島津家からの来訪者
「豊嶋武蔵守宗泰である。 遠路遥々よく来られた。 面を上げられよ」
俺がそう言うと平伏していた者達が顔を上げ、お決まりの口上を述べる。
うん、薩摩言葉って難解ってイメージだったけど、使者として来るだけあって一部分かりにくい部分もあったけど普通に聞き取れた。
どうやら島津家第11代当主である島津忠昌の使者は、一門衆で島津豊州家の島津忠廉、そして川上朝久、山田有時、猿渡信行、平田重宗と言うらしい。
因みに使者として来た5人の妻だと信じていた、後ろに控える女性陣は島津忠昌の娘で桜姫といい、他は侍女との事だった。
信じていたのに…。予想はしてたけどさ。話を聞く限り、こちらが持ちかけた友好関係の構築を、豊嶋家と島津家の同盟にする為に婚姻関係を結ぶべく送られて来た姫だった。
まあ表向きは友好関係云々もあるが、実際は交渉途中で島津家一門衆である分家9家が介入し、宗家が利益を独占するのを防ごうとしたことで話がややこしくなった。
豊嶋家が求める事は豊嶋家の船が薩摩で食料、真水等の補給ができるよう貿易の中継地として湊を安全に使用できるようにする事と海外貿易を有利に進める為に島津家が協力する事。
その見返りに段階的にだが、島津家が領する薩摩でも栽培が出来、安定的に収穫が得られるサツマイモの栽培指導、大船建造の手伝い、農機具等の技術供与、そして少ない田でも収穫高が上がる農業改革の援助だ。
薩摩を貿易の中継地点にするという事は当然食料、真水は買う事になり島津家に金が入る。
それだけでなく立ち寄った船から交易品を買う事も出来るし、積載量に余裕があれば物を売る事も出来る。
そう、豊嶋家の船の安全を確約し、湊への出入りを許すだけで金が入るのだ。
それだけでも魅力的なのに、薩摩で安定的に収穫できる芋の栽培法を教えるだけでなく、海に錨を降ろしている大船の建造のみならず、他にも島津家の利になる話を提示している。
島津宗家の当主である島津忠昌が豊嶋家からもたらされるであろう利益を独占しようと即座に交渉の座に着いたが、すぐに情報が漏れ分家9家が利益の独占させないために交渉に割り込んで来たのだ。
だが交渉云々は別として、島津家宗家のみならず分家も豊嶋家との友好を維持しようという方針になる分には都合が良い。
反対する分家が居れば豊嶋家の船が襲われる可能性もあるが、その可能性は低くなり安全が確保される。
さらに既に争いが絶えない各家が利益を享受し力を付ければ、必ず家同士での争いが激化する。
各家が争えば武具、兵糧等が必要になり、収穫高が増えようと米が不足するので購入する事になる。
豊嶋家は安全が確保出来る上に、武具や兵糧等を売り利益が得られるはずだ。
そして5年、いや10年近くかかるだろうが、島津家内の争いで疲弊したら何処かの家に援助をする名目で介入し、いずれ島津家を薩摩から切り離し、薩摩を豊嶋家の物にする。
薩摩は絶対に欲しい。
何故なら膨大な金が伊佐郡に眠っているからだ。
島津家は何処か別の地に移らせるか滅ぼすか…。
それはさておき、分家の者達は豊嶋家の提示した条件は受け入れる事に賛成はしたものの、豊嶋家と島津家の繋がりが弱ければ些細な事で繋がりが切れる事を危惧し、婚姻を結び繋がりを強めようと考えた。
斉藤勝康が島津忠昌に会って話をした際、豊嶋宗泰は妻として迎えた者は正妻とし、上下を設けずに公平に扱うと聞き、ならば豊嶋家と婚姻を結んでも正室として迎えられるなら、島津家としての面目は保たれるとの事で誰を嫁がせるかとの話になったようだ。
現在の島津宗家は領国で起きた騒乱により分家9家と「一家中」という一揆の契状を結ばされ、宗家の権力が抑制されているので、島津忠昌からしたら豊嶋家との繋がりを強め利益を独占する事で権力を取り戻す好機と考えている。
反対に分家9家は利益独占は防ぎつつ、豊嶋家との繋がりを強固にする事で安定した利益を得ようとしている為、分家の娘でも宗家の養女にし嫁がせる事が出来ると島津忠昌に迫ったが、養女に出した分家が豊嶋家との繋がり力を持つことを危惧した島津忠昌が、強引に養女では不義理であるとして自分の娘である桜姫を嫁がせると押し切った。
