表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

見てはいけない悪夢

作者: ウォーカー

 世界中を襲うウイルスの悪夢から、人々がようやく回復し始めた頃。

ウイルスに代わって、たちの悪い薬物が人々を蝕み始めていた。


 夢魔の花。

その花が出す花粉には、人間を眠らせて夢を見させる効能効果がある。

長期間に渡ってその花粉を摂取し続けると、

衰弱など体に悪影響があるにも関わらず、

睡眠薬や幻覚を見るための薬として裏で取り引きされている。

夢魔の花は元々、外国から持ち込まれたもので、

花粉によって人間に都合の良い夢を見させて、自分を世話をさせていたという。

そんな夢魔の花の花粉は、遠く海を超えて、この日本でも密かに広まっていた。



 不眠症に悩む若い男がいた。

その男は、仕事に人間関係にプライベートにトラブルがいっぱいで、

ストレスから不眠症に陥っていた。

夜、眠れない。

無理に眠れば悪夢にうなされる。

夜に眠れなかったかと思えば、日中の仕事中には猛烈な睡魔に襲われる。

睡眠不足で仕事も何もかもが上手くいかない。

結果、トラブルが増えてストレスも増えるという悪循環。

その悪循環から逃れたくて、その男は夢魔の花の花粉に手を出した。


 怪しげな通信販売で夢魔の花の花粉を注文し、待つこと一週間ほど。

その男の家に宅配便で荷物が届けられた。

慌てて段ボール箱を開けると、中には黒い小箱。

そして黒い小箱の中には、何やら粉末が詰まった小袋が入れられていた。

それこそが、夢魔の花の花粉だった。

「これが夢魔の花の花粉か。見た目はただの花粉と変わらないな。

 どれどれ、使い方は・・っと。」

その男は隈の浮いた目で効能書を確認した。


名前:夢魔の花の花粉

形:顆粒

用法・用量:眠れない時などに、適量を鼻などの粘膜から摂取してください。

注意事項:摂取すると数分~30分ほどで入眠効果が現れます。

その後、睡眠中に夢を見ることになりますが、夢の最後は必ず、

摂取した人が最も恐ろしいと感じる悪夢になりますので注意してください。

また、長期間に渡って摂取し続けると、効きすぎることがあります。


効能書にある悪夢という言葉が、その男の気に留まった。

「ぐっすり眠って良い夢を見たくて夢魔の花の花粉を買ったのに、

 夢の最後は必ず悪夢になるのか。

 ・・・まあいい。

 どうせ何も無くとも、眠れば必ず悪夢を見るのだから。

 確実に眠れるだけでもマシだ。

 どれ、早速これから使ってみようか。」

そうしてその男は、眠る準備をして、夢魔の花の花粉を使うことにした。

広げた紙の上に夢魔の花の花粉を少し広げて、鼻の穴から吸い込んでいく。

それからベッドの上に横になって、安静にすることしばらく。

「・・・眠くならないな。」

夢魔の花の花粉を摂取したのに、全く眠くなる気配がない。

部屋を暗くしてベッドに横になろうが目をつぶろうが、

どうにも眠ることが出来なかった。

「まいったな。

 これじゃいつもの不眠症と変わらないじゃないか。

 明日も朝から仕事だってのに。

 仕方がない。映画でも見ながら、眠くなるのを待つか。」

諦めて、その男はベッドから起き上がってテレビの前へ。

時間を潰すために映画のビデオを見ることにした。

取り出したのは、眠れない時のために用意してあるお気に入り映画。

美しい浜辺で男と女が愛を囁き合うだけの内容の映画。

退屈な内容で、だから眠りたい時にと用意していた。

テレビ画面に映画の映像が映り始める。

美しい浜辺、身を寄せ合う男と女。

波打ち際に細波さざなみがやさしく広がり、波の音が耳をくすぐる。

見ていると気分が落ち着く。

それから、女が男の手をそっと取ると、男の腕がボロっと落ちた。

取れた腕が地面に転がって砂浜に赤い染みが広がる。

男の顔は真っ赤に染まっていた。

女は悲鳴を上げて逃げ惑う。

真っ赤な顔をした男が後を追う。

その手には錆びついた大きななたが握られていた。

砂に足を取られて転んだ女に大きな鉈が振り下ろされて、

その男はハッと目を覚ました。


 その男が目覚めたのはベッドの上。

全身が寝汗でびしょびしょになっている。

「・・・もしかして僕、眠っていたのか?」

時計を確認すると、いつの間にか翌朝で、

外では雀がさえずっている声が聞こえていた。

その男は、眠っていた。

夢魔の花の花粉を摂取して数分後、

その男は自分でも気が付かないうちに眠りに落ちていたのだった。

眠りに落ちて、悪夢にうなされて、

夢魔の花の花粉の効能書の通りの効能が得られていた。

「すごいな。これが夢魔の花の花粉の効果か。

 自分が眠ったことにも気が付かなかった。

 夢もまるで現実みたいだった。最後は悪夢だったけど。

 それでも、眠れなくて徹夜するよりはマシだ。

 よし、しばらく使い続けてみよう。」

そうしてその男は、夢魔の花の花粉を使い続けることにした。


 夢魔の花の花粉は、不眠症のその男に、

入眠したことすら気が付かないほどの深い睡眠をもたらしてくれた。

眠っている間には、現実と見紛うような夢を見る。

