6:吉報は 未だ夢にも 見ざりけり
アビスたちの言う通りもう12時前なので、拠点(「光の屋敷」と言うらしい)に用意してもらった部屋でメニューを開き、ログアウトを選択。部屋の中には、登録復活ポイントとなる簡素な作りの寝台の他にはそれと同じくらい簡素な机と椅子だけが置いてあったが、自分好みにカスタマイズしろということだろう。
――L O G O U T――
仮想空間から感覚がふっと退き、入れ替わりに現実世界で横たわった肉体へと意識が帰還する。
「ふうー、疲れた。思えば3時間で12時間分過ごしたんだもんな。ははは、意味不明。やっぱすげーわアウロラ」
脱いだヘルメット型のVR端末(5.5世代でも割と初期の型だが、不思議とこの低スペックでもオンは問題なく動作する)を机に置き、階下へ下りる。この何気ない動作一つとっても、さっきまでより身体がスムーズに動く。普通は逆なあたり、つくづく乱極というのは恐ろしいものだ。おのれ悪辣編集者め、この恨み晴らさでおくべきか。
「嶺輝ぃ、遅い。手伝いもせずに何してたのさ」
珍しく綺麗に決まったポニーテールを揺らしながら振り向き、即座に苦言を呈してきたのは俺の双子の姉、鹿笠玲衣奈だ。
「わぁーってるよ、悪かったな!」
「はいはい、喧嘩しないの。嶺輝も次からはちゃんと手伝ってよ」
常時完全無敵の最強家庭支配者こと母が仲裁に入り、俺と玲衣奈は揃って口を噤んだ。
その後もわあわあ騒ぎつつ昼食を終え、雑事をこなして今度はヒスエクにログインする。なお、ヒスエクの公式背景ストーリーはこんな感じだ。
突然兵器の技術が向上した「ロレンズ帝国」が隣接する大国「サイ=グラデア」に戦争を仕掛けたが、惜しくも敗れてしまった。プレイヤーは占領された帝都で、当時の技術を復活させようと目論む「旧ロレンズ帝国の残党」と、その残党を狙う「サイ=グラデアの賞金稼ぎ」の2陣営に別れ、互いに敵対しながらも帝国の秘められし謎を解き明かす……!
――L O G I N――
――内なる闇からその目を逸らして。
「瞬光贋都」
ハローわが故郷!
エリア「シハイノソラ」賞金稼ぎ陣営の拠点、通称「光の溜まり場(薄暗い)」で、キラキラしたエフェクトと共にアバター【零】が実体化する。充分ではあるものの、やっぱりオンと較べるとグラフィックに粗が目立ってしまい、一抹の物足りなさが脳裏をよぎる。
いや、オンが規格外なだけだわ。あのグラフィックで銀河系くらいまでは描画しているらしいとかいう都市伝説がまことしやかに噂されてるし。
さて、意識をヒスエクに向ける。把握はしているが、習慣として装備を確認しておこう。
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【零】
装備中:甦械装 no.013/014 自在剣【風絶】/【風斬】〔英雄〕〔完全解析〕
着用中:甦械装 no.451 常闇の布外套
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│インベントリ│
└──────┘
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アイテム:甦械装 no.013/014 自在剣【風絶】/【風斬】〔英雄〕〔完全解析〕
攻撃力:中
特性
◇《念動》……刃ノ位置 向キガ自由ニ変エラレル《+念形》……刃ノ成ス形 ソレスラモ自在ニ変エラレル
◆《一撃必殺ノ構エ》……戦闘開始時ヨリコノ剣ニテ攻撃サレテイナイ者ニ攻撃シタ際ハ 攻撃力ヲ特トスル タダシ ソレ以外ハ戦闘終了時マデ攻撃力ヲ低トスル
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アイテム:甦械装 no.451 常闇の布外套
特性
◇《黒隠》……コノ外套ハ真黒ノ布カラナル 常闇ニ紛レ敗残ノ獣ノ眼ヲモ欺ク
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仕舞ってあるサブ武器も含め、インベントリ内にも異常なし! というかあったら困る!
