川越夜戦 1
多摩川の上流で密かに作っていた簡易的な船が川を下って来て、流れの緩い場所で減速し、次々と綱で繋がっていき、繋がれた船の上に板が並べられ、船橋が出来上がっていく。
「まさかこのような手を打たれていたとは…」
俺と轡を並べている武石信康が感嘆したようにつぶやくが、実際の所、理論上は出来ると思って立てた策だが、ここまで上手くいくとは思っていなかったりする。
実際、流れの緩い場所で減速出来ず、下流に流されて行った船も多かったし。
うん、一艘に3人乗ってたんだけど、下流に流されて行った船に乗っていた者は、闇夜でも分かるぐらい絶望的な表情浮かべてたんだよね。
下流で回収されるから命の心配は無いけど、自分達の失敗で策が崩れたらって顔してた…。
一応、事前に流されるのは想定内であり、必要数以上の船を作ってるからとは伝えていたけど。
「皆の者、兵達に伝えよ!! 長尾景春が出陣した事で、砦は空になり、川越まで続く道に作られた陣屋の兵は風魔衆が皆討ち取った。 最早川越まで我らを遮る者は無い!! 今宵、川越城を囲む足利、上杉軍は足軽、雑兵にまで酒を振舞い酒宴を開いており、油断しておる。 我らは一気に兵を進め川越城を囲む成氏を討つ!! 出陣だぁ!!」
俺の周囲に集まった家臣達にそう言うと、先頭を切って船橋を渡り川越城へ向かい馬を進める。
とは言え、騎馬が全力で走ったら足軽や徒武者が付いて来れないうえ、馬も川越に着いた頃には潰れ使い物にならなくなるので、人が小走りする速さ程度で成氏軍の作った道を進軍する。
今回の夜襲に際し、騎馬武者は極力軽装にするように命じ、足軽は短槍と刀のみを持たせる事で、進軍時の体力消耗を抑えている。
因みに鉄砲隊だが、鎧を脱がせ、鉄砲と弾、火薬だけを持たせた。
日野の陣を出陣してから約5時間、日付が変わり4月19日になった頃、川越城の目と鼻の先、南西に約8キロ程の所にある広福寺(埼玉県狭山市下奥富)にて休息を取っていた。
一気に走り通して来たので、一旦休息を入れないと奇襲とはいえ、疲れきっていては返り討ちに遭いかねないからだ。
「殿、休息を終えましたら、全軍で一気に川越を囲む足利、上杉軍へ攻めかかるのでございまするか?」
「いや、兵を5隊に分け概ね一隊2000程の兵にし、四方から攻めかかるつもりだ。 もっとも風魔衆の報告では石神井城を出陣した泰明叔父上が2000の兵を率い滝野城の赤塚資茂と合流し、4000の兵で川越に向けて進軍している故、五方から攻めかかる事になるがな」
「畏れながら泰明殿や資茂殿と足並みを揃えるとなると…」
「いや、足並みは揃えん。 泰明叔父上の事だ。 我らが攻めかかったのを知れば、急ぎ駆けつけ敵に攻めかかるだろうからな。 我らは派手な合図と同時に突撃をする。 川越城の道真殿には風魔衆が合図を送っておるから、道真殿が城から打って出るだろう。 寧ろ叔父上達と足並みを揃えず攻めかかった方が敵も新手が来たと思うであろう」
「なるほど、それにしても道真殿に合図を送っていたとは…、恐れ入りました」
簡易的な地図を広げ、最後の軍議をしていたのだが、誰もが川越城の道真に合図を送っていた事にまさかと驚いていた。
うん、あれだよ、あれ。
軍艦とか無線封鎖している時に味方に指示を出したりする信号用探照灯。
それっぽい物の小型版を作ってチカチカさせたのだ。
川越城に居る風魔衆が気付かなければ合図は伝わっていない可能性もあるが、その時はその時だ。
ただそれを今言うのもどうかと思うから、道真が城から打って出るとは言ってるけど、実のところ元々一方通行の合図だから、伝わっていると信じるしかない。
休止を取っている間に、5つの隊を率いる将を任命していく。
第一隊は俺が率いる騎馬隊2000
第二隊は武石信康率いる騎馬隊2000
第三隊は菊池武義率いる足軽隊2000
第四隊は馬淵家定率いる足軽隊2000
第五隊は大泉虎吉率いる鉄砲隊1000と多田弘雅率いる足軽1000、それに風魔衆50
鉄砲隊を纏める大泉虎吉は、密かに敵に近づいて風魔衆が派手な合図で敵が慌てた所に鉄砲の一斉射撃を行い、その後、後退する予定だ。
乱戦になると鉄砲は使えなくなり、戦場近くに居ると逃げて来た兵に襲われる可能性もある。
なので副将として付けた多田弘雅が足軽隊を率いて鉄砲隊の護衛をする。
「さて、そろそろ行くか! この一戦でカタを付けるぞ!!」
そう言うと、家臣達が兵の元へ散っていく。