それは美しい風景を楽しむ夢だったり、

はたまた美味しいごちそうを食べる夢だったり。

しかし最初は良い夢なのだけれど、最後は必ず酷い悪夢になる。

美しい風景は、地割れが起こる災害の光景に変わり、

美味しいごちそうは、おぞましい汚物に変わった。

夢の内容はコントロールすることはできず、最後は必ず酷い悪夢になる。

それでも、不眠症に悩むその男にとっては救済にも等しい。

どうせ眠ればいつも悪夢を見るのだから、途中まででも良い夢であれば儲けもの。

眠れないまま仕事に行って失敗し、同僚の不興を買うよりは良い。

そんな考えのもと、その男は夢魔の花の花粉を使い続けた。

そうして、その男は夢魔の花の花粉を使って、

毎晩、朝まで眠れるようになってから、

仕事も人間関係も少しずつ上手くいくようになっていった。

仕事が上手くいって会社の上司からの評価は上々、

同僚たちからは最近変わったと褒められた。

同僚たちから一目置かれるようになったせいか、

憧れの女子社員とも親しくなることができた。

何もかもが上手くいく生活。

ただしそれは夢魔の花の花粉があってのもの。

その男は夢魔の花の花粉を切らさないように買い続けなければならず、

それでも足りないと、夢魔の花の鉢植えを取り寄せて、

とうとう自宅で育成するようにまでなった。

今、その男の自宅の部屋の中には、

夢魔の花の鉢植えが所狭しと並んでいて、

まるで家の主人が夢魔の花たちに成り代わってしまったかのようだった。


 それからもその男は、夢魔の花の花粉に頼る生活を続けた。

おかげで会社では昇進を果たし、憧れの女子社員との交際も続いて、

そろそろ結婚を考えるような時期にまでなっていた。

しかし、異変は少しずつ忍び寄る。

最初は些細な変化だった。

夢魔の花の花粉の効きが、少しずつ悪くなっている気がする。

以前は、夢魔の花の花粉を摂取すれば、

入眠したことにすら気が付かないほどにぐっすり眠ることができた。

それが、少しずつ入眠に時間がかかるようになって、

今ではベッドの上でしばらく我慢しないと眠ることができない。

睡眠も浅くなったのだが、それに従って悪夢も穏やかになっていた。

以前の悪夢は、大地が割れ汚物を食べさせられるような内容だったが、

それが今では、周囲が荒れ地になったり、嫌いな食べ物を食べさせられる程度。

差し引きすれば影響は軽微。

だが睡眠不足は積もり積もって、確実にその男を蝕んでいった。

以前のようにまた日中に眠くなって仕事が上手くいかない。

人間関係も悪化して、同僚とのトラブルも再発。

身も心もヘトヘトになって帰宅し、

食事も取らずに夢魔の花の花粉だけ摂取してベッドへ。

すると隣では、今日も泊まりに来ていたらしい、交際相手の女子社員が、

こちらに背中を向けて先に眠ってしまっていた。

思えばこのところ、交際相手の態度が冷たくなった。

一時期はもうすぐ結婚と思っていたのに、最近は距離が開いた気がする。

そんなことを考えて、その男は頭を振った。

「いかんいかん。

 そんなことを考えている時間はないんだ。

 明日も朝早いんだから、早く寝ないと。」

無理にでも眠ろうと布団に入ろうとして、ゾクッと背中が寒くなった。

・・・眠るのが怖い。

毎日、寝て起きて、普通のことをするのが怖い。

今日は良くない日だった。

寝て起きたら、明日はもっと良くない日かもしれない。

そう思うと眠れない。

どうしても眠れそうもなくて、その男は寝室を出た。

「駄目だ。今夜はどうしても眠れない。

 きっと夢魔の花の花粉が足りないせいだろう。

 今夜はもう少しだけ量を多くしてから眠ろう。」

そうしてその男は、部屋中にある夢魔の花の鉢植えから花粉を集めた。

一度に使うには多すぎて余りある、

ありったけ大量の夢魔の花の花粉を摂取して、

その男はベッドに向かった。



 翌朝。

その男は、全身びっしょりになるほどの寝汗にまみれて目を覚ました。

だが、悪夢は見なかった気がする。

ベッドの隣は空っぽで、

まるで最初から自分以外に誰もいなかったかのようだった。

しっかりと眠ったはずなのに、しかし全身汗まみれで気分は最悪。

だがいずれにせよ、早く仕事に行かなければ。

そうしてその男は、背広に袖を通すと、

永遠に終わらない日常へと戻っていった。



終わり。


 必ず悪夢を見るとわかっている薬物を空想した話でした。


もしもそんな薬物があるとしたら、どうして使われるのか。

きっと有用な効果もあるに違いない。

ではその効果はどうしてあるのだろう。

そうして夢魔の花ができあがっていきました。


最後の朝、男が目を覚ますと、

隣には交際相手の姿もなく、様変わりしていました。

日常生活に恐怖を覚えた結果、

永遠に続く日常生活という悪夢に突入してしまったのか。

それとも、それまでの日々が悪夢だったのか。

夢魔の花が見せる悪夢は現実と見紛うほどで、見分けることは困難です。

あるいは、どちらも悪夢だったのかも・・・?


お読み頂きありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