園芸移動魔法、ロコモス・ホルティキュラーリス
あざ笑う魔女の声が響く。
「当たらないじゃない。それで私を攻撃したつもりなの?」
「当てたらアーニャがケガするじゃないか!」
こんなのが親父の元カノだと思うと気が滅入るぜ!
「私が入ってる身体をこの玉座に釘付けにした魔力だけは認めてあげるわ。でも所詮そこまでよ。レオノールには程遠いわ」
「あのな、オレは16で親父はもうジジイだぞ? 今戦ったらオレが勝つに決まってる」
「レオノールが衰えるわけないじゃない!」
「親父は最近、昔植えたバラの花の前でよくぼうっとしてる。隠居ジジイだ」
「バラってもしかして……?」
「アンタの好きな花なんだろ? この燈台のように白くてほんのり薄ピンク。
オレの母親はな、『お父さんの大事な花だから』って言って手入れを欠かさなかったんだよ!」
魔女は高笑いを響かせた。
「あれはあのひとが私の病床に飾った花。あのひとの心は私のもの。ほらね、後妻は後妻、先妻の私にかしずくのよ!」
「まだわからないか? オレの母親と違って、折角魂としてこの世に残れたんだ、なんでさっさと親父に会いに行かない?!」
「会って何になるの? 魂だけではあのひとに触れない。体温も感じない。会話もできない。あのひとがここに来て、私の新しい姿に恋をしてくれたらいいの、そしたら元通りに暮らせるのよ!」
「そう言って何年無駄にしたんだ? 何人の女の子犠牲にしてその家族も悲しませて!」
オレの背中に貼りついていたユーキが声を上げた。
「アーニャを返してください。ボクは女になっても男の娘でも、魂だけになっても、ダイキの傍にいたいです。あなたは違うんですか?!」
そうなんだよ。オレは自分の恋路に忙しい。
「さあ、オレの魔力が充填した。もう言い訳は聞かない。オレはコイツに告られて、まだ返事をしてないんだ、さっさと済ますぞ」
「済ますって何を……」
魔女が狼狽えた。
「気付いてないのかよ……」
「さっきの拘束呪文、アンタの周り7方向に蜘蛛の糸を張ったわけじゃない。拘束してるのは天井からだけだ。後の6か所を繋いでみな? オレが作り出したのは、移動魔法陣だよっ!」
「移動魔法っ?! でもどこへ?」
「依り代は植物。もちろん、アンタの大好きなバラの花だ!」
「イヤ、嫌よ! バラじゃ、声も出せないじゃない!」
「バラとして余生を、親父に愛される道を選べ、バカ女!」
すぐに呪文に入った。
「~美しき肢体を残し、魔力帯びたる歪み、花に宿らせ閉じ込めて、更には憩わせんことを。ロコモス・ホルティキュラーリス」
身体を失い、心は年老いて判断も鈍っている往年の魔女に、悲哀の思いを込めて詠唱した。
「イヤー〜〜〜ッ」
魔女の声がこだまする中、白い秋の月光のようなつむじ風が起こり、部屋を3周してから天井をすり抜けていった。
後は親父が好きにするだろう。元カノの不始末を息子が尻拭いすることもない。
あのバラは魔法学園の奥庭に植わっている。
母さんは、「綺麗だけど芯が弱くて咲かせるには手がかかる」と言っていた。
何もかも知っていて、面倒をみていたのだろう。
バカ魔女が宿った今となっては近づく気も起こらない。
「魔法講師として学園に残りゆくゆくは後を継げ」と親父は言ってたが、まっぴらごめんだ。
オレの進路は今決まったぞ。
ユーキの想いに応える。それしかないな。
目の前に広がる光景は、ボロボロになった大理石の部屋の真ん中の玉座にドレスの女がぐったりとしていて、同じ顔をしたズボンの女が膝をついて介抱しているというものだった。違いは服と、髪の長さだけ。
「アーニャ、聞こえる? ボクだよ、ユーキ……」
「え、わたし? にいさん……? でも女の子……」
