土竜(15)
※ハトホル視点です。
向かい合う男は聞こえるか聞こえないかくらいの声で「白髪か。」と舌打ちした。
「子供2人とはシンドバッド氏も余程お忙しいようだ。」
「ふふっ、そうですね。これも素晴らしい商品をいつも買わせて頂けているおかげですね。」
男はフンッと鼻を鳴らし、「うちはこれで買わせて欲しい」と紙を差し出してきた。
「これは少し安いのでは?ガラス1枚当たり金貨1枚にも満たないなんて。」
「おや、それでは…」
紙にそのまま単価を1.5に書き換えた。この金額なら少し安いが許容範囲だろうか。
「えぇ…「ちょっと待て。」」
アーサーが私の前へ割り込むようにして腕を出して小声で制した。チッとまた舌打ちが聞こえる。
「私達としては金貨4枚は堅いと踏んでいたのですよ。」
「おいおい、口を挟むから何かと思えば、こいつは相場も知らんのか。需要の少ないガラスなんて1.5で妥当なのだよ。」
男はそこまで言い切ってから、しまったと口を押さえる。
“主よ。彼は真実を話しましたか?”
“ダウト〜!嘘だよん。”
「嘘…「申し訳ありません。若輩者ゆえご容赦を。ですがこちらの街ではガラスを窓に使う事が多いようですね。」」
私が糾弾しようとすると、彼がまた割って入ってきた。護衛として立たされている彼を見上げると、「少し落ち着け」と口元だけで伝えている。
ゆっくりと息を吐き切りながら考える。そうだ。これは嘘を断罪する裁判では無い。少し彼に話してもらっている間に、気を落ち着けよう。
「それでも近頃ガラスは売れなくてね。これが妥当なんだよ。」
男は言いながらコツコツと金貨1.5枚と書かれた部分を指で打ち鳴らす。
「何故でしょう。」
「さてね。私にも皆目見当がつかんのだよ。」
今度は考え込むように人差し指で机を鳴らす。
「4枚にする気は無いのですね?」
「何度も言わせるな!この金額でないと買わん!」
怒り任せに叩いた机の音と怒鳴り声によって、部屋全体が振動している。
「そうですか。では今回は持ち帰らせてもらいます。また機会があれば。」
それは流石に…と思い彼を見上げたが、私以上に慌てて男は「待ってくれ」と腰を上げた。
「どうしてです?
こんなはした金で買ってもらうつもりはありません。そちらは歩み寄る気もない。交渉決裂ですよね?さっ、行きましょうお嬢様。」
「待て。お嬢様ってまさか…」
「えぇ。シンドバッド様のご子息ですよ。」
あわあわと震える商人を横目に、彼を睨みつける。
相手を怒らせた上にこんな嘘を吐くなんて、なんて悪い人なんだろう。
「合図はもっと分かり辛くて聞こえやすい方が良いですよ。ま、聞こえなければ意味ないですが。」
「な、何の事でしょう?」
わなわなと体が震え、声もそのせいで震えているようだ。
「金貨10枚だ。全部で100枚。」
「アーサー。流石にそれは…」
「わ…かり…ました…」
アーサーは手際よく契約書を作り、項垂れる男へ差し出した。渋々サインしている間に、彼は新たな契約書を書き出した。
「次はこっちね。ささっと頼むよ。」
「こ、これは流石に出来ません…1箱5枚なんて…」
中身は石炭の契約書だ。通常7〜8枚で買って商会では10枚で売っていた。
“嘘だよー。”
「そんなはず無い。これは妥当な値のはずだけど?俺に常識が無いと?」
彼が凄むと、男は諦めたように記入を始めた。
「それじゃまた。行きましょうお嬢様。」
契約書2枚を取り上げ、舞踏会のように私へ手を差し出す。私は彼の手を取り、立ち上がった。
「あ!そうそう。
ハイサムと手厚い出迎えしてくれた件は貸しだから。今後ともよろしくお願いしますね。」
彼はそう言いながら私の手を引き部屋を出る。受付に契約書を見せ、ガラス10枚の納品と石炭10箱、金貨50枚を受け取った。
「少しお腹が空いたね。買い食いして帰ろっか。」
まだ頭が混乱している私をよそに、彼は出店で品定めしている。
肉串を両手に戻ってきて、奴隷達へ配っている。次は飲み物、次は乾物…
「何ボーッとしてんの?冷めちゃうよ。」
「あなた一体…」
喋り出す口に燻製肉が突っ込まれる。
「今は勝利の美酒を堪能しようよ。」
そう言って彼は微笑み、歩き出した。追いかけるように私達もゆっくりと進み出す。
「って本当にお酒じゃない!ダメよアーサー!ちょっと、逃げんなこら!」
「こんな日くらい大目に見てよ。聖女様!」
逃げ出す彼を追いかけ、走り出す。何度も振り返る彼の背中を追ってひたすらに。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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