不穏な噂
伊豆の海賊衆による安房、上総沿岸の襲撃は見事成功した。
乱取りが出来る上に行き帰りに休息する場所が用意されているので、伊豆から房総半島まで一気に進む必要も無く、十分な休息を得た上での襲撃であり、更に伊豆の海賊衆に紛れて三浦の海賊衆まで加わったことで大船団での襲撃になったそうだ。
伊豆海賊衆の中でも有力な富永盛勝、鈴木繁宗、松下長綱、清水綱吉が声を掛けた事で伊豆の海賊…、と言うか普段は漁民として漁に出ている者まで総出で出稼ぎに行った感じだ。
時高からの書状によれば海賊衆の被害は軽微だったのに対して乱取りの成果は上々とのことで、伊豆の海賊衆も三浦の海賊衆もホクホク顔だったらしい。
さらに里見家の当主である里見成義へは襲撃がある事を事前に伝えていたので、海賊衆による襲撃の翌日には兵を率いて館山全域を支配下に収めるべく出陣し、沿岸部に所領を持つ国人衆で味方する者には援助を、敵対する者は滅ぼしていき、残すは館山の北にある安西景家が籠る平松城(千葉県南房総市池之内の付近)だけとの事だ。
今回は豊嶋家が支援していると分からないように、江戸城下に集まった浪人衆300人と兵糧を事前に送り込んでいたので、それが功を奏した感じだ。
館山を掌握すれば安房統一に残る障害は外房の加茂川一帯、長狭郡の国人衆のみとなり、里見家による安房統一が現実的になってきた。
送り込んだ浪人衆には目付というか、軍監として専業兵士を組織した後に頭角を現して将となった間宮秀信を派遣している。
間宮秀信の役目は浪人衆の挙げた手柄を書き記して後に俺に報告する事であり、戦いには参加しないが、里見家と浪人衆の間を取り持つ役目を与えてある。
これは間宮秀信の人当たりの良さと真面目さから軍監としたのだが、他にも専業兵士から出世したため無名であるのも理由の一つだ。
因みに浪人衆には里見家から誘いがあれば、そのまま里見家に仕えても良いと伝えてある。
その場合、手柄に応じた褒美が貰えなくなると心配する者も居たが、豊嶋家からの褒美は里見家に仕えても渡すと言ったので、里見家の当主である里見成義の目に留まれば、そのまま好条件で召し抱えられる可能性もあると浪人衆の目の色が変わっていた。
現在も浪人ですぐにでも武功を示したいという者や自身や家臣の家族を養う糧が欲しいという者に関しては、納得してもらった上である程度の支度金を渡して下総の船橋湊から安房へ行かせている。
非戦闘員である女子供に関しては江戸で衣食住を保証する旨を伝えた上で、安房へ連れて行くのも自由としているが、浪人衆の家族は全員江戸に残った。
まあ安房に連れて行っても衣食住に困る可能性あるしね…。
それにしても伊豆海賊衆を使い、上杉定正の命と称して安房、上総の沿岸を襲撃し、乱取り放火をさせたのに、風魔衆からの報告では関東管領家と古河公方の間に亀裂が入ったような形跡は見えないらしい。
豊嶋家が裏で糸を引いていたのがバレたのか、それとも和睦してすぐの出来事であり、上杉定正が以前より調略を仕掛けていた伊豆の海賊衆が暴走したと思われたのか。
おそらく後者の可能性が高い。安房、上総を襲撃した際、船を奪うか燃やすなどして船不足ではあるものの、船が全く無い訳ではない。
もし豊嶋家が裏で糸を引いていたとバレたのであれば、報復として江戸湊を襲うはずだ。
しかし、今の所はその素振りも無いし、風魔衆からの情報では伊豆の海賊衆への怨嗟の声は聞くが、特に豊嶋家の名前は出ていないらしい。
海賊衆を使って安房、上総を襲撃し、和睦した両者の間に亀裂を入れられなかったので、道真と相談して次の手を打つ。
現在豊嶋家でも秘密が多い大泉を守りつつ風魔衆を指揮する風間元重を江戸城に呼んで、関東そして京、堺で噂を流させる。