アーニャの意識が戻りつつある。ジュール魔女のあの同化魔法は単に体を借りていただけ。本人の意識を眠らせていただけだ。
魔女の魂が抜ければアーニャは大丈夫なはず。
「ダイキ、他のみんなも地下にいるって!」
ユーキが声を上げた。
赤い玉座の裏のカーテンに隠されたエレベーターで地下に降り、そこで共同生活をしていた6人の女性を解放した。
最低限の食糧は供給され、炊事、風呂、洗濯はできていたらしい。
アーニャを家まで送り届け、ユーキをあの半月型の砂浜に誘った。
「その女のカッコで親御さんに会うのは勇気がいるだろう?」
そういうとユーキははにかんでついてきた。
―◇◇◇―
砂浜に立つと、波はひっきりなしにオレの国のほうから寄せてくるように見える。
海を渡れば魔法が習えると思えば、ユーキは藁にもすがる思いでカヌを漕ぎだしたのだろう。その覚悟と焦りを隠して、学園でいつも見せていた輝く笑顔が愛しい。
胸が切ないのは、潮の香りのせいだけじゃない。
西からの夕陽がふたりの影法師を長く伸ばしている。
言葉を探しあぐねてトパーズ色の波の照り返しに目を細めていると、ユーキが先に尋ねた。
「……もう、帰っちゃうの?」
「帰る? いや、もっと冒険でもしようかと思ってる……。オレって思ってたより強いな?」
「そうだね……」
女声のくせにユーキの言葉は低めに響く。
「ついて来ないか?」
青白い瞳を覗き込むと、顔を背けられた。
「でもきっと足手まとい……」
もごもごと呟いて目を伏せる。
「足手まといでも死んでも、傍にいてくれるんじゃないのか?」
――――そう言ってくれたと思ったが?
「そりゃ、ボクは傍にいたいけど……」
ボク呼びの美人顔の頬に手を置いた。そっと唇を寄せる。
「だ、ダメだよ、漢気が抜ける、ボクに返したらダイキが弱くなるから!」
また顔を背けたから、くっと抱き寄せた。
「男の強さなんて、やせ我慢と筋肉量くらいだぞ? 女のほうがしぶとく強いもんだ。まあ、ふたり合わせて総合力があればいいわけで、オレは、ユーキにはいつものユーキでいてほしいんだが?」
「イヤよ、女でいればもしかして、ダイキに愛してもらえるかもしれないもん!」
「もん!」は反則だろうと心の中でツッコミながら、身体を離して言葉に優しく想いを込めた。
「ユーキ、好きだ。男でも女でも好きだが、お前に女になってもらったのは愛すためじゃない。お前はいつものお前でオレの隣にいてくれ……それだけでいくらでも愛せるから……」
瞳をうるうるさせて言葉もなく見つめ返してきた。涙の粒がひとつ、左目から頬を伝う。
想い人がやっとコクリと頷いたのを確認してから再度手を伸ばした。
頬を両手で捕まえて親指で涙を拭い、そっと唇を合わせる。
ユーキ分の漢気がゆっくり持ち主に返っていく。
眩しいけれども温かみは少ない秋の日没の光の中で、オレたちの身長差はなくなり目線がぴったり合った。
漢気のやり取りが終わっても、唇は放しがたく、いつまでもいつまでも貪っていたかったけど。
まあ、これからじっくり、だよな。
ユーキも照れてはいたがもう俯いてはいない。
大事な恋人の目を真っ直ぐ見据えて、互いの生涯を捧げると誓い合った。
―了―
仙道さまの音楽に助けられて、書き慣れない分野に挑戦できました。粗は目立ちますが楽しかったです。
黒森冬炎さまも考える機会を設けてくださりありがとうございます。
そして読んでくださった方に心からの感謝を。
ちなみに、ジュール・ブーシェはバラの名前です。Rosa 'Madame Jules Bouché'
白くて中がほんのりピンク色。(実物は見たことありません)
1910年作出の古いバラで、耐病性が弱く咲かせるのは手がかかるそうです。
ということで、「手のかかる魔女」が誕生しました。