段取り八分(4)
「フーマ様!こんな所で寝てたら風邪ひきますよ!」
子供の体に効いたのか、久しぶりの酒に当てられたのか、うたた寝していたようだ。
体を起こし首を捻り、眠気を追い出す。
「今日は少し怠いな。昼飯はいらない。」
そう言いながらノートに『庶民的な子供服を明日までに2着』と書いて彼女へ見せた。
彼女は少し驚いていたが、すぐに恭しく頭を下げて、掃除を始めた。
読書をするようにページを進め、城の間取り図が書いた所で手を止めた。
雑巾とノートを交換して、王の間の場所を書き記してもらう。
せっせとテーブルを拭いていると、とんとんと肩を叩かれたので、振り返ると頬に人差し指が突き刺さる。
呆れ返っている俺を横目に彼女は悪戯っぽく笑っていた。
俺の座標と王の間の座標を正確にイメージして…
“俺を121m前方15m右方へ”
目の前には書類の山に埋もれて顔が見えないが、確かにハヤテがいた。
愛する家族と一緒に飯も食べられない理由が容易に想像できる。
「仕事が遅いと大変だな。」
俺に気付き、上体だけ起き上がりため息を吐いた。
「皮肉を言いに来たのか?ちょっとは手伝え!」
稽古までならと書類の束を取り、応接テーブルに置いて目を通す。
この国の情勢の一端を垣間見た気がする。
学校教育が無い為、読み書き、算術の出来る人間が少なく、文官がいないので、ほぼ全て1人でこなしている。
面倒は王に押し付け、官僚や対抗派閥がいない事を良い事に、好き勝手やった大公の名残だな。
魔法は農工業などの基礎産業に使わず、負け戦に使い潰す為に税金を投入…
「キリがないな…
明日から1、2週間城を離れる。それから…ウィリアムを借りていく。」
俺もため息をついて、処理し終わった束を戻しつつ、それだけ告げて背を向ける。
「あぁ、あいつか…好きにしろ。
また手伝いに来いよ。」
「俺の現場でアイツ呼ばわりは許さない。次は気を付けろ。」
頭だけで振り返って言い捨て、部屋へ戻った。
部屋には誰もおらず、座ろうとした所で彼が迎えに来た。
『明日から少し城を出る。軍服以外で明朝来い。』と書かれたページを見せ、頷くのを確認してから連れ立って裏庭へと向かう。
稽古が少しずつ楽しく感じるようになってきた。
叩かれる回数から、ほんの少しずつだが力がついている実感があり、何より思考の外で反射的に動く瞬間が面白い。
日も暮れ始めたので、ウィリアムとじゃれ合いながら調理場に向かう。
「泣き虫のお出ましか!今日は早かったな。」
走り回るコックを尻目に、ビルがガハハと笑い、ウィリアムの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でる。
「いいから!パンと酒2つずつくれ。」
「うちは酒場じゃねーんだがな…」
手配書に書かれていそうな困り顔でそう言いながらも、硬いパンと樽型のコップを手渡してくれた。
裏庭の木陰に2人で腰掛け、乾杯した。
「それで、坊ちゃん一体何をする気なんだ?」
「街に出て冒険者登録。貴族家の確認。商人街も確認する。それと貧民街の確認。それから王都を出て…」
「待て待て!坊ちゃん1人でそんな所行かせらんねーよ。」
「お前も行くぞ?あとアベリアも。」
彼の口から噴き出した酒が、傾いた陽の光に染まって消えた。
まだ目を点にしてる彼を横目に、持っていたコップを渡し、今日の仕事がまだ残っているからと部屋に戻る。
明日は早いし寝るのも仕事。まだ夜は浅かったが、床に就いた。
……スーっ…!?……
「探している物はそこには無い。」
“セバスの心臓の冠動脈中にある血液を凝固”
人影が膝から崩れ落ちる。
「苦しんでる所申し訳ないんだけど忠告。
それは聖魔法のような治癒術では治せない。水と土を使える俺にしか治せないから、転移したら死ぬしかないよ。」
彼は胸を抑えて跪き、恨めしさを含んだ苦悶の表情を浮かべている。
王が俺を殺すつもりなら、生まれた時に殺してる。
王妃には序列が下で、忌み子と貶めた俺を殺す意味が無い。
残るは2人だが、自分から手を挙げたのだ。
答え合わせは不要だろう。必要なのは理由だ。
「何故デービットに従う?」
「我らはただの従者…言われた事に従うだけに御座います…」
息も絶え絶え、絞り出した声は人と思えないほど低く、樋熊が唸っているようだ。
組織は理で動くが、人は情で動く。
自分は理で動く組織の一部でしか無いと…情では動けないロボットと同じだと…
“セバスの血液凝固を解除”
「俺はそうは思わない…人は物じゃないんだ…」
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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