「甦械装」とは、旧ロレンズ帝国軍が使用した道具の総称だ。
帝国の残党はフィールドに点在する瓦礫から「崩械装」を発掘し、「光のアジト(暗い)」と呼ばれる拠点で【解析】することで若干のスコアと共に入手できる。そして賞金稼ぎは、その残党を倒すことで若干のお金と共に手に入れることができる。
また、崩械装は、「トコシエノヤミ」と呼ばれるエリアに生息する帝国の武装兵器型生物「骸兵獣」を討伐してもたまに手に入る。
ちなみに解析した時、稀に名前が変化して特殊な効果が付与されることもある。
・ピーキーな能力がつく〔英雄〕
・元来の能力が強化され、種類に応じて銘が変わる〔完全解析〕
・純粋に性能が向上する〔逸品〕。
この中の1つしかついていないものならそれなりに出土するが、2つ以上となると確率は途端に下がり、全てついたものなどこれまでに5つしか確認されていない。
なお、その内の4つは俺に向けられた。返り討ちにはしたが、あれは大変だった……。
前回入手したアイテムの売却なども済ませ、アビス達賞金稼ぎが待っているであろう「光の溜まり場(薄暗い)」のメインホールに向かう。
トンネルを抜けるとそこは――
――お祭り騒ぎだった。
皆の顔は喜色に満ち溢れ、歓声が轟いている。目を輝かせて辺りを見渡す者もいる。あとダイデルドのスキンヘッドはめっちゃ目立ってる。
ちなみにアビスは、こっちではハデスだが、人集りから一歩ほど引いて嬉しそうに微笑んでいる。うん、実に彼らしい。
兎も角好都合だ、何があったのか訊くとしよう。
「皆嬉しそうだな。何かあったか?」
ちょっと待てハデス、なぜ訝しげな顔をする。
「あれ? レイは見てないの? 『アウロライブ』」
「あっ……」
だーっ、忘れてた !? 本当だ、今日は4月1日! 12時からアウロライブがあったんだった!
「悪いことは言わないから見てきて、それと今日は残党と不戦を約束したからフィールドには出なくていいよ」
「よしわかったぁ! 見てくる!」
最速でログアウトォ! 連打連打連打連打……
――LLOOGG OOUUTT――
「やれやれ、ログアウトRTAの記録更新か? 流石にないか」
逸る気持ちを抑えつつ、デスク据え置きのコンピュータを起動しかけ、画質は関係ないと思い直し、VR端末を第2世代方式の思考操作・ディスプレイ表示モードに切り替えて見ることにした。検索:アーカイブ「アウロライブ」、ええと、今日のはこれか、再生っと。
「……みなさんこんにちは、アウロラゲームズ広報部長の平泉嘉孝と申します。今回のアウロライブでは、アウロラゲームズの製品における初の大規模アップデートについてご紹介させていただきます」
何だって!? あのアウロラが、大規模アップデート!?
バランス調整が基本的に完璧で、業界で唯一「無アプデオンラインゲーム」を成立させ続けているアウロラゲームズが?
明日はアーティファクト・マザー(ヒスエクで旧ロレンズ帝国にアーティファクトを齎した存在であり、戦闘時には空を飛んで無数の骸兵獣を雨あられと降らせる航空母艦)でも降るんじゃねえか? いや日本滅びるか。
一時停止していなかったため、ふざけている間にもライブは容赦なく進んでいく。そして次の情報は俺にとって、いや他のアウロラーにとっても充分すぎるほど衝撃的だった。
「――プレミアムパック購入者の受け入れに伴い『Freedom・Future・Online』『Infinite-Inflation』にキャラクターリメイク機能を追加します。また、対象となる以下のソフトをアップデートし、ゲーム基盤を『Freedom・Future・Online』『Infinite-Inflation』と統合します」
ここで絶句した俺を置き去りにして画面が切り替わり、かつてアウロラがリリースしたほとんどのゲームソフトが表示された。
ふむ。「拳闘伝説」を皮切りに数年間続いた「混沌伝説集」、そこから転向してひたすら現実味を追及した「リアリティシリーズ」「超☆リアリティシリーズ」に単発の「一発芸」まで網羅している。強いて言うなれば「箱神系」は対象外か?
