土竜(16)
この一件以降、俺達は信頼を得て、各地へ売買をしに送り出されるようになった。
初めの頃は荷車を押し行っていたが、途中から俺の空間魔法で資材を出し入れするようになった。
俺を信用していないという事もあっただろうが、盗賊と繋がる商人を炙り出し、見せしめにするのが目的だったのだろう。
そのおかげもあって、シンドバッド商会はより一層立場を強めていった。そうした中で、俺が土の国へ来て一年が経とうとしていた。
「今日は重要な任務になります。」
「仕事では無く任務ですか?」
シンドバッドが張り付いた笑顔を外し、真剣な面持ちで話を始めた。
「クロユリの街と交渉してきて欲しいのです。祖国で懇意にしているガーベラさんがいる街ですので、楽かもしれませんが今回もハトホルと。」
「仰せのままに。」
「以前はジェームズ殿とやり取りしていたのですが…取引相手が変わってもアーサー君なら大丈夫でしょう。」
俺は昂る気持ちを抑えるように、静かに息を吐き瞼を落とした。
「それと彼女は学習院へ通わせますので、今回で最後になりますね。以降は晴れて独り立ち、来年の入学まで精進して下さい。」
「かしこまりました。では失礼します。」
彼は俺が丁寧に一礼すると、また笑顔の仮面を付け直し、「期待していますよ。」と付け加えた。
一夜明け簡単に準備を済ませると、ハトホルと共に風の国へ出発した。数時間歩いた後、俺は彼女の手を取る。
「急にどうしたの?」
「少し目を瞑ってくれ。」
彼女は立ち止まり驚いた顔をしてから、言われるがまま目を閉じたが、少し顎が上がっている。
そういう意味では無いんだが…
“俺とハトホルをクロユリの街へ”
「おい。着いたぞ。」
彼女は恐る恐る片目を開けて、解かれた手の方を中心に俺を探している。
「ち、ちょっと…」
彼女は俺を見つけるやバシバシと肩を叩いていたが、景色がまるで異なっている事に気付き呆然とする。
それもそのはず、木製の立派な城壁の周りは幅100mはあろうかと言う水に囲まれ、左右は見渡す限り田畑が地面を覆っていた。街の裏には特大の風車が回っている。
ウィリアムはこの短期間で俺が伝えた以上に、街を発展させてくれたらしい。
「行こうか。俺の故郷へ。」
また彼女の手を引くように、街へ一筋に続く巨大な橋を渡っていった。
門へ差し掛かると小柄な衛兵に止められ、城門に設けられた小さい受付で入場用紙に記入を求められた。
名前とどこから来たか、用向きが何か記入し、冒険者ギルドにあったガラス板の上に紙とギルドカードを載せる。
淡く緑色に発光し、どうやら承認されたようだ。
カードを持たない者は用件の相手先に確認するのを待たなくてはならないようだが、同行者が承認されれば入れてもらえるようで、俺達はすんなり入れてもらえた。
たぶんヒューゴのアイデアだろう。様々な物事に疑問を呈し、深く考える彼らしい発想である。
街中へ入ると主要な通りは全て側溝が設けられ、若干の傾斜をつけたレンガ調に舗装されている。少ないヒントを取り入れ、今出来る技術を最大限活かしている。
住宅地も木造アパートの様相をした建物が出来ており、移民の受け入れが今なお増えている事を暗に示している。
領民から搾取し続け、村に毛が生えた程度だった街が、見事に変貌を遂げていた。
「こんな街見た事ない…」
「俺もここまで急成長させてくれると思わなかったよ。」
それからも仕事を忘れ目を丸くしている田舎娘を、無理矢理手を引き連れて行く。
「着いたぞ。おい!聞いてるのか?」
「うん…少し驚いてしまって…」
修道院は変わらず洋造りの館に教会が併設しているが、裏の広大な敷地は柵が建てられている。牛型の魔獣や羊のような魔獣が歩いていた。
「どなたです?」
修道院から見慣れた女性が現れる。少し怒っているようだが…
「俺だよ!忘れたのか?」
「知りません。少しと言って旅立ったと思ったら一年も音沙汰無しの親不孝者の事なんて!」
アベリアが頬を膨らませ、腕を組んで玄関の前へ立つ。
「騒がしいな。何だっ…坊ちゃん…」
「久しぶりだな。元気そうで良かったよ。」
「良くない!ウィリアムはフーマ様に甘すぎる!」
彼が扉を開けたせいで押し出されたアベリアが、よろめいてから地団駄を踏んで、より怒りを露わにしている。
「さ、中で話をしよう。」
「ちょっと!まだ話終わってないんだけど!」
彼女は襟元を引かれ、ずるずると館の中へ引き摺られて行く。
「俺達も行こうか?…ってどうした?」
「フーマって今…それに坊ちゃんって…あなた一体…」
「それは後にしよう。まずは仕事だ。」
「坊ちゃんがいない間苦労したんだぜ。街の工事も耕作地の開拓も。それに畜産?の開発だって…」
「優秀な部下を置いて行っただろ。ここまで発展していたのは驚いたが…良くやってくれた。」
実際彼の頑張りには驚いた。風国で唯一成功していると言っても過言ではないだろう。
だが最も驚くべきはその早さだ。多岐に渡る開発は統率が難しい。そもそも工種が違うから必要な素材、人材、管理の仕方が異なる。
こうした管理能力は一朝一夕で身につく物では無く、最初は苦労しただろう。
そんな中、1人で全体を見るのは間に合わない為、後進育成も同時に進めた結果が、今のクロユリの街急成長の要因とと言ったところか。
セバス達の協力のおかげという部分もあるが、上司として彼等を統率する資質が優れていたのだろう。
「積もる話もあるが、本題を先に片付けてしまおう。」
「例の商談ですね?いつ来るかとヒヤヒヤでしたが…上手く潜り込めたようで良かったです。ガーベラ商会の倉庫へ集めさせてますよ。」
「ありがとう。本当に良くやった。」
ようやく準備した一山が終わりを迎えようとしていた。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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