段取り八分(6)
瞼をあげるのが面倒で、目を閉じながら舌で確認すると、歯がぐらついていて、少し血の味が濃くなった。
ノックする音で体を起こし返事をすると、薄暗い部屋へ見窄らしい格好の3人が入ってきた。
布を貼り合わせただけのような服を受け取り、そそくさと服を脱ぎ始める。
アベリアは即座に背を向けたが、ヴァイオレットは指の隙間から目が合っている。
呆れながら3人に元の服を持ってくるよう指示をすると、さっさと服を着替えて、本棚とベットを空間から出した。
魔法でテキパキと木箱を4つ作り、燭台を使って上蓋の蝶番を作る。
あとは…金もある程度持ってないとだな…
“クロユリの間の金を全て立方4cmでここに”
次の瞬間、足元が崩れ仰向けになっていた。
そうか…ベットの足は金が入ってたのか…
取り返しがつかないので、諦めて空間に10kg近くある小さな金塊達を投げ込む。
全て終わると3人が戻ってきたので、それぞれの箱に服を詰め、空間にしまい込むと、アベリアが思わず声を出しかけたが、ウィリアムが栓をして事なきを得た。
そして朝日が雨雲を差すのを横目に、静かに眠る城を後にした。
「さて、まず名前だけど…2人はウィル・リア、アビー・リアにしよう。あとは…」
ヴァイオレットは…そのままスミレでいいか。俺は…
あたふたしているウィルことウィリアムと、アビーことアベリアを尻目に、ほんの数分考え込む。
「スミレとアーサーでいこう。リア一家って事で…」
「スミレね。まぁ悪くないんじゃない?」
何故ツン要素が出ているか分からないが、姉弟らしい振る舞いをしなくては…
そう思い、彼女の手を取って歩き出すと、俯きながら耳を真っ赤にして付いてくる。
「こんなのじゃ昨日の埋め合わせにならないんだから…」
どうやら昨日1日放置されて拗ねていたようだが、この様子なら大丈夫そうだ。
落ち着いたウィルに道案内を任せる。
冒険者ギルドや商店はまだ開いていないため、貴族家と貧民街を見て回る事にした。
街並みは木造の慎ましい家がほとんどで、石造りは城や城壁、一部の商店や貴族の家だけだった。
洋風と和風がアンバランスに入り混じっていて、カオスとしか言いようが無かった。
娼婦と思しき女や妙齢の男が、むしろ支えているように見えるほど壁にもたれかかっていた。
その横を奴隷達が縄に繋げられ、鞭で打たれながら、何処かから何処かへ連れて行かれる。
腫れ爛れた子達の中に、綺麗な顔をした少女もいるが、今はどうする事も出来ない。
買ってしまうのは簡単だが、今1人を救うという事は、奴隷を無くす道からは一歩後退する。
何故奴隷がいるのか。何故奴隷がいけない事なのか。行動する前に考えなければならない。
そこにいる人達は、前世で何度も見た、全てを諦め何も望まない目をしていた。
そのまま子爵や侯爵家をぐるりと一周して見ると、家は大きいが外壁は剥がれ、草木の手入れはされておらず、ホラーハウスのようだった。
子爵はともかく侯爵は上位貴族のはずだが、本当にこんな所に住んでいるのだろうか。
貴族が貯め込み、街に金が回らずというのはよく聞く悪循環だが、そもそも中に金が無いという状態…
これでは皆で農業して、狩りをして、自分の食べる分だけなんとかするような、原初的な文明に逆戻りしなければならないだろう。
そうなれば他国の侵略を容易に許し、蹂躙され、滅んでいくのを待つだけだ。
現地確認はとりあえずこれでいいだろう。
日が高くなってきたので、いよいよ冒険者登録しにギルドへ向かう。
僅かばかりの期待も持ちながら、不安を押し退けるように扉を開いた。
勢いよく開いた扉は、中にいた不成者達の注目を集めるには十分だった。
考え事をしていたせいで、力加減を間違ってしまった。
よくあるラノベだと嘲笑を受け、お調子者に目をつけられ、返り討ち…しかし、そこにいる者達は、たちまち畏怖と軽蔑の目を向けるのだった。
かつて大陸を滅ぼしたと伝わる魔族の見てくれの子供が入ってきたのだ。当然と言えば当然か。
ヒソヒソと話声が聞こえると、スミレが飛び出しそうになったので、繋いだままの手を引き寄せた。
「坊ちゃん…奥に通してもらいましょう…」
早速失敗してしまったわけだ。やはり無知というのは怖い。
ウィルは正式な騎士になる前に登録していて、顔が利くようで、すぐに奥の部屋へ通してもらう事になった。
部屋には綺麗な黒服を纏った、細身で長身の男が背を向け、待ち構えているのだった。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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