そうやって頭では冷静に分析しつつも、俺の目は「Historia × Historia:歴史の外の物語 (ジャンル:対人)」という表示に釘付けになっていた。
「――また、アップデート作業は明日、4月2日の午前0時から4月4日の午前0時までの48時間を予定しております。そして、アップデートの作業中は対象のソフト及び『Freedom・Future・Online』『Infinite-Inflation』が起動出来ませんのでご了承ください」
「以上でアウロライブを終了いたします。本日はご視聴いただきありがとうございました」
「刮目せよ、この緻密にして遠大なる世界を!」
放送はいつしか終わりを迎え、その締め括りの言葉と同時に、抑えきれず歓喜が爆発した。
「……よおっし! ヒスエクがオン画質になるぞ! 物理エンジン魔改造間違いなし! 俺の時代が来た!」
この冷めもやらぬ興奮を同じヒスエク勢と共有したいとは思うものの、30分以内に連続で何度もログインとログアウトを繰り返すのは脳に悪いと聞く。そこで、俺はしばらくアウロライブに対するネット民の反応や最新の動画を漁って暇を潰すことにした。
「へえ、最近はこんなのも流行るのか。嫌だなあ」
今ディスプレイに表示されているのは、1人の長身の男。Japan e-sports tournament: VR、通称JetVRで3位を記録し、インタビューで「剣だけなら日本一取れる」と豪語してのけたプロプレイヤーだ。
名を、咲嶋修也という。
現在の配信は、彼が世の対人系ゲームに乗り込んで一般プレイヤーを蹂躙し、ランキング1位を次々に奪っていくという内容らしい。はっきり言ってあまり面白くない(というかヒスエクのトップランカーであるところの俺も狙われる対象では?)が、視聴者数は非常に伸びているようだ。
見ていてあまり気分のいい物ではない。というか上がったテンションが下がった。そろそろ30分経つし、とっととヒスエクに入ってしまおう。
――L O G I N――
ハデスに誘われ、賞金稼ぎ達とアウロライブの感想をひとしきり駄弁る。
「いやー、それにしてもオンの超精密な物理エンジンが輸入されるかあ。戦闘の幅が広がるな」
「全部の建物を崩したりできるようになるだろうからね。少なくとも今崩せる建物は1日経ったら全部元通りになるし」
「ヒスエクってそういう所はすごくゲーム的だよな、まあリアリティシリーズみたくリアルにされても困るけど」
「でもあのアウロラのことだから、何かしら理屈があってもおかしくないんだよね、本当に」
いいことだらけじゃないか。
……待てよ? 「超☆リアリティシリーズ」の作品も全て統合するのだからそちらに合わせて、オンやヒスエクなどでは可能だった「腕の立つゲーマーの必須技能」とも言われるテクニック「瞬き封じ」「呼吸封じ」が出来なくなりそうだし、そうでもないのか?