「殿、2人一組、または3人1組でこの噂を流すのでございますか?」
元重は紙に書かれた内容を読み、不思議そうな顔をしながら疑問を投げかけてくる。
「そうだ。商人に扮して各地を周り噂を流すのではなく、村や町、城下など知らない者同士が自分達が聞いた話を話題にして会話するように見せかけて噂を流すのだ。 もちろん単独で噂を流す者の手配も忘れるなよ」
「このような噂の流し方で果たして効果はありますでしょうか?」
重元が疑問に思うのも当然で、本来ならば行商人などに扮した者が立ち寄った先で噂を流すのだが、俺の指示した噂の流し方はある意味芝居のようなものだからだ。
若干腑に落ちない様子だが、重元は大泉に戻ると風魔衆の情報収集組物頭達を呼び指示を出した。
その後、関東の各地で行商人等が人の集まる場所で議論する光景が目撃され、その内容が各地に広がり始めた。
「おい! あんた聞いたか? どうやら関東管領様と古河公方様が和議を結んだそうだぞ。これで関東も静かになるな…」
「お前、知らないのか? 何でも和議を結んだ後、何でも京の都に居る公方様と朝廷にそれぞれ毎年10000貫文の献金をするから、古河公方様を許して鎌倉公方にするよう関東管領様が願い出たらしいじゃないか」
「そんな事俺らには関係ないだろ。関東が静かになれば良い事じゃ無いか」
「あんたら、何言ってるんだ! 毎年京の朝廷と公方様にそれぞれ10000貫文献金するって、その金は誰が出すと思ってるんだ? 何でも各地の領主様から毎年取り立てるって話だぞ! なら金を取り立てられた領主様はどうやって金を集めると思ってるんだ? 関を増やして年貢を重くし、金を用意するしかないだろ。 それどころか鎌倉公方様の威光を示す為に甲斐、陸奥、出羽に出兵するらしいじゃないか。今以上に税を掛けられるって事だぞ」
「それはホントか? 今でも関だらけで儲けが少ないのに、これ以上関が増えたら商売あがったりじゃないか!!」
「そうだ。しかも年貢も重くなるんだ。農民達が物を買う余裕が無くなるんだ。今以上に商いが難しくなるぞ」
「だが、年貢を重くしたら一揆が起きるだろ?」
「お前、さっき甲斐や出羽、陸奥に兵を出すって言っただろ! 甲斐ならまだしも出羽や陸奥に兵を出すんだ。一度兵を出したら1年、2年は戻らないだろ。農民達も男手を兵士として徴集されるから残った女子供、老人だけで一揆なんか起こせやしないだろ。 農繁期にも村に戻れず収穫も少なくなる上に年貢が増えるんだ。下手したら村で飢えで苦しむどころか、草木の根で飢えを凌ぐか、さもなきゃ村ごと逃散が起きるぞ」
「逃散するって言っても旦那は戦に駆り出されてるんだろ? 旦那を置いて逃げられないじゃないか」
「さあ、どうだろうな、旦那と土地を捨てて逃げるか、そのまま飢え死にするか、徴兵された男衆も村に帰ってきたら家族が逃散して誰も居なかったり、飢え死にしたと聞かされるかどちらかだろうな…」
「なんだよ、それじゃあ今以上に関東が酷くなって商売が厳しくなるって事じゃないか!!」
そんな会話をする行商人達の中に農民や町民が加わり、噂話の輪が広がっていく。
村や町、城下で噂が広まるにつれて、領主の耳にも噂が届くも最初は領主も一笑に付していたが、噂が下火になるどころか尾ひれが付き、更に過熱していく事に不安を覚え出す。
和議が結ばれた事は事実の為、噂を否定する材料も無く、関東の一部の土豪や国人衆、小領主、商人、農民の心に不安だけが植え付けられていった。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。
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