ここはルイーズ様付きの文官の部屋で、ルイ殿下は男性文官にはことさら気を配られているのは有名な話だ。こんな場所で馬鹿なことはしないだろう。


「そうだろうか。だが……」


 室長の黒い瞳が気遣わしげに揺れた。ミオット様は部下を大切にしている方だ。私のことも上司として気にかけて下さっているのだろう。それが嬉しくもあり、寂しくもある。


「もし何かあったら、その時はお願いしてもいいでしょうか?」


 出来れば室長の下で働き続けたい。何も起こっていないのに自らここを離れたくはなかった。


「……わかった。出来るだけシフトが重ならないようにしよう。二人きりにならないように仕事の割り振りも考える」

「あ、ありがとうございます」


 優しい言葉にやっぱり離れたくないと思った。憧れて側にいるくらいは許して欲しい。


「だが……もし何かあったら直ぐに言ってほしい」

「は、はい」


 真剣なまなざしにドキドキしてしまった。普段は穏やかな表情を浮かべているから、こんな顔をされると心臓が落ち着かない。その言葉に嘘がないと信じられるから尚更だ。


(やっぱり、室長の下で働きたい……)


 フィルマン様のことは憂鬱だけど、室長への尊敬と憧れが勝った。




「ジゼ……シャリエ嬢」


 フィルマン様が異動してから五日後。その日の勤務を終えて帰ろうとした時、フィルマン様に呼び止められた。


「何でしょう、ルドン様」


 どうして話しかけてくるかとため息をつきながら振り返った。いつかは声をかけられると思っていたから予想はしていたけれど、出来れば放っておいてほしかった。今日までそれがなかったのは室長のお陰だ。彼とは勤務時間や休みが重ならないようにして下さったのだ。名前で呼ばれなかったのはよかったけれど。


「少し、話せないか?」


 真剣でいてどこか縋るような視線を向けられて、彼の異動の理由が確信に変わった。既に終わった縁なのに、どうしてそこまで私に拘るのだろう。私よりも若く美しく愛らしい令嬢はいくらでもいる。伯爵家の後継は弟に譲ったものの、隣国での功績で王家からの覚えもめでたく有望株と言われている。彼の妻にと望む令嬢は少なくないと聞くのに……


「……隣の部屋で、でしたら……」


 私が示したのは、私たちの職場に続く休憩室だった。ここは昼食や残業時の軽食を取ったり、時には仮眠したりすることも可能だ。室長からももし話がしたいと言われたらここを使う様にと勧められていた。ここはルイーズ様の執務室の近くだし、隣には誰かがいるから無体なことは出来ないだろうと。今日は室長とムーシェ様がまだ残っている。確かに外で会うよりはずっと安心だ。


「わ、わかった」


 まさかここで話をしたいと言われるとは思わなかったのだろう。執務室に人がいるのを見て気まずそうな表情を浮かべたけれど、先に休憩室へと歩を進めた。その後ろに続き、ドアを半分ほど開けたままにした。隣には室長がいる。きっと大丈夫だ。

 休憩室には大きめの二人掛けのソファとテーブル、一人掛けのイスが四つとテーブルがある。ソファは仮眠も出来るし、イスの方はちょっとしたミーティングをすることもある。彼は迷わずそちらに座ったので、私はその正面に座った。







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