4:周到な 備えの果ては 呆気なく
「……99……100! よし、10周目終わり!」
〈WARNING! ラスピィの危機!〉
はい? 謎のシステムメッセージが来たぞ?
〈特異体:強酸粘蟲【サフィラスピィ】強襲!〉
え?
困惑しながらも周囲を見ると、緋色に染まったラスピィの様なものがゆっくりと向かって来ている。
困った、不透明なんじゃコアの場所がわからん!
当て推量でショートソードを突き入れるも流石にコアの感触はなく、成果のないままショートソードが刃を溶かし潰されて使い物にならなくなってしまった。戦略的撤退!
街へ戻り、サフィラスピィの対策を練る。とりあえずショートソードを買いかえなきゃ。
街の東側の山腹に広がる広大な市場の端、つまり麓の辺りを訪れ、ラスピィの死骸を素材の買い取り業者に卸し(高濃度の癒し成分を含んでいるらしく、回復薬の材料になるそうだ)、NPCの武器屋に立ち寄ってショートソードを購入する。そういえばレベルとステータスを確認しておこう。
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1/2ページ
【零】
《剣士》
LV 1
BP 1000
EXP 7020〔変換可能〕
HP 50
MP 30
ATK 1
DEF 1
《装備品》
右手【初心の短剣】
左手【初心の小盾】
頭【初心者用革帽子】〔非表示中〕
胴【初心者用革胴当】
腕【初心者用革籠手】
脚【初心者用革洋袴】
足【初心者用革長靴】
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2/2ページ
《ステータス》
STR 0
HAR 0
DEX 0
AGI 0
INT 0
RES 0
TEC 0
LUC 1500
《スキル》
SP 0
〈パッシブ〉
【剣の心得・初心】
〈コモン〉
【照覧Ⅰ】
《称号》
【異空の渡り人】【興味の証-上限撤廃:第2門】……ステータスの■■■■における上限を撤廃し、保持者の■■■の■■■■への拡張を許可する。【■■■■■■■■】の興味の証。【豪運】……ステータス値:LUCに補正(大)。
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……4番目の伏せ字は神的な存在の名前なんだろうが、残りの伏せ字は触れられる手がかりがない。それはそうと何これ。EXPって。しかもレベル上がってないし。
鑑定してみると、少々不便なことに出していたメニューが新たなウィンドウに上書きされて引っ込んでしまった。
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【EXP】
余剰経験値。【限界突破】などのスキルを所持しているとき、取得した経験値は還元されずにここに表示される。100:1の割合でBPまたはSPに交換できる。
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はいぶっ壊れ来ました【興味の証-上限撤廃:第2門】ありがとうございます! いやー我ながら素晴らしい掌返し!
BP、EXPを全額LUCにぶちこむ。上限は撤廃されてもLUC以外には振れなかったし、ラスピィ相手にSPはいらないからね。恐らくLUCがスキル取得関連にも影響を与えると考えられる現状、ある程度まではスキルよりLUCを優先したほうがよさそうだ。
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2/2ページ
《ステータス》
STR 0
HAR 0
DEX 0
AGI 0
INT 0
RES 0
TEC 0
LUC 3105
《スキル》
SP 0
〈パッシブ〉
【剣の心得・初心】
〈コモン〉
【照覧Ⅰ】
《称号》
【異空の渡り人】【興味の証-上限撤廃:第2門】【豪運】
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サフィラスピィの対策を練るため、アビスに連絡を入れる。
『どうしたの?』
「粘蟲岩原に強酸粘蟲【サフィラスピィ】っているだろ?」
『知らないんだけど……。特異体? 出現条件は分かる?』
え、知らない?
「多分ラスピィ1,000匹、未出なら多分連続か何かだと思う」
『ラスピィの4桁ユニークか。あ、4桁ユニークっていうのは、特定のモンスターを連続で約1000匹狩ると出現するタイプの特異体のことだよ。それにしても、よくそんなにやるねえ。ラスピィのコア、割と速いのに……』
「俺だって最初は当たらんで苦労したよ。他のやつと違って不透明だから、対処法を聞きたかったんだが」
『今はクランメンバーと、まあダンジョンになるかな? の攻略に行ってるから長くは話せないんだけど、ここはひとつ集合知を頼って掲示板に情報を流してみたら? いいアイデアがあるかもよ?』
それはいい考えだ。さっそく粘蟲岩原の攻略スレに書き込む。
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576:零
粘蟲岩原にて特異体、強酸粘蟲【サフィラスピィ】確認。不透明ゆえ、討伐経験もしくは対策案のある者は返信求む
――【画像】――
577:名無しの渡り人
>>576
は?
578:名無しの渡り人
>>576
マ?
579:名無しの渡り人
>>576
で、出たな! 推定【絶対王者】!
580:零
>>579
なんで知ってんだよ
581:名無しの渡り人
これは終わった(このゲームのPVP界隈が)
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掲示板は特異体の情報と【絶対王者】の降臨で大いに荒れている。
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871:名無しの渡り人
>>864
所詮は弱小ゲーの中での話だろ
プロとアマの間には埋められない差、超えられない壁がある。常識で考えるんだな。
872:名無しの渡り人
【悲報】PK俺、滅びを覚悟
873:名無しの渡り人
>>576
薄めてみたら?
