土竜(24)
……ザシュッ…………ぐっ……
肺に刺さったのだろう。俺の肩へウィリアムの吐血が垂れる。引き抜いた刀からもおびただしい鮮血が俺を濡らす。
幾多の修羅場をくぐったせいで、反射で左旋回しながら、右脇を掠めるように刀を後ろに突き立ててしまっていた。
旋回したおかげで、彼の短剣は俺の心臓を僅かに避け刺さっている。
「坊ちゃん強くなったな……もう、か…ゲホッ…敵いそうにねえや。」
「もう喋るなウィリアム…」
「ははっ…ゲホッゲホッ…
あぁ…こんな俺の為に…ウッ…な…泣いてくれるんですかい?
…坊ちゃんが…ゲボッウェッ…強く優しくて…ゼェっ…人に涙…ゼェっ…見せない…」
「俺は強くなんて…ない。お前に…守られて、支えられて。そうだ!他の領地を…復興しないと。まだ仕事があるんだぞ…」
「そいつはいいや…またこき使われて……難しくて…でも、面白くて…」
石畳に血の海が広がり、目は虚ろにもう見えてないかもしれない。肺に溜まる血ももう無くなってきたのだろう。
「…俺の手で楽にしてやる。」
「やめて…はぁ…くだせ…え。俺は土竜…坊ちゃんを…裏切ってた。罪には罰だ…苦しんで…死なせてくだせえ…坊ちゃんから俺への…最後の試練だ。」
傷口に乗せた俺の手へ彼の手が触れた。
「坊ちゃんの手は…皆を救う為に。坊ちゃんは…はぁっ…もう独りじゃねぇ…はぁっ…はぁっ…。もう行きな……生意気で…はぁっ…はぁっ…可愛い…俺の坊や…」
俺は立ち上がり、静観していた彼女達へ向き直った。
「お別れは済んだかしら?貴方の盾が私の剣だったなんて、貴方でも驚いたんじゃなくて?」
「何故そんなに冷静でいられるんだ。家臣が死んだんだぞ。」
「家臣?それの事をおっしゃってるのかしら。命令を遂行出来ない物を家臣だなんて…」
俺は深く息を吐き、頭に上り、はらわたを焼き尽くさんばかりに熱くなった血を冷やした。
「挑発しても無駄だ。俺はお前らの思惑通りには動かない。」
「どこまでも小賢しい、目障りな奴だな。」
彼らが肌を触れ合うようにしているのは、魔力量を増やして酸素濃度0の空間を増やす為だろう。
塔を初めて出た日に、曖昧に薄めただけでは死なない事を知った彼は、酸素を無くしてしまえば人が死ぬ事を学んだ。
ただ、1吸いで死ぬ事を知らない彼は、分厚く自分を囲むように結界を張っているため、範囲が狭いのだろう。
俺を近付ける為、挑発する程に…
「俺の魔法は警戒しなくていいのか?」
「ここには土も水も無い!火を点けるための布も身につけて無い!」
その椅子も立派な可燃物だろうに…だから肌身に鉄鎧なんて変な性癖拗らせた格好だったのか。
それに固体、液体はそこら中に転がってるんだが…本当におめでたい奴らだ。相応しい死をあげよう。
「お前の鎧は父の物だな?」
「?…そうだが。」
「父親に抱きしめられた事は?」
「き、貴様!何が言いたい!」
「いや別に。最後に父から熱い抱擁だ。」
“デービットの鎧を液体に”
じわーっとタンパク質を焦がす異臭と共に、彼は発火し始める。
「ぎゃぁぁぁぁ!熱い、痛い!母さん!熱いよ!」
「いやぁぁぁぁ!デービット!何で消えないの。嫌、嫌よ。熱い!あぁぁぁぁ!」
母子の愛だろうか。自らの身体で消そうとしたのだろうか。彼女は高温の鉄で内臓まで抉れた息子を抱きしめている。
「最後に良い事を教えてやる。高濃度酸素も人体を死に至らせる。」
次の瞬間、彼らは爆発点を超え飛び散った。
「今教える事じゃ無かったな。火を消すなら酸素0を自分の周りにかけるのが正解。」
俺はウィリアムを担ぎ、城を後にした。
“俺をクロユリの街の教会へ”
教会ではアベリアが祈りを捧げていた。
「フー…!ウィリアム!どうして、どうして彼が…」
駆け寄る彼女へそっと彼を渡すと、抱き抱えながら座り込んだ。
「俺が殺した。」
次の瞬間、突風が俺の周りを駆け抜けて、教会の窓や椅子が一斉に震え出す。
「フーマ様…聞き違いでしょうか。あなたが…ウィリアムを?」
「あぁ、俺が殺めた。申し訳ない。」
俺はこの世界で初めて土下座した。
「こ…ろ…す。殺してやる…」
背中に刺さった彼の短剣が抜かれ、カタカタと後ろ首に突き立てられているのがわかる。
「殺される覚悟は出来ている。すまない、アベリア。」
カランと乾いた音で石床に短剣が落ちる。
「訳は聞きません。聞けば私は許してしまう…彼の為に、私はあなたを一生許しません。」
「あぁ、俺を責めてくれ。俺を許さないでくれ。」
そう言うと彼の胸で少女のようにわんわん泣く彼女を背に、土の国へと戻ったのだった。
俺が戻ると全てを察したハトホルの胸に顔を埋めた。彼女の温もりが痛くて、涙が溢れた。
「俺、思い出したよ…」「うん。」
「俺、知ってたんだ…」「うん。」
「救えたかもしれないのに…」「うん。」
「今度こそ間違えないようにって…」
「フーマ…治療しないと…」
治癒魔法をかけようとする彼女の手を止めた。
「これは俺の罰だ。この後ろ傷は治さない。…少しの間、ただ側にいてくれ。」
「いるよ。ずっと側に。」
そう言って頭を撫でてくれる彼女の手は、心の傷を癒やしてくれるようだった。
俺は風国改めウィステリア皇国の皇帝となった。土国が武力で劣る風国の傘下に入るような印象になるので、反発が予想されたがシンドバッドが抑え込んでくれたようだ。
まずは土国の鉱物加工、物流を風国に共有し、風国の農業、食料加工を土国に伝えて両国の技術発展させている最中。
同時にハイダラを中心に土魔法師を各地へ派遣して下水整備、ルークを中心に風魔法師を派遣し、風力利用して水の確保を行っていった。
教会の爛れた神官を処刑し、土国同様に貴族制を廃止したことで反感も買ったが、国民は多いに喜び、反発は最小限で済んだ。
教育制度の成果も着々と上がり、各地の統制管理が、迅速かつ簡略化されていた。
ただ、大陸を跨るように領地を持った皇国に対して、火国、水国との国境沿いは戦線が活発化している。
「皇后陛下、私と共に来てくれますか?」
「ふざけてる?ずっと側にいるわよ。地獄でもどこでもずぅーっとね。」
コツンと額を合わせる彼女へ触れるだけのキスをした。
「さあ、次の仕事を始めようか。」
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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