土竜(23)
まだ背の低い稲が自分の葉同士を擦り合わせ、カサカサと音を立てている。のどかな田園風景を見ると懐かしく感じ、心が落ち着くのは何故だろう。
「フーマ様!フーマ様じゃないか!おいあんた、フーマ様だよ。」
農作業している女性が俺を見つけて駆け寄ってくる。旦那さんを引っ張るように駆けてくる。美味しいパンとポトフをご馳走してくれた夫婦だ。
「元気そうだね。」
「フーマ様も…大きくなられましたね…」
涙ぐみ袖で目を擦っているが、白濁した目はもうほとんど見えてないだろう。
「6年も経ったんだ。大きくもなるよ。」
「そうだよ!あんた、何言ってんだい!」
俺と奥さんはふふっと笑いながら彼の方を見ると、神妙な面持ちをしている。
「体のことじゃなく、あの時は不安で小さかったのに…こんなに立派になられて…」
「目が見えないんじゃ…」
奥さんの方を見ると首を横に振り、セバスに見せても治せず完全に視力を失うのも時間の問題らしい。
「目が見えない分、色んな物が見えるんでさ。そのせいで戦士にはなれなかったけども…」
「あなた方も街を守る立派な戦士だよ。必ず…必ず俺があなたの光を取り戻します。」
そう言って手を取ると、節くれだった泥だらけの手は俺と同じくらいの大きさになっていた。
老人や女、子供しかいないということは、指示通り動いているようだな。
“俺を風国王都前へ”
丘から確認すると、王都周りの草原に人山が出来ている。
農夫や民兵、奴隷が隊を成して北西の街道、クロユリの街への街道、南東への街道を埋めていた。
その数、それぞれおよそ10万くらいいるだろうか。300m角ほどに散開しており、詳細までは視認出来ない。
近付くと、「フーマ様だ!」「救世主様が戻ったぞ!」と俺を称賛している。
騒ぎを聞きつけたのか馬の魔獣に跨り、遥か遠くの南東軍から猛スピードで駆けてくるのが見える。
「坊ちゃん!よく戻ってきたな!準備はしておいたぜ。」
兵糧攻め…という名目で、包囲してもらっていた。実際には俺が玉座に転移するから兵隊は関係ないのだが。
「ウィリアム、後は俺がやる。皆をそれぞれの家へ帰してやってくれ。」
「ふ、フーマ!僕も行くよ。」
ウィリアムの後ろに乗った緑髪の青年が顔を覗かせる。俺とあまり背丈が変わらない所を見ると、父のように大きくならなかったらしい。
歳上の弟属性が守られてて素晴らしい。ボサボサだった髪は横に流してあり、誰がいつ見ても美男子である事がわかるようになっている。
たぶんヴァイオレットの躾が良いのだろう。
「ダメだ。お前はもう皆の王子ではなく、1人の為の王子なんだ。民に帰るよう伝達して共に帰還してくれ。」
俺がピシャリと言うと、渋々頷いている。
「俺は行くぜ坊ちゃん。」
「あぁ、分かったよ。」
“俺とウィリアムを王の間へ”
たどり着いた部屋は以前より書類が増えていたが、誰の姿も無かった。部屋を恐る恐る出ると、ふらふらなメイドに出会した。
「フーマ様…お戻りになったのですか。」
「どうした。ハヤテは…王はどこに?」
引き止め肩を揺さぶって聞く。
「亡くなりました。城内は混乱しており外には反乱軍まで…」
「ハヤテが死んだ…?ロベリアは?」
「王妃様はデービット様と謁見の間に。」
へたっと座り込んだ彼女へ礼を言い、謁見の間へ急いだ。
「ようやく来たのね。待ちくたびれてしまったわ。」
玉座へ座るバカ息子の横で、ロベリアが貴婦人らしくクスりと笑う。
「ハヤテを殺したのか?」
「私の計画を邪魔するんですもの。あなたもですよフーマさん。土の国と和平を結んでしまった。」
実際には書面を交わした訳では無いが、5年前の商談で俺はもっと強力な釘を打った。
クロユリの街で生産される物は風の力が必要な上、攻め入れば土魔法が使えない攻城戦を強いられ、両者に大きな損害を出す。
この商談以降、この街の価値ひいては商会にもたらす利益から、この損を受け入れられない。商会の影響力、つまり経済界の力を強くし、武力派に蓋をさせる。
土国は実質風国侵攻を止めるしか無くなった。
「でも、貴方が兵隊を動かしてくれたおかげで、火と水の方は難なく付け入る事が出来そうね。」
高貴な女性とは思えない絶叫のような高笑いを見せる。デービットは釣られてブハッと笑い出す。
「ようやくお前に一矢報いる事が出来たよ。忌々しい魔族の子のくせに、次から次へと…目障りだったよ。
行く先々でフーマ様フーマ様ってよ。お前さえいなければ俺は…」
憎たらしそうに睨みつける彼に俺は思わず吹き出し誰にも見せた事が無いほど邪悪に笑ってしまった。
「あぁ、俺がいなければもっと上手く国を蹂躙させ、王を手玉に取った手柄でどこぞの貴族様に成り下がれたかもな。」
「何故笑っていられるの?」
高笑いを止め凄む彼女に俺はまた吹き出してしまう。
「奴隷を嬲って毎日遊んでるだけの領主が、領民が1人も居なくなった事に気付くとでも?
お前の子飼いの貴族達は、今頃もぬけの地で晒し首になってるんじゃないかな。」
彼女達はキッと恨めしそうに熱く睨みつけるが、俺は冷ややかな眼差しを送る。
「まぁこの際どうでも良いわ。貴方さえ亡き者にすれば、まだ望みはあるもの。」
そう言うと彼女は不敵な笑みを浮かべた。
……ザシュッ……
「悪いな…坊ちゃん…」
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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