874:名無しの渡り人
>>871
この場合
アマ>>(埋められない差、超えられない壁)>>プロ
だけどな
875:名無しの渡り人
>>874
は? 何言ってんだ? 頭大丈夫か? (´Д`)
876:名無しの渡り人
>>872
遅いんだよなあ……
>>276の時点で滅びを覚悟すべき
877:名無しの渡り人
>>875
>>875
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掲示板は特異体の情報と【絶対王者】の降臨で大いに荒れている。
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辛抱強く掲示板を眺めていると、レス番873に有益な情報を見つけた。実際一度試したが、ラスピィに石ころを投げると取り込まれこそするものの、石自体はラスピィの体内に見えてるからな。水でも同じだろう。しかし、あの二つ名がもうそんなに広まっているとはあまり歓迎されたものではないな。
赤ら顔のNPCのおじさんを見つけ、話しかける。
「すみません、道具や雑貨を売ってくれる店はどこにありますか?」
「ん? お前さん、最近噂の【異空の渡り人】か? 何が欲しいかにもよるが、表市か裏市に行けば大抵の道具は揃うぞ」
息が酒臭い。昼間っから呑んでんな。というかそんなところまで再現しているのか、相変わらずクオリティすげーな「オン」。
「何たってここは人類の最重要防衛拠点にして我らが王国の七大都市が一、防境都市ケイデリナだからな! 大体のものが集まってくるんだぜ! どうだ、すげえだろ!」
年季の入った鎧を軋ませてひとしきり笑った後、その人は声を潜めて言った。
「ただな、裏市は最後の手段にしとけよ。案内人がいないから道に迷いやすいし、ガラの悪い連中もうろついてやがる」
「わかりました、ありがとうございます」
「おうよ、お前さんみてぇな感じのいい奴ぁ嫌いじゃあねぇぜ!」
なんだか重要そうなワードがたくさん出てきたぞ。
この世界には人類およびそれと対立する種族が存在する。定番どころでは魔族だが、アウロラはそんなに素直ではない。なんだろう。
また、この街の名前はケイデリナ。そして、さっきの市場の他に裏市なる市場があるが、治安が悪い。
とりあえずバケツを買いにいくか。
ケイデリナの市場は構造があまりにも複雑なため、長年住んでいてなお慣れないという人も多く、そういった人々や旅行者などを案内するために「市場案内人」という独特な職業が存在する。街の中だけで完結するからか、案内人には女性が多いようだ。武器、防具、素材など、街の防衛に直接関わるものを扱う店は必ず目立つ場所にあるが、今回は先程のように端だけで済ませるわけにはいかないので、ウェルデという名の案内人と連れだって、バケツを売っている店を探す。
「バケツですか。変に拘った物でなければ、中層外部で売ってますね」
中層外部。この呼び名だけで、ケイデリナの表市の複雑さが分かるだろう。なにしろ下層、中層、上層それぞれがさらに外部、表部、深部に分かれているのだから。それはそれとして「変に拘った物」とは一体……。
「質がいいことで人気の『鋼の翼』でいいですか?」
「そうですね」
「『鋼の翼』はこちらになります」
ウェルデに引き連れられること数分、俺達はこぢんまりとした店の前に立っていた。
「こちらが『鋼の翼』です」
確かに、道のりを覚えられる気がしないな。これは案内人が必要になるわけだ。何故中層外部にあるはずの店に行くために上層や下層の、ウェルデ曰く表部をも通るのだろうか?
「私はここで待っていますので」
ウェルデは迷った人が来たときに備えて店の前で待機のようだ。いざ入店!
「いらっしゃい、なにがご入り用かね?」
落ち着いた内装の、お洒落な店だな。奥の方は鋳造施設と隣接しているのか、蒸気が漏れてきている。
「丈夫なバケツをひとつください」
「ほい、バケツは1つで32ガートだよ。そこの棚に置いとるよ」
ん? 今のは何だ? 店員は32と言っていたはずだが、26とも聞こえたぞ?
……そうか、wikiに『オンの舞台となる世界の人族の指は4本なので、数字は8進法で表される』と書いてあったな。26を8進法にすると……ええと、26=8×3+2で、32だ。そういうことか。
無事に26ガートを支払い(オンにおける所持金はステータスには記載されず、始めから持っている【財布】というアイテムに入れて管理する仕組みだ)、バケツを手に入れた。特にイベントのたぐいは発生しなかったか、残念。
「いいお買い物はできましたか? 他にはよろしいですか? では戻りましょう」
表市の入り口まで戻ってきた。そういえば、市場でマップは使えないのだろうか?
……駄目だ。正確にはマップ自体は使えるけれど店の名前も載ってないし、何より自分の場所が載っていない。本当にマップのようだ。
「お、いたいた」
粘蟲岩原にてサフィラスピィの姿を認める。よし、リベンジだな。873番某のクレバーな「サフィラスピィ無限希釈作戦」が火を吹くぜ!
水溜まりを見つけ、バケツに汲む。そして一度距離をとって、ゆっくりと追ってきたサフィラスピィに上からだばだばとかける。これでも喰らえ!
……薄まったか? 少し薄まったな。この調子で水攻めだ。
それにしてもクランか。アビスも作ってたっぽいし、俺も作ってみたいものだ。そうしたらやっぱり、最前線で真っ先にボスを討伐するような攻略クランとか憧れるよな。ああ、情報屋クランなんかもいい。ロールプレイの筆頭みたいな感じで、夢がある。
水をかけ続けること数分。
「おし、そろそろコア見えるか? お、あれか」
鈍色の刃が閃いた。
〈特異体:強酸粘蟲【サフィラスピィ】を討伐しました。討伐報酬として称号【粘蟲狩人】を取得しました。〉
よっしゃあ!
……待てよ? これ、サフィラスピィを水溜まりにぶち込めば良かったんじゃね?
ケイデリナの表市は凄いですよ? 店も道も下の層の店の屋根やベランダの上ですから。壮観。しかもめっちゃ広いという。
NPCの数字は8進法ですね。ルビが10進法表記になります。