土竜(21)
俺はシンドバッドに呼び出され、学習院帰りに商会を訪れた。
クロユリ産の食品店が出来ており、牛、豚、鶏肉や乳製品、野菜などが取り揃えられていた。
意図したかわからないが、ブランディングによる販促とはこの世界では先進的な考えである事は間違いない。
商業の発展と街の繁栄を感じ、生暖かい目で店を眺めてからシンドバッドの元へと向かった。
「「10歳の誕生日おめでとう!」」
扉を開けるとシンドバッドとハトホルに迎えられた。これまで祝ってもらった事など無かったから日付などすっかり忘れていた。
「プレゼントは私だよ!」
そう言って彼女は右手を挙げ、金に光る指輪を見せている。色々とおかしいが置いておこう…
「話は順番にしていかないとハトホル。彼がいかに優秀でも混乱してしまいますよ。」
いつもの笑顔とは少し違い、人間らしい微笑みを浮かべてシンドバッドが諭す。
「アーサー君、今日で君も成人です。ハトホルの婿として私の後継者になってくれませんか?」
驚いた。鉄仮面のこの男の真意はいつも読めず、俺は用済みになったら暗殺されるものだとばかり思っていた。
いつかアベリアが散々婿に行けるだの行けないだの言っていたのを思い出し、思わず笑みが溢れる。
「おお!受け入れて…「申し訳ありませんがお断りします。」」
俺は食い気味に笑顔のまま言い放った。明るい雰囲気が一転、緊張感で部屋の空気がずっしりと重くなる。
「どうして?約束したじゃない!」
ハトホルが怒りに身を任せ、瞳には涙を溜めている。そんな彼女を制して、シンドバッドはゆっくりと椅子に座った。
「訳を聞いても?」
初めて盗賊討伐の報告をした時のように、彼の笑顔は怒気を纏わせていた。
「私はフーマ、風国王子の1人です。敵国の商人の子と婚姻は結べません。」
「やっぱりそうだったのね…」
彼女は絶望に打ちひしがられるようにへたり込み、ついに泣き出してしまった。
話は途中だ。彼の気迫に屈せず、俺は続けた。
「継承権は事実上2位ですが、私は王になります。シンドバッド様…今度はあなたの番です。彼女の出自についてお話下さい。」
彼は驚きを表情に出さなかったが、少し長く息を吐いてから話し始めた。
「あなたはどうやら気付いているようですね。
そう…ハトホルは…女王と私の娘です。土魔法師の彼女と聖魔法師である私の間に産まれた実子なのです。」
そこまで言い、俺とハトホルをソファへと促して続けた。俺は呆気に取られている彼女を抱えるように座らせる。
「私と彼女は貴方達と同じように各地を旅した。強く気高くも優しい彼女に惹かれ、恋に堕ちた。
一介の商人と女王が何故と思うかもしれませんが、土国内は先王亡き後、荒れに荒れました…
教会派、武力派それぞれの中に派閥が出来、潰し合い、継承権の低い王女が祀り上げられたのです。
武力派内では武勲の高さ、強さを求める風潮にあり、私の護衛として意図せず武勲を高めてしまった。
その後、女王となった彼女はまだ幼いこの子を私に託しました。血みどろの国政の外に置いて欲しいと…」
少し遠い目をして、彼は話をやめた。
ハトホルを見遣ると、潤んだ瞳で俺を見ていて目が合ってしまったので彼女の髪を優しく撫でた。
「しかし俺との婚姻は彼女を国政に近付けてしまうのではないか?」
「私は1人の女性として幸せになってもらいたい。貴方が王になろうとこの子を幸せにしてくれればそれで良いのです。」
人間味の無かった彼も仮面を脱げば普通の父なのだと思った。だが、今婚姻は受けられない。彼の後継者になるという約束を反故にしてしまう。
「俺から1つ提案があります。」
俺にはシンドバッドという後ろ楯がある。武勲も十二分に積み上げてきた。風国の王子という肩書きもある。
風国内ではヘンリー、ジェームズの悪政処罰やクロユリの街統治の実績がある。
俺の準備は整ったが、全てをぴったりと合わせないとこの案は成立しない。
「風国は今、第一王子デービットが掻き回し、混乱を招いている。しかし現国王ハヤテのカリスマにより、反乱が抑えられている。
ハヤテが倒れるのを待とうかと思ったが…あの体育会系、思った以上にタフなようだ。」
俺がボソッと呟くと、彼は呆れるように笑みを浮かべた。
「君は私が思っていた以上に恐ろしい男だったようだ。娘を嫁に出して良いものだろうか…」
「ご安心を。私は一生大切にすると誓いました。」
立ち上がって深々と礼をした。
「フーマ!それで、私は何をすれば良いの?」
いつもの元気が戻ったようで、俺に抱きついてくる。誤解が解けて良かったが、父親の前なので肩に手を置きスッと離れる。
「ただ俺の側にいて欲しい。」と言うと「フーマ…」なんて言って目を閉じるから、シンドバッドに咳払いされてしまった。
「それで、君は一体何をするつもりですか?」
「……革命。」
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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