海は歩いて渡るもの
ボーイズラブ苦手な方は残念ですが、ブラバください。
海の上を歩いていた。秋の日差しが波頭にキラキラと揺れる。
ああ、もう西陽なんだ。いつのまにか昼がこんなに短くなっている。昼と夜とが同じ長さの日だというのに、昼の短さばかりを感じるのはなぜだろう?
海を徒歩で渡るのはほんの初歩の魔法だから波に足を取られることもないというのに、踏み出すとトパーズ色の反射が飛び散って、つい見惚れてしまう。
風が頬を撫でるたびに、懐かしさのような潮の香りが鼻の奥をくすぐる。
「ブッ」
趣も何もない。急にアイツが海に落ちた日を思い出した。海の向こうから来た留学生は、航歩呪文に失敗し、クラス皆の笑いものになった。
素養もないのに魔法学園に来て無謀なヤツだと思ったんだ。
「そんなんでよくこの国まで来れたなあ?」とからかうと、濡れた漆黒の髪を掻きながら、「カヌというものに乗ってきた」と、微苦笑した。
夏前にそのカヌで去っていった友は、「秋分の日に海を渡ってきて」と何度もオレに頼んだ。
「なぜ?」と聞くと「海がトパーズ色に光る日だから。ダイキの髪の色みたいに」と意味不明。
「ごちそうでもしてくれるのか?」と質問を重ねると「僕がダイキにクエストを依頼するからさ」って。
群青色が延々と続いていた前方はだんだんと薄れ、碧色が混ざってくる。うねりに足を、風に背中を押されるのは、向こう岸が近づいた証拠だ。
ぽっかりと拓けた白い半円が見える。くねくねと育った見慣れない樹々に囲まれた砂浜に立つ細い人影は、確かにアイツ、ユーキだった。
「来てやったぞ!」
オレは水上から手を振る。3か月見なかっただけなのに、ユーキはぐっと背が伸びたようだ。
「ありがとう、ほんとに来てくれた……」
目線の高さがちょうど合うようになったというのに、ユーキは照れて、綺麗な顔を背けた。
「お前、背が伸びたな?」
「あ、これは違う、自分の国だから。そっちにいるときは縮んでただけ」
「は? そんなことあるのか?」
「うん、ダイキも今ちょっと縮んでる」
「ウッソー!?」
オレは全身見回して足から頭までパタパタ触ってみたが、特に違和感はない。
「意識しないほうがいいよ。縮んだと思うとよっぽど縮こまっちゃうから……」
ユーキの言うことはいつでも不可解だから聞き流すことにした。
「オレはどこ行ってもオレだから心配すんな」
トパーズ色の短髪を引っ張りながらニカっと笑って見せると、相棒はまた俯いた。
今晩泊めてくれるらしいユーキの家に向かって連れだって歩く。
ユーキがやっと、ぽつりぽつりと事情を話し出した。
「毎年、秋分の日の朝に、女の子が一人いなくなる……」
「海がトパーズに光る日だからか?」
深刻になりそうな話を茶化してみたが、ユーキは笑わない。
「これから昼が短くなって暗くなるからだと思う。港の燈台に閉じ込められるんだ」
「燈台の照明担当の仕事?」
「仕事じゃなくて……、ムリヤリ。燈台の天辺には魔物が棲んでて、女の子が行けば冬の間中灯が絶えず、カヌの運航に困らない。選ばれた子が嫌がったり逃げたりしたら、燈台に灯が点かない」
「海を歩けないお前たちは、カヌが使えないと暮らしに困るってか?」
「そう……」
「で、今朝誰かがいなくなったと」
「うん、妹。取り返したいんだ、だから、ダイキに手伝ってほしい」
急に顔を上げたユーキの目は、つるべ落としに暗くなった闇の中で青白く光った。
「魔法が要るんだ、だから僕はそっちに留学した。そろそろ妹の番だと言われてたから。でも僕には全く素質がない。ダイキならできる、きっとアーニャを助けられる……」
「なんで前もって相談しないんだよ、攻撃魔法ならオレより得意なヤツたくさんいたのに」
「攻撃じゃないんだ。攻撃もあるかもしれないんだけど、ジャンルはいろいろで、とにかく呪文をたくさん知ってなきゃならない」
「どういうことだよ。オレに何をさせたいのか、話が見えん」
ユーキはまた俯いて首を横に振っている。表情が見えずイラっとした。道沿いに続く波型の板塀に、思わず壁ドンしてしまった。
「だから懸命に説明してるじゃないか……」
ユーキの潰れた声が黒髪の下から聞こえてくる。クイっと顎を上げさせた。
「なんでオレなんだよ?」
「僕が……ダイキを、好き……だから」
「は?」
顔に触れていた指を思わず引いた。