鑽火が清めるもの(4)
※ヨル視点です。
鍋からは何か辛味のある匂いがして、食欲がそそられる。
「ペッパーはまずいな…あとタマネギもだめだったよな…」
「まだか?早くしてくれ。」
「…もう少し待ってくれ。あと少し煮込まないと…」
鍋がコトコトと音を立てて、彼は何かぶつぶつと独り言を言っている。ようやく出された料理は米に茶色いドロドロがかけてあった。
「フーマ!なんて物を出すんだ!美味そうな香りがするから長い時間我慢してみれば…糞ではないか!」
「ヨル、これはカレ…」
「お前!俺が工夫して丹精込めて作った料理になんて事を…もういい。俺だけ食う…」
彼はかき込むようにあっという間に、おぞましいそれを食べ終えてしまった。
フーマの料理は信用してるが、この見た目はさすがに…だがあんなに美味そうに食べていたな…一口だけ食べてみるか。
湯気に乗って運ばれる辛そうな匂いに誘われ、芋と米を一口入れてみる。
熱さで辛さが引き立っているが、芋と米の甘みと合わさり、後を引く美味さが広がった。次にきのこを切った物を口に運ぶと、泥臭さが上手く消え旨味だけを感じる。
次の具、次の具と食べる度に違う旨味と食感を味わい、気付けば私もあっという間に平らげてしまった。
「もう一杯くれ!」
「調子のいい猫だな。仕方ない。」
彼は自慢気に私の差し出した皿へ、先ほどより多く盛り付けてくれた。
「そんなに美味しいの?…食欲が無いのだけど、私も少しだけでも…!」
彼女もまた取り憑かれたように黙々と食べては顔を仰ぎ、あっという間に食べ終えてしまう。
「私にもその…おかわりいいかな。」
少し照れ臭そうに出された器へ、得意気に盛り付けている。
「この匂い、カレーよね?なんでこんなにドロっとしているの?それにきのこ…こんなに合うなんて。」
「小麦粉を少し、あとタマネギが無い分寂しいから食感と甘味、旨味のあるきのこを入れたんだ。唐辛子が入って無いから少し物足りないかもしれないが…」
「カレーと言うのか…美味いぞフーマ!」
そう言って彼の顔を見ると、微笑みながら「まだ食うか?」と返してくれる。
私の胃袋は完全に彼の虜になってしまっているようだ。反射的に「もう一杯くれ!」と言ってしまった。
「それじゃあ今回はデザートがあるぞ。」
「デザート…?って何?」
「もう満腹で動けない…何をするんだ?」
彼が得意げに出すガラスの器には黄色がかった白い塊が入れらており、ガラスからは湯気が出ている。湯気はテーブルへと下りていき、塊からは牛乳の香りが漂っている。
「甘くて冷たいから食べれると思うぞ。一口だけでも食べてみるといい。」
差し出されたガラスの器は白い苔のような物が生え、下へと伸びる湯気は冷たかった。鈍い銀色のスプーンを持つと、指先へも冷気が伝わる。
スプーンで小さく削り取ると、土が雨で泥に変わるように表面が溶けていく。口へ運ぶと初めての冷たさにが痛いくらい刺激する。口内で液状になると強い甘味と牛乳の香りが鼻腔へ広がった。
辛味で刺激された舌や喉を膜が張ったように、ねっとりと包んでいく牛乳独特の感覚が、冷たさで爽やかに通り抜ける。
「何これ…すごく美味しい…」「……美味い…」
私達はカレーで満腹だったことなど忘れ、甘い誘惑に心を奪われてしまっていた。
「初めてのアイスは中々刺激が強かったみたいだな。」
「もうだめ…動けない。」
「私ももう食べれない。少し寝かせてくれ。」
テーブルへ突っ伏して、そのままアイスで冷やされた木の匂いへ溶け込むようにひと眠りした。
「そろそろ行こうか。第二幕の時間だ。」
肩を優しく叩かれハッと目を覚ますと、部屋は少し暗くなり世界の輪郭がぼやけていた。固い椅子の上で寝ていたせいか、体からは少し軋む音がする。
私たちは寝ぼけた目を擦りながら彼の掌へ手を置くと、また朝の特等席に座っていた。
町は静かに夜を待って明かりが灯りだしている。
……パチッ……
横から小さな音が聞こえたかと思ったが、その瞬間遠くで火が昇り始めた。見張り台と町の壁が一斉に燃え始める。見張り番達が壁の台で騒ぎ出した声がする。
……パチッ……
もう一度指を鳴らす音がして、遠くの家から手前の家まで一斉に炎が上がった。柱を繋ぐ下の木から燃え出して、取り囲むように壁板を伝っていく。
生き物のように蠢きながら家全体を包み、飲み込んでいく。
「フーマ…これは一体…?」「何が起きてるんだ…?」
……パチッ……
ハトホルの声にも私の問いにも答えることなく、彼は目を細めて地図を見ながら中指を打ち鳴らす。
今度はここの周囲にある家が一斉に燃え出し、黒に染まりだしていた世界を橙色に塗り替えていく。
「きゃあああ…」「熱いよお…」
悲鳴と断末魔が入混じり夢の中にでもいるようだった。
最初に燃え出した家は屋根が落ちてしまったが燃え足りないと言わんばかりに、残った柱を炭に変えながら煌々と燃えている。
三角の屋根が次々に落ちていく。大きい何かに真上から押されたようにグシャッ…グシャッ…と落ちていき、悲鳴が徐々に聞こえなくなる。
見張り台の火はあっという間に骨組みを走り、屋根へ到達していた。柱同士を繋いでいる木が焼け落ち、上に居た人間もろとも倒壊していく。
この館と教会以外の全てが赤く輝く柱を作り、大きな炎の建物が天に向かって出来上がっていくようだった。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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