段取り八分(2)
彼は眉一つ動かさず、真っ直ぐに私を見ていた。
「何言ってんだ?お前バカなのか?」
一瞬思考が止まり、怒りが込み上げてきた。
「ちょっと!バカって…」
「しっ!静かに!」
そう言われ、仮にも王子へ口答えしようとしていた事に気付き、体が強張る。
睦まじい姉弟の弟が姉の手を引くように、私の手を引きベットの方へと静かに歩き出す。
「ま、まだそこまでは!」
「うるさいマセガキ!ここで隠れてろ。」
身悶えながらも必死でついて行ったのに、ベットの脇に投げ捨てられてしまっていた。
怒って起き上がろうとすると、ノックが聞こえ、咄嗟に這いつくばる虫のように小さくなった。
「フーマ様。あまりアベリアを困らせないで下さいませ。」
執事長のセバス様の声だ。
声色はあくまで冷淡だが、顔を見ずとも様々な感情が含まれているのが見える。
待って。さっきの『マセガキ』っていうのはどういう意味?それにこんな子供にバカって…
思い出してまた怒りが込み上げてきた。
彼はいつの間にか入った時と同様、イスに腰掛けているようで、何事も無かったように受け答えしている。
「……今日は体調が悪いんだ。申し訳ないが下がってくれ。」
「かしこまりました。これ以上は何も言いません。
ですが、今夜は夜更かしはお控え下さい。」
扉が閉まった音がした。セバス様が出て行ったのだろう。
「悪かったな。…ってどうした?顔が赤いぞ。」
さっきとは打って変わって、優しい表情で差し出された手を取ると、酷く冷たく微かに震えていた。
私が立ち上がると、胸ほどの背丈しかない彼は膝をパンパンと払ってくれた。
「何歳…いや名前は何と言う。」
「ヴァイオレット、10歳でございます。」
「ヴァイオレット。俺の言う事が聞けるな?」
真顔に戻っていた彼の声は、私を案じている事を隠そうとしていた。
黒色の瞳が蔵の夜闇より深く私を見据えている。
深呼吸してから大きく頷いて、手招きする彼に耳を貸した。
顔が近づき、また胸が高鳴るのを感じた。
「俺がこの部屋でアベリアを怒鳴り付けていたと報告しろ。
お前は悟られないようにゆっくりと部屋を通り過ぎ、隣の部屋でアベリアが出て行くまで聞き耳を立てて、それからすれ違わないよう一周して帰ってきたとも伝えろ。」
驚いてしまい、思わず体を離してしまった。
全て気付いていて、あまつさえ口答えをした私に、何故こんな事を言うのだろう。
また深呼吸をして大きく頷き、部屋を出ようと歩き出した。2、3歩進んだ所で、聞きそびれてしまった事を思い出して振り返る。
「お名前は?」
「風魔だ。5歳になったらしい。」
緊迫感が一瞬抜けてお互いに口元が緩んでしまった。
彼は私に、今までの10年に無かった感情を引き出し、お前は人間なんだと心を揺さぶったんだ。
私の半分しか生きてない癖に。
また足を進め、『クロユリの間』から足を踏み出した。
「ここには暫く来るなよ。」
窓の外を眺める彼の後ろ姿が扉に消えていった。
心を持たぬ人形。
されるがまま動かされ、糸がほつれ、手足がもげて…
私はまた人形に戻る…
拙い文章ですが、読んで頂きありがとうございました。
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