呪文の効果は好き嫌い
「ダイキ、好き嫌いで☆選んでるの?」
問いただすユーキの瞳は真ん丸になっている。
「ああ。呪文がオレに効くかどうかだろ? 好きだと思わなかったら効かない。いい呪文だと思うってことは効いてるってことで好きだって言い換えてもいい」
「魔力に当てられてるってこと? 魔法がかかったりしないの? ダイキは、大丈夫なの?」
「オレ? あ、影響受けることはあるかもな。でも操られたり洗脳されたりはない」
ユーキは首を傾げて説明をねだった。
「魔物の狙いは何? 今までの呪文はどんな魔力があったの?」
心配だらけの男を尻目にオレはてけてけと上にあがる。
「一刻でも早くアーニャに会いたいんじゃないのかよ?」
「だからこそだよ。言わないほうがいいかと思ったけど、呪文の声はアーニャなんだ。拷問されてるか傀儡化されてるのかわからない。もう手遅れなのかも……」
「それを今考えても仕方ないだろ? 判断が曇るだけだ」
――――オレも何とか心を強く持って対処してるところだよ、ユーキ。
「不真面目に見えたらすまん。これでも雑念消して心の鏡に映すようにしてる、魔力は反射して弾き飛ばしてるから」
「いや、文句が言いたいんじゃないんだ。ここまで誰も来たことがないのにダイキには簡単そうでちょっと拍子抜けってのもあって……」
ユーキのイケメンに憂いが浮かぶと男らしさより美人に見える。
「次が簡単かどうかはわからないぜ?」
「うん……」
心の準備だけはさせておいて、4番目の開ボタンを押した。
「~埋め尽くせ蠢くものよ。等しく蠢く愚かなヒトに身の丈を識らしめよ。触れれば触れるほど、愛せば愛すほど失う世を顕現せしめよ、ヴァイラスパニック!」
「そうきたか~」
オレは思わず頭を抱えて座り込んだ。
「呪文としては極上だ。キスしたら病気がうつるかもなんて考えて恋愛できねぇんだよ。しなきゃ子供もできなくて人類滅亡だわな。☆5つけるべきなんだろなあ~」
心が決まらない。呪文としては非の打ち所がない。自分だって人類の危機を警告するならこんな呪文を紡ぐだろう。
「ユーキ、すまん。バルコニーかもしれん」
「いいよ、もちろん。覚悟はできてる。アーニャには悪いけど、ダイキが精一杯やってくれた結果なら投身自殺だっていい。僕一人じゃここまで来れなかったんだから……」
真摯に見つめ返すユーキに、勇気をもらえた。
「時節が悪すぎる。ウィルス病に困ってる国が実際にあるんだ。今こんな呪文聞いて耳に入るヤツはいねぇ。オレは嫌だ。だから☆4!」
扉は、スルッと横に開いた。
「ふぅー」
オレがため息を吐くとユーキは額の汗を拭った。
5番目のドアに挑戦する前に2人でバルコニーに出てみた。高い。ユーキが飛んだら死ぬ。
オレひとりかユーキひとり助けるなら何とかなるんだが。
「ここまで来たら、腹括らなくちゃね」
ユーキの笑顔は少しぎこちない。
「失敗することを考えるな。上にあがることだけ思ってりゃいい」
「そうできるよう努力するよ……」
ユーキの弱弱しい微笑みを包み込むように笑ってみせ、5の扉の呪文を聞いた。
「~物の怪に引きずり込まれて地獄絵図。振り返るな後ろに気配。奇妙な符合に血の巡り。たった一夜の百物語。リンペイトウシャレツザイゼン!」
たたたたたと5回押して、タタンとドアが開いた。
たったこれだけの呪文で背筋に冷っと感じたから、☆5だ。百物語全部を呪文にされたら、あの世に飛ばされて戻ってこれない人も出てきそう。
「ほい、次」
また階段をあがる。
背中にユーキが話しかけてきた。
「ダイキ、呪文っていったい何? 僕わかんなくなってきた。今までの言葉たち、ちゃんと魔力帯びてる? 魔法学園で習ったのと随分違くない?」
「うん、かなり違うな。何でもありって感じだ。でもちゃんと効いてる。オレが4や5を付けてるのは心に響いてるから。呪文ってのは、言葉だけで相手の心に作用するもの。信じ込ませるもの。
オレは海の上を歩ける。歩けると言っただけじゃ歩けないが、呪文を唱えることでオレ自身が歩けると信じ込む。だから溺れない」
ユーキが目を伏せると長い睫毛に光が留まる。
「海に落ちるような落ちこぼれには、今までの呪文、説明するほうが鬱陶しい?」
「知りたいのか? 上にあがればあがるほど、悪意が籠ってきてるが?」
「知りたい。それをダイキが浴びて、反射してやり過ごしてるならちゃんとわかっていたい」
――――オレのことが大事なのかよ。