ここで、俺を探していたらしく剣豪が近寄ってきた。
「おー、ここにおったか。零、どうせやったらさ、この世界の見納めにマザーでも狩りに行かへん?」
「あーそういうのいいね、ビフォーアフター的な。行こう行こう」
「この面子だと足を引っ張るかもしれないけど、僕も行きたいね」
口を挟んだハデスに、剣豪が嫌味なのか何なのかわからない慰めの声をかける。
「そもそも最初っから一緒に行くつもりやったし、足引っ張るとかそんなことあれへんやろ。ハデスも普通に対人、対エネミー問わず強いやん」
「それを言ってるのが賞金稼ぎのナンバー2じゃなければね」
「それは気にしたら負けや」
絶対評価だった。剣豪は真っ直ぐな奴で、歯に衣着せずに物を言うから、嫌味とか皮肉に聞こえることがあるんだよな。とりあえずハデスはフォローしておく。
「いいだろ、別にハデスがいるから負けるような物でもないし」
「気にしたら負けや、とは言うたけどな」
「負けるような物じゃねーか!」
「「はっはっはっは!」」
「……ふふっ」
残念ながら、フォローにならなかったようだ。
「……ま、ええやろ。ハデスも行こうや、な?」
「わかった。じゃあ、ヤミの骸兵獣は無視でいいかな?」
「どうせマザー戦でいやってほど戦えるだろうし、いいんじゃね? それよりはホシの暗黒爆華機竜だろ。あそこで時間食ってたら面倒臭いぞ?」
「TA通りに、鍛胆丹を飲んで開幕咆哮をかわしてクライミングがやっぱり最速かな」
「甘いで、ハデス。これ見てみ?」
剣豪が、机に何やら真黒の布を実体化させた。所有権を放棄してパブリックドロップしていたようで、俺の視界にも性能が表示された。
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アイテム:甦械装 no.451 永闇の星外套【不倶戴天】〔完全解析〕
特性
◇《黒隠》……コノ外套ハ真黒ノ布カラナル 常闇ニ紛レ敗残ノ獣ノ眼ヲモ欺ク《+冥擬》……此レハ汎ユル光ヲ呑メル永キ冥闇ノ寵愛ヲ受ケシ外套 永闇工廠ニテソノ姿ハ無ク 何者ニモ気取ラレルコトハナイ
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「戦えへんかったらどうっちゅうこたぁあらへんでな」
「うわ強、マジかもっと気合入れて骸兵獣狩っとけばよかったわ」
「これで戦闘を回避するのかな。でも暗黒爆華機竜はボスだから回避不可じゃない?」
「《冥擬》のが上位や。回避できんで。初めてドロップしたときに検証してんよ」
「本当? それは便利だね。でも、なんで今まで見せてくれなかったの?」
「4個目が出たんがつい今朝やったからやね」
ん? 3人で行くなら3個でよくないか?
ハデスも同感だったようで、追加人員について問うた。
「4個? あと1人行くの?」
「ダイデルドや。もう持っとる」
「なるほど、確かに彼は賞金稼ぎの中でも古参で事実上の代表だしね」
「剣豪とダイデルド、なんか馬が合うよな」
「せやな。割と近場に住んどるっぽいんよ。ん、ほな行こか。【不倶戴天】持ってや」
「「了解」」
移動中に、少し気になっていたことを剣豪に訊こう。
「なあ剣豪、近頃見なかったが別ゲー始めた?」
「ん? ああ、オン始めてん。実は発売日組でな」
これにはオンでヒスエクプレイヤーのクランを結成しているアビスも無反応ではいられなかったようだ。
「なんだ、それなら『外歴星』に入ればいいのに」
「あー、あれな。ちょっと入られへんねやんか。誰しも秘匿したいことの1つや2つあるやろ? そういうこっちゃねん」
剣豪は何かしらアドバンテージになりうるものを持っているらしい。
「僕の情報はクランに入るだけでも露見してまうし、僕の拠点を見つけられたら、そんときは考えたろ」
ダイデルドとの待ち合わせ地点を前にして、剣豪はその顔に意味深な笑みを浮かべた。
鍛胆丹……服用してから最初に受けた攻撃のダメージを軽減し、リアクションを無効化するハイパーアーマー付与アイテム。要するに剛心Lv.1。