土竜(17)
商談がさっさと終わってしまったので、不在の間の苦労話に花を咲かせていた。愚痴を聞くのも上司の仕事だ。
「堀と水路!あれは人手を集めるのが大変だった。あと土砂の捨て場に困った。田んぼを作れだの畑を作れだの言うから…」
「あーあれは新たに関所を作ってもらおうかと思って。小高く山を横に作ってその上に城壁を作ると材料が少なくて済む。
ただ、盛土になるから気をつけろ。それと土魔法は相性が悪いから設置は風車方向だな。」
「なるほど。
それに畜産!豚?って奴がいなくてな。似た見た目のやつを連れて来たらヒューゴ坊ちゃんが追い回されてたよ。」
「それは猪だな…大事に至らず良かったよ。
豚魔獣は肉が美味いはずだ。引き続き調査をお願いする。」
「そうだ!ヒューゴ坊ちゃんと言えば嬢ちゃんと婚約したぜ。……」
自分の体と意識が離れる。彼のその後の言葉が意味を為さず脳に入ってこない。
「そうか…2人にはお祝いをあげないとな。」
ようやく絞り出す。この世界では王族という事を考えれば早くないだろう。こうなる事を知っていたのに何故だろう…
嫉妬や怒りは不思議となく、自分から離れていくような寂しさと、幸せに暮らせていた事への嬉しさが少しあった。
何故こんな気持ちに…
「…サー!アーサーってば!どうしたの?」
体を揺すられ、集中しすぎていた事に気付いてハッとした。
「嬢ちゃん大丈夫。坊ちゃんは考え込んで上の空ってのは良くある事だ。それで、デービット様の話なんですが…」
土の国の使者であるハトホルを警戒しているようだ。
「大丈夫だ。ハトホルは俺の女だ。」
「誰があんたの女よ!誰が!」
頬をつねられるが、痛さより彼女が顔を赤くしている嬉しさの方が勝る。
「ハッハッハッ。坊ちゃんの人たらしぶりは相変わらずだな。それじゃ続けるが……」
「そうか…報告ありがとう。」
想定より遅い。というより鈍いな。これなら余裕で間に合うが、同時に王都は絶望的な内情である事を意味している。
「悟られぬよう上手くやってくれよ。」
「任せて下さい。それより…」
彼の視線を追うと、ハトホルが風国に蔓延る深淵の一端を垣間見てしまい、口を半開きにして呆然としている。
「ハトホル。おい、帰るぞ。」
「え…うん。ごめんなさい…少しボーッとしてた。」
俺達はその足でガーベラの元へ行き、チーズや生米、根菜、砂糖を大量にストレージへ収納した。
「これから忙しくなるぞ。あの男との交渉は難儀だが、信じてる。」
「何年商売してると思ってんのさ。私に任しときな。」
差し出した右手に、彼女は固く握手を交わし成功を誓ってくれた。
「そうだ。この布を少し分けてくれないか?」
「良いけど、何に使うんだい?」
「大切な子へささやかなプレゼントだよ。」
想像してみたが、今度は寂しさより嬉しさが少し勝っていた。布を受け取り、倉庫でそのまま作業を始める。
「綺麗…この服は?それに金塊をどうするの?」
「言っただろ。大事なプレゼント…これは2人への
お祝いだ。」
“金を彼らの薬指に合うリングに、石炭をダイヤにしてリングへ装飾”
「まーた来たね〜。そんなに頻繁に来れる所でも無いんだけど。」
「おい、魔力枯渇はおかしいだろ。総量は増えてるはずだぞ!」
俺は体を起こし、胡座をかいて腕組みする。
今回の事は納得いかない。絶対におかしい。
「いや、あれだけ収納してるんだから当然でしょ。
それに元は化学を習っていた身なら、あんな大量のダイヤ生成が相当なエネルギー必要な事くらいわかるんじゃない?」
今度は神の方も腕組みし、口を尖らせる。
確かに一理ある。一方的な見解で責めた俺が悪い。
「それで、今度は何の用だ。」
コイツに謝るのは嫌なので、早々に論点を本題にずらすことにした。
「さてね、君は少し勘違いしてるようなんだけど…見てる方はどっちでも面白いからいいや。
ただ、直接的なのはダメみたいだから…」
顎に手を置いたかと思えば、今度は上を見上げたりして考え込んでいる。
「そうだ!僕ら神は君らに1つだけ欲を与えて創造した。これってなんだっけ?」
欲?7つ罪があるとか煩悩がどうとかは聞いたことがあるが1つ?
今度は俺が考え込んでいると、いつかのように光が俺を包む。
「あちゃー。流石に回復早いね。時間切れということで答え合わせは次回!また来週!」
「ふざけんな!答え合わせしないで終わるってどんなクイズ番組だ!おい!」
抵抗虚しく、子供の体へと戻される。
「アーサー!聞こえる?」
「ボーッとして大丈夫かい?」
体感は10分程だったが、彼女達には少し考え込んでるように見えてただけのようだ。
「ガーベラ、これをヒューゴとヴァイオレットに渡してくれ。婚礼の儀で着けて欲しいと。」
出来上がった純白のドレスと結婚指輪を手渡した。
「さぁ帰ろうか。土の国へ。」
そう言って俺はハトホルの手を取り街道へと向かい、クロユリの街へ来た時と同じように数時間歩く。
「少し目を閉じてくれないか。」
俺が言うと今度は目を瞑りながら顎を引いた。
俺はその丸みを帯びた輪郭に手を添えて、小さな唇へ口付けをした。驚いて顔を離す彼女は、夕闇のように頬を染めていた。
「転移するんじゃ…」
「これだけ物を持ってたら飛べないんだ。帰りは歩きだ。」
俺がそう言うと左手は繋いだまま、右手で唇を押さえている。
「私とのキス…意味わかってるの?」
「わかってるよ。一生大切にする。」
少しの沈黙があったが、すぐに彼女は苦しいくらい抱きしめてきた。俺も優しく抱きしめると「私もだ。バカ…」と肩に顔を埋める。
額を強く押しつけられた肩が、彼女の顔が真っ赤に染まっている事を伝えていた。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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