安楽死呪文
敵の攻撃呪文はユーキを狙い、庇ったダイキが負傷!
「ミスリルミステイク!」
扉中央の銃眼のような四角がピカンと光る。
途端、腹に鈍痛を感じ、1階でイメージした乳白色のビー玉が、からころとんとんと階段を落ちていく絵を見た。負ける予言か。
オレの結界が間に合わないなんて……。
「ダイキ!」
痛みで前のめりにうずくまるしかない。
しゅぅうううと音を立てて全身から、きな臭い煙が上がっていくのを感じる。
ユーキの細長い両手がオレの肩にかかっている。焼け焦げた腹を見せたくなくて、そのままぺたんと床にへしゃげた。
「う~ん、この床、大理石か? 冷たくて気持ちいいな」
ユーキと2人分の結界を張りながら、意識を失わず、治癒魔法を自分にかけ続けなきゃならない。これはなかなかの試練。
「ダイキ、大丈夫なの……?」
「少しこうしてたら治るからちょっと時間くれ……」
気を失うわけにいかない。意識を飛ばすことができれば、この痛みだけは忘れられるのに。
だが、ぼうっとする頭の中でいいことを思いついた!
「ユーキ、お前一つだけクラスのトップになった呪文があったな?」
「うん」
「あれ頼む」
「ヤだよ、安楽呪文だなんて! ダイキ、死んじゃうの?!」
身体が酸素をたくさん取り込んで自らを修復しようと、「ハアハア」と息が荒くなっている。ユーキには敢えて答えず、床にだらりと伸ばしていた左手を持ち上げた。
「……この手握ってあの呪文唱えてくれ……」
オレが意識を失う前に、と心の中で付け足す。
ユーキが唯一まともに使える魔法、それは、瀕死の傷病者に過去の走馬灯を見せ、安らかにあの世に旅立たせるもの。
「オレは絶対死なないから、ユーキ、頼む……」
「~育まれ、実るこの身の熟し時。枝に残りて放つ暖。我は赦そう、落つることをも。ユーファネイジア!」
ユーキのよく通る声が壁にエコーしてらせん階段を満たしていく。
小柄でシャイな留学生が教室の前に立っている。
あれがユーキとの初対面。
歩いて簡単に渡れるのにお向かいの国を訪ねようともしないオレたちは、わざわざ現れた男子に興味津々だった。
特にオレは事前に校長から「クラスに馴染めるよう気を付けてやってくれ」だなんて言われていたし。
「ゆ・う・き……」
そう、コイツの前でオレは無様な真似はできない。
ユーキがオレの中から引き出し映像化している走馬灯動画が、意識を保たせてくれる。
楽しかった記憶の中にはいつも笑顔のユーキがいて、皆に囲まれて笑われながらもキラキラ輝いていた。
オレは大丈夫だ。結界も治癒も揺らぎなく効いている。
そろそろ、起き上がれる。
「助かった……、ありがと」
「ウソ、もう起きれる?」
「何とか。服は直せんが身体は治った」
「よかった……」
ユーキはオレのすぐ横に体操座りで安堵のため息を吐いた。
「今のは攻撃魔法だよね?」
「そうだ。とうとう襲ってきたな。でも焼滅呪文じゃない。癒せる程度の攻撃だ。どうも魔物はオレたちに会いたがってる気がするんだが……」
「会いたがる? どうして? アーニャを閉じ込めてるのに」
「ま、本人に会ってみれば判る。たぶん次がもう天辺だ」
――――「オレたち」とごまかしたがどちらかというと、オレには会いたいがユーキは死んでもいいと思ってないか、魔物さんは?
階段の内壁に手を這わせ、実は身体を支えてもらいながら上がった。魔力の減少が足に来ていた。
ハートポイントは満タン。ユーキ狙われてオレが怯むわけがない。今のヒットダメージはマジックポイントで相殺したから、今すぐには高位魔法は使えない。
休憩して魔法合戦か、殴り込んで肉弾戦か。
踊り場に出ると、レリーフの施されたひと際大きなブロンズの扉が立ちはだかっていた。
真ん中に縦線。観音開きか左右に開くドアなのだろう。
横の壁には開ボタンのみ、5つの☆ボタンは付いていなかった。
オレの目を覗き込む、友の顔があった。
「ダイキ、少し休む? 戦える?」
「相手次第かな。お前は早くアーニャさんに会いたいだろう?」
「会えても取り戻せなきゃ意味がない」
「魔力が全部戻るまで待ってたら日が暮れる。使えない呪文があるとしても、ここは行くしかない!」
オレは躊躇わずに開ボタンを押した。
扉は真ん中から左右にスライドしていき、少しずつ隙間を広めた。
眩しい白い光が放射状にオレとユーキを照らし出す。