土竜(14)
※ハトホル視点です。
「こっちを見ずに、真っ直ぐ荷車へ向かえ。早く」
彼の言葉に背中を蹴られるように、躓きながら走って荷車の後ろに隠れた。
彼の足元には両足を切断され、背中を刺された遺体が転がっている。
10歩先ほどに仲間のような人達が眺めていて、何やら声が聞こえたかと思ったら、彼の腹から血飛沫が散った。
息の吐く間も無く、彼の軽い体は吹き飛ばされ、固い砂へ叩きつけられてしまった。
勢いで後転するようにうつ伏せになった彼は、震えながら上体を起こしたが、ぱたりと再び倒れてしまう。
その瞬間、私達は殺されてしまうんだと思った。
“ほら、助けに行かないと”
「アーサー!」
私は震える足を無理矢理前へ進めると、転がるように彼の元へ辿り着いた。
次の瞬間、天に届きそうな商会の頂ほどの高さに砂が巻き上がり、うねる様に賊を巻き込んで、見えなくなるまで音を立てて進んでいった。
“ぼーっとしてると死んじゃうよ”
呆然としていたが、我に返り急いで彼を仰向けにして抱き抱えた。
“主よ。彼の傷を治して下さい”
彼の顔色が優れない。きっと血が流れすぎているせいだ。
私は咄嗟に頭に巻いているスカーフを取り、細い胴を覆うようにして縛った。生地はみるみる鮮血が染め上げる。
“主よ。彼を救って…お願い”
“やれやれ、世話が焼けるねぇ君は”
夜が明け朝日が刺さり、気が付くと彼の胸に頭を乗せ、倒れ込んでいた。慌てて頭を上げ、彼を見ると寝息を立てている。幾分か顔色も良くなっていた。
「良かった…助かった。」
ジリジリと日差しが強くなる中、私はパンを取り出し口へ運ぶ。
水も含みながらふやかして、彼の体を起こして口へ運ぶ。詰まらせないようにゆっくりと。
私はもう一つパンを出し、奴隷達の元へ歩み寄った。
「よ、よろしいのですか?」
「いいわ。彼がそうしていたから、私もそうしたいと思っただけ。」
手渡すと彼らは分け合った小さいパンを、大切そうに食べていた。
私は彼の側に戻り、隣に腰掛けた。日差しに照らされる髪を撫でると、毛皮のように柔らかい毛並みが指をくすぐる。
細く薄い茶色の奥に潜む闇夜のような漆黒が目に止まった。彼の瞳と同じ色。
ふと彼の放ったであろう土魔法の軌跡を見ると、昨日の大山が嘘のように同じ砂平原が広がっていた。そういえば、こちらの方向は大きな村があったはず…
そこは塩の採れる泉があり、そこそこに栄えていたはずだと思う。
取引のあるシンドバッドの荷を襲う理由は思いつかないし、国を1つ消しかねない魔法を放つ子供はいるし…もう何がなんだか…
そうだ。彼のギルドカードを見れば、とりあえず謎が1つわかるかな。
ポケットに手を伸ばすと、小さい手が肘を掴んだ。
「眠れる美少年の唇を奪ったかと思えば、次は鼠蹊部をまさぐるのは、如何かと思いますが?聖女様。」
咎める声に驚き、心臓がドクっと脈打ち顔が熱くなるのがわかった。
いや、ちょっと待ってコイツ…
「誰が美少年よ!誰が!それに起きてたなら自分で食べなさいよ!」
「俺は働かなくていいなら働かない。食べさせてくれるなら喜んで食べよう。お前みたいなお子様でも甘んじて受け…ゴンッ」
手が塞がっていたので頭突きにしてあげた。
「痛っ、怪我人なんだけど…」
彼は赤くなった額を押さえて、涙目になりながら呟いている。
「聞こえなーい。それにお子様って、あんたも子供でしょ。」
「俺は大人の魅力がムンムンのお姉さんが…ドスッ」
今度は手が空いていたので、みぞおちに一発お見舞いした。
「腹はやめてよ…穴開いちゃうでしょ。」
息をするのもやっとという感じで悶えている。
「知りません。それにもう治ってるでしょ。」
私は魔力が切れるまで使い尽くし、意識が途切れる最中、繋いだ手から彼の魔力が流れ込むのを感じていた。
たぶん彼の傷は全て治っているだろう。
「冗談は置いといて、腹も膨れた事だし先を急ごうか。」
コイツやっぱり起きてたじゃん。
私は彼が砂を払っている所へ、手に乗せられるだけ目一杯乗せた砂をかけてやる。
「ちょっ、今きれいにした所なのに。」
「知らなーい。ほら行くよ。」
彼から逃げるように荷車へ駆けていき、皆へ歩き出すよう指示すると、彼は口を尖らせながらついて来た。
彼はその後、前夜の失態は嘘のように会敵しても相手の攻撃を全て避けて見せた。危なげなく護衛の任を全うし、翌日の日が高いうちに目的地ファフムの街に辿り着いた。
街は砂漠から逃れた豊かな自然の中、大きな山を有していて石炭が採れる。貴重な鉱物資源が採れるため鉱山労働者と見受けられる人が多い。
そうした人のために、食事店や出店が立ち並んでいた。小さい商店達を抜けると、木造2階建ての建物が見えてくる。
ここからは私の仕事。しっかり儲けさせてもらわないと。
私は深呼吸してから扉を開けて、初仕事へ意気込んで交渉の席に着いたのだった。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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