その結果、宗家の力が強まる事を恐れた分家9家は、江戸に向かう使者は島津宗家家からの正使とするが、あくまで交渉事は分家が主導し、宗家は婚姻を結んで島津家全体との繋がり強めるといった形を取る事を選んだようだ。
それで宗家の人間では無く、分家の人間が桜姫を連れて来たらしい。
事前にネットで調べて知ったけど、島津家って団結力が強いイメージがあったのに、この時代は宗家と分家、分家と分家での争いが絶えない状態らしい。
斉藤勝康には島津宗家との繋がりを強め、宗家に力を持たせることで薩摩を交易の中継地点として安定した足場を築くよう命じていたが、流石に見知らぬ地での交渉だけあって分家の介入は防げなかったようだ。
「斉藤殿から聞き申したサツマイモという芋が、薩摩の土地に適しているとしてサツマイモと名付けたと聞き及んでおりますが…」
「薩摩は火山灰で痩せた土地が多く米があまり摂れぬと聞くが、サツマイモは瘦せた土地でも育つ芋だ。薩摩は暖かいと聞くが、山間部で冬の間に干し芋にすれば保存食にもなる。 まあサツマイモは手土産みたいなもので、安定して取引が出来るようになれば大船の造り方も教えるつもりだ」
「それでは豊嶋家に利益がないのでは?」
「それについては俺に考えがある。 琉球だ! 琉球を支配し明、呂宋、いやその先にある南の国々と交易をする。 その為には島津家の協力が不可欠なのだ!」
「琉球を、しかしながら琉球には3つの勢力があり…」
交易の拠点として薩摩の島津家との繋がりを求めてやって来たと聞かされていた島津忠廉は、琉球を支配すると聞かされ驚いたように斉藤勝康を見るが、琉球を支配に関しては聞かされていない斉藤勝康の驚いた顔を見て戸惑っている。
「何もいきなり兵を出し琉球を攻め取ろうと言う訳ではない。まずは琉球の3家と友好的に取引をしつつ様子を伺う。 地理を調べ、兵力を調べ、戦い方を調べる、そして一番弱い家を支援、従属させた上で統一させるのだ。 とはいえ恐らく琉球を攻めるとしても10年から20年後だがな」
いきなり琉球を攻める訳では無いと知り、安心した表情を浮かべつつ、琉球を支配下に置く理由を聞いて来たので簡単に説明する。
1つは日の本と明との貿易は現在勘合貿易だが、琉球を経由することで幕府を通す必要が無くなる。
その為には琉球との一時的にとはいえ友好関係は必須だ。
現在、島津家の力が及ぶ範囲は種子島と屋久島周辺だが、琉球を支配下に収めれば奄美大島なども手に入る。
そこで明または呂宋から仕入れたサトウキビの栽培を推奨する事で砂糖を豊嶋家と島津家で独占する。
恐らく得られる利益は莫大なものになるはずだ。
その上、いずれ琉球を支配しサトウキビを大々的に生産出来れば更なる利益も望める。
話を聞いていた島津忠廉は微妙に納得したような表情を浮かべている。
コイツ絶対に頭での計算が追い付いてないけど納得した振りしてるな…。
まだ砂糖は明から購入する物と言う概念しか無いから仕方ないが、サトウキビを栽培することで砂糖を安定的に生産出来るのだから…。
更に言うと、利益がもたらされれば、島津宗家、分家共に潤う、そうなれば島津家内の主導権争いが活発化する事が予測される。
なのでその後は、豊嶋家としては島津家内の争いには介入しない事を伝え、また、豊嶋家を島津家内の争いに巻き込まないようにする事、取引は公正を期すために、取引や造船技術を伝える湊を島津家内で完全に中立を保たせる事を条件を出したのだが、島津忠廉はすんなりと了承をした。
島津家としても豊嶋の介入は望まないし、一部の家だけが利を得るのを防げると思ったのだろうけど、まさか豊嶋家が島津家内の主導権争いが激化する事を望んでるとは思っても居ないだろうな…。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。
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