第4話 元王女、買い物を楽しみ、死者を弔う
まずは、アルバン殿に紹介されたこの町“ダーバー”の宝石商を訪ね、餞別としてオーギュスト卿から戴いた一部の宝石を当面の資金としました。ちなみにこの世界、オーギュスト卿から戴いた本には、スピラという名だと書いてありましたわ。通貨のことも書いてありまして、宝石から換金する時に役に立ちましたわ。白金貨、金貨、半金貨、銀貨、半銀貨、銅貨、半銅貨となっているようでして、それぞれ、100枚集まれば次の硬貨へと両替が可能なようです。
大体、平民の月収は銀貨15枚~20枚程度らしいですわ。今回、換金した分では金貨で10枚もの値がつきましたわね。まだ、宝石は大量に余っているので普通の平民では残りの人生を遊んで暮らせるでしょうね。
しかし、私にも元とはいえ王女としての矜持がありますもの。自堕落な生活なんぞは御免ですわ。ですので、手に職をと思い、裁縫に必要な道具や布などを買い込み、2日間、宿に閉じこもり縫製作業に取り組みました。私には加工魔法という能力がありまして、1人でモノを加工する際は見えない手が一緒に作業をしてくださるの。
ちなみに、ルネとエヴラールはすぐに冒険者ギルドにて登録をして、冒険者として活動し始めました。アルバン殿の名の入った仮証を提示しましたら、審査も実技と筆記のみの普通の身分証を持つ方々と同じ内容となったみたい。私が宿にこもっている間に2人とも結構な活躍をしたみたいで、期待の新人になっているらしいわ。30歳を超えて新人というのもおかしいと思うけど、2人の実力ならすぐに中位冒険者になれるでしょうね。
そして、私は20着の女性物の服を仕上げましたわ。デザインは元いた世界で流行っているモノにしたので、少しこちらで流行っているモノと毛色が違いますけど、受け入れてもらえるでしょうか?
そんな思いを抱きながら商業ギルドに持ち込みました。仮証をお見せしますとアルバン殿の名のおかげか個室に通され、現物をお見せしたところ「あまり見たことがないデザインだが可憐さがある。」と評価され、思いの外良い値で買い取っていただくことができ、さらに定期的に卸せるならギルドカードを作るよう勧められ、ギルドカードまで手に入れましたわ。これで身分証の心配は無くなりましたわね。ちなみに20着すべてで銀貨20枚ですわ。平民の月収を稼いでしまいましたわ。
しかしながら、いつも、両手の袋と背嚢に服を入れて、宿と商業ギルドを往復するのも格好がよろしくないですわね。どうしたものかと思い、夕食の席でルネとエヴラールに相談したところ、オーギュスト卿が使用している時空魔法とは違った系統の空間魔法というのがあり、それを鞄などの入れ物に付与した通称“魔法袋”というのがあるらしいですわ。冒険者の先輩からお聞きしたらしいです。
値段は収納力によって、上は際限なく下は半金貨10枚で買えるくらいまであるらしく、ルネとエヴラールも、狩った獲物を持ち運ぶために購入を考えていたらしいんですの。ということで、明日は、魔道具店に魔法袋を見に行くことにしましたわ。余談ですけど、ルネとエヴラールに私の作成した冒険者などの荒事向け用の服をプレゼントしましたら、改めて騎士の誓いをされましたわ。
翌日、開店時間を少し過ぎた時間から魔道具店に行きますと、本当に色んな種類の魔法袋がありました。私は腰に下げるポーチ型が良いと思いまして、それを中心に探しましたが、なかなか良いモノが見つかりません。
店員さんに声をかけ、此処にあるモノだけかと聞いたところ、在庫はまだ他にあるそうで、売れ筋の安い商品を店舗に陳列しているそうです。ルネとエヴラールも気に入ったモノが見つからなかったので、在庫のほうを見せていただけないか交渉しました。
「承知しました。当店の店舗に陳列している以外の在庫商品は、少々お値段が張るモノが多いのですが、大丈夫でしょうか?」
「最低、いくらからですの?」
「金貨1枚以下の商品はございません。」
「あら、そうなんですのね。この町に来てから日が浅いので知りませんでしたわ。今の手持ちでは足りないので、資金を用意してまたお伺いしますわ。一旦、失礼いたしますわね。」
「はい、お待ちしております。」
そう言って、店員さんはお店の外までお見送りしてくださいました。上客と判断してくださったようですね。私達は手持ちの宝石を宝石商でまた換金し、白金貨3枚、金貨30枚を用意しましたわ。そして、また魔道具店に戻りました。
お金の用意ができたことをさっきの店員さんに伝えますと、お店の裏の方へと案内されました。倉庫が2棟建っておりまして、守衛らしき方が数名おりました。うち1棟に魔法袋はあるとのことで、大きな錠前を外し、中へと入ります。入ると同時に扉が閉められます。
中は光の魔道具を使っているのでしょうか、明るく、想像した倉庫とは別物でしたわ。それに先客の方々もいらっしゃるようで、私達も購買意欲が上がってくるというものですわ。すぐに、魔法袋が陳列されている場所へと案内され、希望のモノを探しますわ。
そして、ありました。少し濃い目の緑のポーチ。私達を逃すために討ち死にしたルネとエヴラールの息子、エタンの瞳の色と同じ色。形見を回収する時間もありませんでしたから彼を忘れないためにもこれにします。
「私はこれにします。おいくらでしょうか?」
「そちらの品は白金貨1枚と金貨3枚となります。収納力はこの倉庫10棟分です。お買い得品ですね。」
「あら、どうしてかしら?」
「ポーチにしては色が地味過ぎまして、売れ残っていました。」
