段取り八分(8)
建物の中に入ると、金物店のように所狭しと資材やら工具やらが並べられ、食材も置かれていた。
「これを換金したいんですけど…」
「少々お待ちください!」
1kg強の金塊を受付台に置くと、受付嬢は飛ぶように奥に引っ込んでしまった。
「アーサーこれは…」
アビーに肩をすくめられてしまった。
確かにこれは俺が悪い。前世でもこんな格好をした幼稚園児が、金塊を出したら盗んだと思われてもおかしくない。
「お、奥へどうぞ。」
戻ってきたお姉さんは、柱の陰に隠れるようにして俺達を案内した。
部屋は書斎のようで、本棚にぎっちりと書類が詰まっている。
その部屋の奥で、綺麗な顔を全面に押し出すような、かき上げた長髪の女性が、机に足を乗せて書類に目を通していた。
「王子がこんなとこに何の用だ。」
ちらっと目だけこちらに向け、そう言った。
それはさておき、ついこの間まで塔に隠れていたと言うのに、俺の素性が何故こんなに漏れているのか…名前を変えた意味が無かったと思うと恥ずかしいな。
「これを買い取ってもらいたい。資材との交換でも構わない。」
金塊を1つだけ彼女の目の前に置いた。
「金か…どこからそれを?」
そう言うと彼女は、訝しげな表情で書類を置き、天秤で秤量し始める。
「母上に頂いた。」
「ぷっハハハ、時の王子様は冗談も上手なこった。金貨5枚ってとこでどうだい?」
母の部屋から拝借したのだ。冗談では無い。金貨1枚100万円だと…
「8枚だ。」「6枚。」「いや、8枚。」「7枚。」「銀貨50枚追加だな。」
ふーっと前髪をかき上げながら、彼女は小切手を書き殴り、机に置いた。
「あとの分は口止め料と今後の取引のための貸しだ。」
「恐れ入ったよ。今後ともガーベラ商会をご贔屓に。」
そう言いながら差し出された彼女の手は、指が固く変色しており、態度とは裏腹に努力の人なのだと思った。
いや、努力を見せないよう態度で隠している人なのかもしれないな…
小切手の中から野菜や肉などの食材と一緒に、ガラスや鉄などの資材を金貨2枚分買い込み、残った硬貨と一緒に空間へ流し込んだ。
「よし、準備出来た。一旦帰ろっか。」
またクスクスと笑うアビーの手を乱暴に掴み、腰を抜かした受付嬢を無視して野営地へと転移した。
「おかえり坊ちゃん。腹ペコだぜ…」
「おかえり!アーサー。」
抱きつくスミレと、笑っているアビーを無視して料理の準備をする。
ウィルが待ちきれ無さそうだし、主食無しの野菜炒めにした。
買ってきた鉄をフライパンと包丁にして、調理開始だ。
アビーとスミレに野菜切りを頼み、ウィルに火起こしをお願いした。
俺は肉を担当。さて、この硬い肉をどうしてやろうか。
「塩加減が絶妙。それに肉が噛み切れるぞ!」
魔獣の肉は薄切りにしても硬いので、隠し包丁を入れたのが功を奏したようだ。ウィルがガツガツと食べてくれている。
「これなら婿に行ける…」
「私も料理の修行しないと…」
アビーはまた笑えない王子ジョークをかまし、スミレは落ち込んでしまった。
「さて、腹も膨れた事だし、準備に取り掛かろう。」
そう言って、資材を引っ張り出しては物を作るを繰り返していると、涼やかな風が肌を撫でた。
汗だくになっている俺に、アビーが風魔法を掛けてくれている。
こんな気は利くのだから、いつも怒るに怒れず、憎むに憎めない。
「ありがとな。」
「ん?何か言いました?」
まったくこいつは…彼女の頭をコツンと小突いた所で、トレーニングがてら走らせていたウィル達が帰ってきた。
「ただ今帰りました。結構遠いですね。」
ここから往復1時間くらいか…休憩しながらでスミレの足で1km5分くらいだとすると、6kmくらいか。
転移魔法はどのくらいの範囲が限界か見てないから、ちょうどいい機会だな。
こっちの準備はとりあえず整ったな。
さて、夜まで時間があるし、日本人が転生していたお陰で醤油も味噌もあったし、あれを作ろう。
麦飯を炊いてもらっている間に、肉をさっきと同じように仕込んで、芋と人参をそれなりの大きさに…玉ねぎも切って、こんにゃくが欲しかったな…
俺としては少し物足りない肉じゃがだが、皆には好評なようで、ウィルは3回もおかわりしていた。
「それじゃ行ってくる」
まだ夕飯に夢中な3人にそう告げ、さっき買ってきた薬草が詰まったリュックを背負い、立ち上がる。
「「「フーマ様。ご武運を。」」」
“俺を前方6km先へ”
小さく頷いてから、林の中に転移した。
土の国との現国境付近、ヘンリー伯爵領の家々に明かりが灯り、門兵が何やら談笑しながら交代していく。
冒険者アーサーの初任務だ。
「さあ、仕事を始めようか。」
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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