土竜(20)
昼休みは開放しているという事もあり、校庭のように遊んでいる生徒が大勢いた。
その中でハイダラと俺は少し距離を置いて向かい合い、騎士の礼をして剣を構えた。異質な雰囲気に、視線を集め出している。
上段から振り下ろした彼の剣を左へ受け流すと、今度は切り返しに下段から斜めに切り上げてくる。
右後方に躱しながら受け流した剣を振り抜くが、彼は切り上げと同時にバックステップで避ける。
「授業じゃないんだ。魔法を使っていいんだぞ。」
「お前こそ。」
「それじゃ遠慮なく…」
砂弾が5個が俺に向かってくる。
“周囲50mの砂を固定”
眼前でボールが静止する。周りで遊んでいた子供達が急に固くなった地面に驚いている。
俺はそのまま踏み込み居合のように切り付けるが、速度が乗らず鍔迫り合いになってしまう。体格差がある分ジリジリ押される。
「中々やるな。さっきのはどういう仕組みだ。」
「勝ったら教えてやる。それより足元がお留守だぞ。」
押された分、体勢を崩しながらも安全靴仕様のトゥーキックを弁慶の泣き所へお見舞いする。痛みで思わず膝をつく彼の首元へ剣を置く。
「参った。やはり君は俺が見込んだだけある。俺は…」
「いや待て!皆が見ている。とりあえず退散しよう。」
気付くといつの間にか人だかりの輪に囲まれていた。
「こらー!決闘はダメだって……」
人と人の間から輪の方へ駆けてくるサリームの姿が見えた。
「話は後だ。」
まだ脛を押さえてる彼が頷くのを確認し、俺は彼の手を取りその場から走って逃げた。
校舎裏に移動し壁にもたれるようにして息を整えると、彼がそのまま腰掛けたので俺も隣へ座った。
「アーサー、俺は君が好きだ。前から君が…」
屈強そうな体と精悍な顔をこちらに向けている。
「少し落ち着け。順を追って話そう。急な展開すぎて読書がついて来れない。」
聞くと彼は王国騎士団総帥の息子として産まれ、幼い頃より騎士として育てられ、修練の一環として5歳から団員とパーティを組みギルドに出入りしていた。
俺が血塗れで盗賊の首を持ち込んだ時も、あの場に居て首を次々並べているのを見ていたようだ。
気になり後を尾けると、月夜に妖しく光る刀と、不意打ちで這いつくばりながら放たれた特大の土魔法を見てしまったという事だった。
「俺は君になら殺されても…騎士として君に…」
「いや、だから話が飛躍しすぎだ。」
彼は俯きポツリポツリと話を始めた。
「俺は男が好きだ。女が嫌いな訳では無いが、他とは違うと自覚してしまっている。
だが騎士団総帥の長子として、子を成さない訳にはいかないが、自分を騙すことが出来ないんだ…
俺は許されない人間なのだ。いっそ騎士として死ねるなら君に…と…」
俺は静かに彼の話を頷きながら聞いていた。
きっと置かれた環境から精神年齢が早く大人になり、自分の性を子供のうちに自覚し、絶望した事だろう。
前世では寛容になりつつあったが、同性愛には偏見や差別があった。この世界であれば尚更厳しく、誰にも言えず苦しんだはずだ。
「俺の願いを聞いてくれ…頼む…」
涙を流し懇願する彼は命を絶つ覚悟をして、その相手である俺だから話してくれたのだろう。
「俺は君を許すよ。だから斬らない。」
俺が立ち上がりながら言うと、彼はじっと見上げている。
「俺は女が好き。君を性的に好きになる事は無いけど、友人として好きになる事は出来る。それに…誰が何の権利があって君を許さないんだよ。」
コンッと小突くと彼は頭を押さえて立ち上がる。見上げると彼の涙はもう枯れていた。
「俺は君の秘密を見たんだぞ?」
「その程度秘密じゃ無いさ。俺の底はまだ深いぞ。」
俺が口端を上げてニヤリとすると、彼も微笑み返す。
「俺の事を友として側で見ていてくれ。ハイダラの友人として相応しいかどうか…代わりに俺は君のために世界を変えてやるよ。」
彼はフッと下を向くように笑いながら、「冗談に聞こえないから不思議なものだ」と言った。
「冗談じゃないさ。どこまでも俺について来い。」
そう言って踵を返し教室へ向かう俺の後ろを、さっきまで小さくなり泣いていたとは思えない大きい男子がついてくる。
教室ではガニーが歴史の授業を始めていた。遅れて席に着いたが、何の咎めもなく淡々と授業は進んでいった。
「ちょっと!勝手に歴史の話なんかして!」
サリームが教室へ割り込んできたが、たしかに彼女が止めなければ彼は暴走気味だった。
歴史は倫理、道徳観に関わる重要な題材である。偏った知識は子供の今後の人生を屈折させてしまうだろう。
「チッ、では2人で授業再開としましょうか。」
ガニーが舌打ちしてるが、ここまでがワンセットのようになっていて、実は仲が良いのではと疑いたくなる。
双方の話を簡潔にまとめると、武力派改め土派は他国からの侵略から民を守ってきた土魔法が至上であるという考え。
神の声を聞き、国を正しく導いてきた聖魔法こそ至上とする教会派改め聖派。
どちらも共通するのは同魔法師間での結婚でしか国の繁栄は無いという、ある種の優生思想に近い考え方だ。
たぶん情報統制し、仮に異系統で産まれれば強引に取り上げられ、あるべき所へ収めてきたのだろう。
しかし子供というのは解を出さない問いを持つ者には懐疑心を抱く。
いずれ強制的な信仰に屈服し、盲信的に疑問を忘れ去る事がほとんどだが、彼女の心は7年の月日が経っても強く反発し続けている。
彼女を救い出せて心底良かったと思う授業だった。
その後も苦行のような授業を受け続け、俺は10歳を迎えようとしていた。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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