「そうなんですの。しかし、私は気に入りました。お会計は今済ませても?」
「はい、問題ございません。」
「では、こちらを。」
そう言って、白金貨1枚と金貨5枚を渡します。店員さんは慌てて金貨2枚を返そうとしますが、私は笑顔でこう言いましたわ。
「素敵な出会いを提供してくださったお礼と、この魔法袋を私達3人しか使用できないように制限を付けていただくための作業賃ですわ。あ、後々、使用者が増やせるような形でお願いいたしますわね。」
「承知いたしました。」
ルネとエヴラールもそれぞれ良いモノを見つけたようで、私と同じような使用者権限も付与してもらうようにしましたわ。手元には金貨が50枚と銀貨が70枚ほど残りました。使用者権限の付与作業に私達の魔力が必要ということで、店舗に隣接する工房の来客用作業場に行き、使用者権限を付与してもらいました。これで、これからも働く意欲がわくというものです。最初に収納したのはオーギュスト卿から戴いた宝石だけですけどね。
お昼を平民としては少しお高めの食堂ですませて、冒険者ギルドへと向かうルネとエヴラールと別れ、1人で街を散策しながら宿へと戻ります。王宮住まいの時は、お忍びで少しの時間しか街を見てまわれなかったけど、今の私はその制約から解き放たれているんだわ。ウキウキしながらお店や露店を見てまわる。
そして、花屋の前で足を止める。今の私があるのは、エタンが命をかけて活路を開いてくれたから。彼の亡骸や遺品は置いていかなければならなかったけど、彼の魂の安寧を願うのは世界が違ってもいいはずよね。私はそう思って、花をいくつか買って、この街の教会へと向かう。
この世界の神々については本の知識で知ってはいるけど、どこにしようかしら。特に特定の神を信仰していない人々のために、ヘレナという女性司祭が立ち上げたヘレナ教というのがあるからそこにしましょう。巡回していた衛兵さんにヘレナの教会の場所を聞くと妙な顔をされましたわ。
「私、何か変なことを言ってしまいましたか?」
「あ、いや、違うんですよ、お嬢さん。お嬢さんのような上品な方々は特定の神を信仰されていますから・・・。」
「あら、そうなんですのね。私、4日前にこの町へ着いたばかりですの。」
「ああ、そのお姿はもしかしてアルバン分隊長が仮証を作成したという異国から来られた方ですか?」
「ええ、そうですわ。有名なのかしら?」
「衛兵隊の中ではですね。困っていそうなら声をかけるようにアルバン分隊長から言われています。そう言えば、護衛のお2人がいらっしゃいませんが、お1人で大丈夫でしょうか?教会までご案内いたしますよ。」
「ご厚意有難うございます。私は1人で大丈夫ですわ。教会への道すがら、露店やお店なども覗きたいので。」
「わかりました。では、ヘレナ教会へはですね・・・。」
衛兵さんは分かりやすく道筋を教えてくれました。お礼を言い、また露店やお店を覗きながら教会を目指します。そして、10分程で教会に着きましたけれど、これは・・・。綺麗ですけどボロボロですわね。ですが、中からは明るい子供たちの声が聞こえます。入っても大丈夫でしょう。一応、護身用の短剣をいつでも取り出せるように準備はしますけどね。
「失礼いたします。」
そう言って、扉を開けますと、中もくたびれた感じではありましたが、綺麗に保たれています。祭壇の上にはヘレナ教のシンボルマークが掲げられているだけで、スッキリとした感じですわね。取り敢えず、花をお供えしたいので、どなたかを呼ぼうとすると奥の方から足音が聞こえてきました。
「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。初めての方ですね。私の名はイーヴァンと申します。司祭をしております。今回はどのようなご用件でしょうか?」
40代くらいの優し気な男性が姿を現し、そう自己紹介をしてくださいました。私は、カーテシーをし挨拶をします。
「初めまして。私はブリュエット・エクナルフと申します。死者の安寧を願うためにお花をお供えに参りましたの。」
「でしたら、こちらの祭壇へお願いします。生花でしょうか?」
「はい。」
「わかりました。枯れる前にこちらでお祈りを捧げてから土へと還させていただきますがよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いいたします。それと、こちらが今回の謝礼と寄付金です。」
そう言って、早速ポーチから銀貨を20枚取り出し、イーヴァン司祭様へとお渡しします。すると彼は、
「こんなにはいただけません。」
と言って、銀貨を全て私の手へと返してきました。
「これでも、私はそれなりの地位の家の生まれですの。このくらいはさせて戴きたいですわ。でないと、私の矜持に関わりますの。」
「・・・。わかりました。それでは、ありがたく頂戴します。」
「ええ、そうなさって。ところで、先程から子供の声が聞こえますが、何かの催しをされているのですか?」
「あ、いえ、孤児院を運営していまして。うるさくて申し訳ありません。」
「いえいえ、そう、孤児院があるのですね。見学してもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。」
さて、子供達はどのような環境で暮らしているのでしょうね。場合によっては、寄付金を増額した方がよろしいかもしれませんね。高貴なる者の義務として。
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