土竜(25)
目的の土魔法師を仲間として引き連れ、クロユリの街へと戻ってきた。
「ハイダラ、早速だが…とその前に。ハトホル、ちょっと来てくれ。」
俺は田んぼの中に見慣れた姿を発見して、声を張り上げて手を振る。
「おかあさーん!おとうさーん!おーい!!」
「あれ!?フーマ様じゃないかい?ちょっと待っとくれー!」
泥の中を猛スピードで歩いて来てくれた。
「あれ?そのお方は?」
「俺の嫁だ。名前はハトホル。」
「は、初めまして。」
彼女は何故かかしこまってカーツィをしているのだが、ご夫婦はそれより俺が妻帯者になった事に驚き喜び大変だ。
「俺らの事は良いから、目を見せてくれ。ハトホル、治すぞ。」
彼女は頷き、俺の手を握り治癒魔法をかけた。
白濁は無くなったが、どうやら失敗のようだ。治癒で白内障を治せても視力は最初に戻るだけ。生まれつき悪ければ、良くする事は出来ない。
「これを付けてみてくれるか。」
「こ、これは!見える。見えますよ!」
木縁のフレームの眼鏡をかけ、大きくなった目を丸くして、彼らは手を取り合い嬉しそうに笑っている。度が合っているかわからないが、とりあえず良いだろう。
「フーマ様、ところでそこの可愛いらしいお嬢ちゃんは?」「か、可愛いなんて…」
おやおやと農夫に顔を見つめられ、彼女は照れて赤く頬を染めてモジモジしている。
「可愛いじゃなく可愛いらしいな!勘違いすんなよ!良いから次行くぞ。」
元はスライム神殿作りの為にハイダラ達と来たのだ。先を急がなくては。
「この壁をイメージして、繋げるように横に展開してくれ。2、3枚展開したら土砂を撤去。鉄の部分を接合して行くのを忘れるな。あと…」
「これは…一体何を作る気だ。」
ハイダラが怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。俺が試しに作っておいた1フロア。ここから街全体に展開して、徐々に下側へ広げる格好だ。
「家庭の汚水を貯めるエリアを作る。上のコイツがトイレなんだが、最終的に洗濯、皿洗いの水、ゴミなんかもスライムに食わせる。」
そこまで言うと、彼は唖然とした表情をした後に、5年経ってより屈強になった肩を落とし「わかったよ。やればいんだろ…」と仲間たちへ指示を出している。
「この杭は2倍にしてくれ。あと材料はガーベラに言えば運んでくれる。じゃ、後は任せたぞ。」
「また難しい事を…っておい!…約束…ちゃんと守れよ!」
「あぁ、俺は俺の仕事をする。」
ハイダラ達に礼を言いながら、その場を後にした。
「フーマ様!…とその女は誰ですか?」
「ふ、フーマ!戻ってきたんだね!」
ヒューゴは俺を見つけるや両手で俺の手を取り、目を輝かせている。ヴァイオレットはと言うと、ハトホルの事をじっと睨んでいるようだが…
「フーマ、そこの女こそ誰よ。」
ハトホルも相対するように睨みを効かせている。
「ヒューゴのフィアンセだ。こっちは俺の嫁。」
「な、フーマ様!私はこんな無礼な女反対です。それに6年も放っておいて…」
いや、彼と婚約してたじゃないか…と思ったが、心の隅にしまっておいた。
「ふん。フーマは私が良いんですー。」
勝ち誇ったように仁王立ちし、言ってから恥ずかしくなったのか顔を背けている彼女を尻目に、彼と話を始めた。
気になっていたスライムの苦手な物は辛い物だったようだ。トイレの下縁に唐辛子を垂らして、増えすぎないよう調整しているとの事。
唐辛子に触れた個体は、そこに何も無かったかのように消えていた。残るのは謎の液体のみだが、この液もスライムが吸って、雑物同様に個体数が増える養分になるようだ。
問題は今後、下の空間を広げた時にどのように減らすかだが…天井いっぱいに吊るすか?だが、管理が出来ないな…
すぐには良い案が出なそうなので、頭を切り替える事にしよう。
「そういえば城門受付のあれはどういう仕組みなんだ?」
気になっていたガラス板について聞く事にした。
「あれは聖魔法の呪文を印字してあるんだよ。」
「どういう事だ?」
「せ、セバスさんに協力してもらって、嘘を暴く時に頭へ浮かぶ、じ、呪文の文字を、が、ガラス板へ書いただけだよ。」
「それって…大発見なんじゃ…」
というより呪文ってなんだ。俺はイメージするだけで具現化しているが…それにこれは…
「悪にもなり得る技術…」
「そ、そう。だからギルドカードが、ひ、必要という形式をとってるの。呪文が短いからち、小さくして、え、円状に。」
ロゴか何かのように見えるようにして誤魔化してるのか。
ヒューゴは珍しく自慢げに俺を見てくるので、頭を揉みくちゃに撫でてやる。
ガラスは土国からいくらでも手に入る。気体や固体の概念を知ったら、悪用しようとすればいくらでも出来るだろう。
「転移ガラスを下水内へ設置して唐辛子水を転移させるようにするか。」
唐辛子水なら乾いたらスライムへ影響が出ないんじゃないだろうか。やってみない事にはわからないが…水といえば…
「それと数字を印字した板を水路、いや井戸に沈めよう。家には出口用として、数字に合った転移呪文を書いた板を設置すれば水が引けるんじゃないか。出口用の方は印字後に同じ色で塗り潰して…いや『真実の月』か。」
「そ、そうか。それなら印字の秘密は、ば、バレないかもね。」
色々と提案してみた後に彼を見ると、ふんふんと鼻息を荒くして、すごく期待した様子で見つめている。
「悪いんだが俺は呪文が頭に浮かばないんだ。セバスにお願いしてくれるか?」
がっくりと俯く彼の髪を優しく撫でた。
「これからもよろしく頼む。スミレの事も。」
「…うん。僕に任せて。」
「おい、遊んでないで先行くぞ。」
まだ何か言い合っているハトホルの手を取り別れを告げると、彼らはお揃いの指輪を振って見送ってくれていた。
「…フーマ様……」
「アベリア。」
俺が彼らの実験部屋を出たところで、教会から出てきたアベリアと鉢合わせてしまった。
お互いに次の言葉が出ず、ただ時間が過ぎていく。
「フーマ、そちらの方は?」
「俺の面倒を見てくれていたアベリアだ。」
ハトホルが気遣って言葉を発したが、察してしまったようで一緒に沈黙の渦へ巻き込まれてしまう。
長い1日が終わり、俺の背に日が落ちていき、少し焼けた肌と緑色の髪を茜色に染めようとしていた。
「もう行くよ…申し訳ない。…今までありがとう。」
風が吹いて彼女の輪郭から溢れた夕陽が2つに分かれる。
“俺とハトホルを皇帝の部屋へ”
長めの章にお付き合い頂きありがとうございました。
諜報員という意味の土竜、穴掘り仕事の土竜、盲目的な意味での土竜、夫とも成育した子とも離れ離れになると言われる土竜。
深くしたいなぁと思ったら長くなってしまいました。
それと誤字報告して下さった方、ありがとうございます。
あと章割りもしてないし、書き殴っている読みづらい文章にお付き合い頂きありがとうございます。
加筆修正、今後の展開も努力していきますので、引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。
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