段取り八分(3)
※視点が戻ります。
不確定要素の介入による工程修正完了。
工法修正まで行かなくて助かった。
憂鬱な剣術訓練も夕食も終わった。
今日はもう灯りを消して眠るだけ。
“アレ●サ、クロユリの間の灯りを消して”
一瞬で室内にあった蝋燭が消え、真っ暗になる。
火魔法便利すぎる…無から有、有から無…
……ピチャ……
ベットの枕元に零して置いた水が鳴った。
“水を氷のナイフにして俺の手へ”
ひんやりとした物が手の内に入った。
初めてだったが、やはり土、水魔法が使える俺は液体と固体の状態変化を扱えるか。
相手が屈んだ気配を感じ、手を引き込む。
倒れ込んだ所で体勢を入れ替え、腕を極めながら首元にナイフを当てる。
「名乗れ。動けば殺す。」
「い、痛いです…ヴァイオレットです…」
来るなと言ったのに、何故こいつが。
だが、今はあれこれ考える時間も説明してる時間も無い。
“氷を花瓶へ、静かに水に戻せ”
突っ伏していた彼女を無理矢理ベットに引き込み、布団を被る。
「ど、同衾はまだ…」
そんな言葉どこで覚えてくんだよエロガキ。
「いいから静かにしろ。」
布団の中で彼女を制して、再び静寂が部屋を包んだ。
……スーっ…カタっ…スーっ……
異物が無くなり、『クロユリの間』はまた静けさを取り戻す。
こちらの方は順調に回り始めたようだな。
「どうしてこんな時間にここに来た?暫く来るなと言ったはず。」
「『押すな押すなは押せ』と聞いております。
そのため、フーマ様の夜とモゴモゴ…」
モジモジしている彼女の口に右手を当て、左手でコツンと頭を小突いた。
窓側のベットの淵に座り、彼女も隣に座るよう手で合図する。
観念したように座った彼女の整った横顔は、月明かりに照らされ、雪化粧された田園のように美しかった。
一筋の跡もない新雪に刻み込むように、頬に口付けをした。
彼女が驚いて小さく動き、細い髪が揺れて星のように煌めいた。
「子供を抱く気は無い。続きはもう少ししたらな。」
「私より歳下のくせに…」
口を尖らせている少女の姿が可愛らしく、頭を撫でた。
柔らかい毛と熱いくらいの体温が心地良く、洗い立ての猫を思い出す。
「巻き込みたくない…分かってくれるか。
明後日からは好きにするといい。明日には片付ける。
…それと言葉遣いな。2人の時は良いが…」
撫でている頭が小さく2度頷き、彼女は部屋を出て行った。
夜が明け、昨日避けて通った食卓へ入り、準備されていた下座へ座った。
沈黙の中、淡々と食べ進める3人を横目に、スープだけ口を付けず、ひたすらに流し込む。
斜め向かいに座っていた未来の王様が立ち上がっていた。
「残してはいけないと父上に教わらなかったか。」
沈黙を破った声変わりしていない甲高い声と、刺すような視線で、広すぎるこの部屋が異様な雰囲気に包まれる。
クスッと笑い一気に飲み干してみせる。
色の薄いスープは温くなった出汁割りのような味わいだった。
しっかりと余韻に浸ってから、にっこりと笑ってこう答えた。
「申し訳ありませんデービット様。楽しみは最後にとっておくもので。」
ナプキンで口を拭き、「お先に失礼致します。」と立ち上がって歩き出す。
少し火照った体に当たる廊下の空気が心地良い。
その後、ふらふらと城内を散策し、調理場を見つけたので入ってみた。
職人が忙しなく動き回る中で、3人が俺に目を止めた。
「坊ちゃんどうしたんです?」
見慣れた剣士がにこやかにこちらへ来て、俺の背中をぽんぽんと押しながら談笑していた男の元に案内する。
「今日のスープが美味かったのでその礼と、少し水をもらいに。」
「これはこれは王子様。わざわざありがたきお言葉頂戴しまして…」
そう言いながら、汲み溜められた井戸水を一杯すくい、差し出してきた。
礼を言ってから受け取り、熱気で温くなった水を一口、二口と含んだ。
「ずいぶん仲が良いみたいだな。」
「こいつはガキの頃から稽古で泣かされてはここに来てたんですよ。
ビルおじさん、ビルおじさんってピーピー泣いて…」
「坊ちゃんの前でやめてくれよ!」
慌ててウィリアムがビルを制すが、ビルはお構い無しに続けた。
「砂糖菓子を作ってやったっけな…そんなこいつも隊長兼王子様の指南役だもんな。」
「俺も泣いてここに来ようかな…」
「噂の王子様も冗談がお好きなんですな…」
言い切った所で、しまったと言わんばかりに彼は手で口を覆った。
「気にしてないからいいよ。
それに王子は他にもいるからフーマで良い。俺もビルと呼んで良いか?」
ほっと胸を撫で下ろす彼に、今度砂糖菓子を作ってもらう約束を取り付けて、部屋に戻った。
「色々あったけど、とりあえず順調…か。」
空っぽの引き出しを見つめ、そっと閉めた。
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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