☆を押すのは恐くない
道も樹々も家も橋も曲線の景色の中を、歩き続けて港に到着。
たくさんのカヌがもやってある埠頭の先に、白くてほんのり薄ピンクの燈台が立っていた。天辺は下からでは見えない。
形は筍というか、バラの花の真ん中を抓んで上に引き延ばしたみたいだ。魔物にしては、おとめちっく。
ユーキが燈台の入り口に立ち止まった。確かに開ボタンと☆ボタン5個がある。押すと点灯するタイプだ。
「流れてくる呪文はそのたびに違う。でも☆ボタンは当たる確率5分の1。だからひとつ目は突破した人がいる。でもこのドアは中からは開けられない。引き返せないから次のドアで失敗したらバルコニーに出て飛び降りるしかない」
開きかけのバラの花びらみたいに見えているのは曲線のバルコニーらしい。
「下手に運が良くて5つ目までとか上がっちゃったら投身自殺か?」
茶化してみた。
「そうなるね。だから天辺まで行きついて」
ユーキが心配そうに、頂点があるだろう空を見上げた。
「バカ、少しは信用しろ」
笑いかけるとオレに恋しているらしい友人は、背負っていたリュックを渡そうとした。
「ここにお弁当と飲み物が入ってるから。呪文、たまに長いのもあって退屈かもしれないけど、頼むから集中切れないように……」
「おい、オレ一人で行かせる気か? 荷物持ちしろよ」
「2人入れるかどうか確かめた人いないんだ……」
「チッ」
舌打ちをして荷物を受け取った。
ついでに、ひょいと開ボタンを押す。同時にユーキがびくりとオレの顔を覗きこんだ。
呪文はお構いなしに流れ始める。
「~相容れぬ世に生まれ落ち、悪しき淑女に苛まれ、行く当てもなく追放さるは如何なるさだめ、ナーロッパラブ!」
「これが、呪文か?」
隣のユーキに聞き返した。
ユーキは魔力のほどを測ろうと神妙にリピートしていて答えない。
「これは古いだろ。今の世にはそぐわない。2かな」
ちょんちょんと左から☆2つを押して光らせると、目の前の扉がググっと横に開き始めた。
「やった! さすがダイキ」
横で褒めている男を腰から抱え上げ、一緒に中に入った。
「ほら、荷物持ちしろ」
目を白黒させているユーキの胸にリュックを押し付ける。
中はくすんだ白壁で明るく、上にあがる同じ素材のらせん階段しかない。幅は狭く2人横には並べない。
1段目に足を掛けると、乳白色のビー玉がからころと軽やかに段を上がる図が網膜に映った。プロフェシー・ビジョン、予知の一種だ。
こんなもの見るのは久々だが、「とりあえず安全だから上がれ」と、オレの魔力は言っているらしい。
方向的に一周したと思ったら次の踊り場が出てきて、壁と第二のドアに行く手を阻まれた。横のバルコニーから外の明かりがチラチラと射し込んでいる。
「さあ、お次」
「開く」を押すとまた呪文らしきものが聞こえる。
「~灼熱の永劫ループを解き放て。ダークマターに浮遊するAIの神、古の約今果たさんことを、ケミカルパラノイア!」
「ん~、ループもの苦手なんだよね。AIよりも愛が大事じゃないかなあ。☆1だね」
グィ~ンとまた扉が開いた。
魔物はオレたちが最上階に辿り着くまで攻撃してこないのだろうか?
アーニャを取り返しに来たってわかってるだろうに。
魔力の強い人が来たら住処を明け渡すという契約ってのも解せない。
こうやって呪文を聞かせてオレの実力のほどをテストするだけで、本当に満足なのか?
らせん階段の心柱を隠す丸い内壁の中は空洞なのか、そちらから奇襲攻撃の可能性はないのか、パシパシ叩いて確かめながら段を上がった。それをユーキが聞き咎める。
「ダイキ、なんか楽しそうだね? プレッシャーとか無いの?」
そんな問いかけをしてきた。
「ないな。今までのところ、難しい呪文じゃない。想定内。どっちかというと初歩っぽい。これから厳しくなるのかもな」
ユーキを怯えさせる利点はない、少しだけカッコをつけさせてもらっただけ。
第三のドアにも「お帰りはこちら」とでも言いたげにバルコニーが隣接している。失敗したら飛ぶしかない。
しかしそこからは外の優しい秋の日差しが入ってきて、光の粒子が燈台の中で遊んでいるようにも感じられる。
「~韻律に遊べば薄れる表象、文字は音階、文字は具象、もしくは幻、貫き留めよ、その静寂、ポウエムリリック!」
「おう、これは好きだぜ。☆5つ」
ガタガタっと揺れた後で扉はまた開いた。