世界を知り己を知る(1)
「フーマ様!起きてください!ってあれ?起きてる…」
扉を開け放つや否や、忙しなく緑髪のメイドが入ってきた。
「当然だ。現場の朝は早い」
「何変なこと言ってるんですか!寝ぼけてるじゃないですか!さっさと朝ごはん食べないとセバスさんが来てしまいますよ。」
アベリアはそう言うと、テキパキとテーブルセットを行い、上半身だけ起こしていた俺を、軽々と持ち上げ椅子に置く。
朝食を置き終えたアベリアに掴んだままだった本を渡す。
本を受け取った彼女は、さっさと本棚へ戻しながらベットを整え始める。
埃っぽく狭い部屋は、春めいてきたというのに粉雪がふわつと広がる。
続けて窓を開けようと忙しなく動いている彼女へ、聞こえるようにため息をつく。
「スープに入った分はチーズだと思って大目に見るよ。ただ、パンはカビが生えたようになったぞ。」
呆れ混じりな諭し声で伝え、またため息をつく。
彼女は聞こえない素振りで、机で伏せたままになった本達を次々と本棚にしまっていく。
「…ウィリアムと何かあったのか?」
「聞いてくださいフーマ様!……
……って聞いてます?店先まで見送りして品物渡したりして!彼の手をニギニギと!卑しい泥棒猫。」
彼女は息も絶え絶え、時には声を荒げ、時には肩をすくめてうな垂れながら嫉妬話をした。
側から見れば、20も離れた年端もいかない子供にこんな愚痴をこぼしてしまうなんてみっともないことだろう。
しかし、それだけの信頼関係を築けているということで…以前から俺は、年齢や身分の上下関係なく仲良くなる癖があった。
宥めていると、ひとしきり捲し立てて落ち着いたのか、彼女は一息ついてテーブルを片付け始めた。
テーブルが片付いたのを見計らったようにドアがノックされた。返事をするとセバスが部屋に入ってきた。
流れるような動作でアベリアを妨げないよう部屋の端に避け、一礼をする。
「フーマ様、まもなく5歳となる訳です。本来であれば時期尚早なのですが…」
「それは毎日聞いているぞ。今日はなんだ?」
セバスの前置きが長くなりそうだったため、遮るようにそう言うと、何処に隠していたのか大量の本がドサリとテーブルに置かれた。
「地理学もとい大陸の歴史について、本日はお話し致します。……
……と、ここまで理解されましたかな。では、しばし休憩と致します。」
「なるほど…」
講義を一通り聞き、やはりと言うべきか俺は別の世界に転生していた事を確信した。
まずこの大陸は、前世で言う南東が火の国、南西が土の国、北は水の国が治めている。
我が風の国は、初代国王が南東(火の国)へ向けて侵攻し武功を立てたが、先代に移るや否や水の国、土の国から呆気なく元王都を落とされた。
初代国王のみを残し、風の民は今の王都に逃げ果せたが、3国にすり潰される状態でなんとか持ち堪えている…
というのが現状。
また、水国と風国の間は壮大な森林地となっており、南北に直線的な往来が出来ないようだ。
言い伝えでは森の民が侵入者を拒んで幻術をかけ、入り口に戻されるとか彷徨い続けるとか。
眉唾物の与太話はさておき、絶望的な現状に打ちひしがれる。
「スタートした瞬間から詰みっぽいけど…転生とか神様にチートスキルもらって俺強勇者か、あーでもないこーでもないってぐずる主人公ハーレムじゃねーのかよ…」
セバスを透かすように、後ろに広がっているであろう大陸を見据えながら小さく呟いた。
「ん?今なにかおっしゃいましたかな?」
わかった事は俺はジリ貧国の王子フーマとして生まれた。
そして中世作りの塔にある6畳間に押し込められて、5年生きたこと。
「さて、準備がよろしければ後半の講義を始めさせて頂きます。」
後半の講義は更に詳しく大陸の内情を聞いていた。
火の国は数多くの火山と鉱山がある。土の国は広大な砂漠が広がっている。水の国は水に囲まれており、その景観から美の国とも言われている。
この世界は魔獣がそこら中にいる。その代わりに現世の動物はいない。
人を襲わない魔獣もいるが、大半は人を襲うため冒険者と呼ばれる傭兵が依頼を受け討伐しているとのこと。
魔獣の種類は折を見て別の日にとのことだ。
ちなみに現王ハヤテも若かりし頃は冒険者として、王族という身分を隠し各国で名を馳せていたようだ。
ただ、それだけ腕が立ち頭が切れる人間が国を放り出して、各国のために奮闘するほどに、自国は縮小していたというのは喜劇という他ないだろう。
初代とハヤテには似通った違和感を感じるが…
物思いに耽っていると、セバスが静かに本を片付け、扉の前で頭を下げる。
「本日はこれにて。それでは明日は大切なお話になりますので…」
「それは毎日聞いているぞ。」
「いえ、明日は本当に大切な話ですので。昨晩のように夜更かししないように。」
そう告げると、いつものように無駄の無い所作で部屋を出ていった。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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