この一戦で全てが決まる。
折角ゲンを担いで奇襲をかける日を4月19日にしたのだから、ここで勝たないと…。
■忍城
忍城の抑えとして5000の兵を任されている柴崎長親は深夜にも関わらず本陣に主だった国人衆を集めていた。
「皆の者、これより我らは成田正等殿と共に上杉顕定を討つ!」
「なっ!! 何を申される! 乱心したか!!」
深夜にもかかわらず本陣に集められた国人衆達が驚き、そして太刀に手をかけようとするが、本陣に居た兵達に槍を突き付けられ、静かに太刀から手を放す。
「乱心などはしておらぬ。 この日の為にワシは、豊嶋宗泰様の命で上杉顕定に従っていたのだ」
「この日の為とはどういう事だ!! 忍城に籠る兵は4000程度、裏切ったとて直ぐに討伐され討ち取られるだけであろう!」
「確かに忍城の兵は4000、ここにいる我らの兵を合わせても9000、数万もの大軍を相手にしたら一蹴されるであろう。 だが逃げて来る上杉軍相手なら別だ。 今宵もう暫くしたら川越で戦いが始まり、大挙して上野に逃げる上杉勢がやって来る。 それをここで討ち取るのだ! 考えてもみよ、ワシの言う通りになれば勝ち馬に乗れる。 ワシの言う通りにならねばワシの首を挙げ、空になった忍城を手に入れ手柄にする事も出来る。 それに、このまま忍城の抑えとして合戦が終わるまで城を眺めているだけで満足か?」
「ばっ、馬鹿な! 川越を囲んでいる上杉顕定様と公方様の兵は80000近いのだぞ! 負けるわけがあるまい!」
「確かに、正面からぶつかれば豊嶋軍は負ける。 だが今宵、川越では足軽雑兵に至るまで酒を振舞い酒宴を開いておる。 今頃は殆どの者が酒に酔い寝入っておるのだ。 夜着のまま逃げて来る上杉顕定を助けて上野に行き所領を失うのと、夜着のまま逃げて来る上杉顕定を討って所領を増やすのと、どちらが良いか。 よく考えてみよ!」
「まさか、公方様と上杉顕定様が敗れるなど…」
「敗れる。 そして忍城の成田正等殿はこれより全軍で松山城へ向かい、城を落とす手はずになっている。 皆は暫くの間日和見し、上杉軍が逃げて来ればこれを討つだけでよい。 仮に宗泰様が敗れたとの報が届けばワシの首を挙げ、空になった忍城を手に入れれば良いのだ。 悪い話ではあるまい」
「一つ聞くが…、逃げて来る上杉軍を討ったとして、豊嶋殿は上杉顕定様に従った我らを許されるのか?」
「許すも何も、我ら国人衆など、上杉顕定に従わず豊嶋に付いたら真っ先に滅ぼされるのだ。 許されるに決まっておろう。 それと、悩んでおる皆に良い事を教えよう。 長尾景春殿が宗泰様に味方し、砦を放棄し兵を引き鉢形城へ向かっておる。 それがどういう事かお分かりになるであろう。 日野に陣を張る宗泰様を監視する者は居ないと言う事だ。 そして商人を使い兵糧を売るだけでなく、酒などを売る量を徐々に増やした。 長陣となれば兵達の鬱憤を晴らすには酒が一番だからな。 そして昨日、宗泰様からの指示で大量の酒が運び込まれた」
「では、今頃、川越城を囲む者達は…」
「酔いつぶれて眠り込んでおろうな。 さて、問答はもう良かろう。 皆は如何する? 今から急を知らせに川越に向かっても間に合わぬぞ」
長尾景春が日野の陣を監視する為の砦から兵を動かしたと風魔衆から聞いていたが、鉢形城へ兵を引いたと言うのは柴崎長親が悩む国人衆の背を押す為についた嘘ではあったが、関東管領家の家宰が豊嶋に通じ兵を引いたと聞くと、国人衆達は柴崎長親の話に乗るのも悪くないと思い始めていた。
「柴崎殿の話に乗ろう。 だが、もし日が昇っても何も起きなければその首は頂くぞ。 それで良いのだな」
「何も起きなければ、ワシの首と忍城を獲り手柄とすればいい。 最もそうなる事は無いがな」
忍城を囲んでいた柴崎長親の言葉を聞き、どちらに転んでも手柄を挙げられると、本陣に集まった国人衆は城の門から続く道を塞ぐようにして配置していた兵を動かし始めると、それに合わせ、忍城から成田正等が4000の兵を率い、出陣し、松山城へ向かった。
それを見届けると、柴崎長親も手勢を率いて逃げて来るであろう上杉軍の行く手を遮るように陣を移動させる。
「さて、川越から下野に逃げるとなれば松山城方面に逃げようとするであろうな…。 上手くこちらを通って逃げてくれればいいんだが…」
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