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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ショートショート4月~

神はいましたか。

作者: たかさば

いつのころのお話だったか、ずいぶん昔のことです。


その時代、天変地異が多く、人々は神に祈りをささげておりました。




おお、神よ、私たちをお救いください。


神よ、私たちは、この娘を生贄とし、ささげます。


どうか怒りをお鎮めいただき、わが領地に安息と平穏をもたらしたまえ!





生贄に選ばれたのは、町の外れの子沢山の貧しい農家の、一番上の娘でした。


器量よしで働き者、誰もが嫁にほしいと願っていた、娘でした。


娘は、身包みをはがされ、生贄を入れる棺の中に押し込められました。


幼い弟、妹たちは、泣いて姉を追いますが、みな、払いのけられ、手を伸ばすことすらできませんでした。





棺の中で、裸の娘は、涙をこぼし、自分の運命を、悲しみます。


私は、神に捧げられる。


たった一人で、知らない土地で、何も残せず、何もなさずに、死ぬのね。





生贄をささげる、神の山の中腹にある洞窟に着きました。


屈強な男たち四人の力を合わせて、ここまで運ばれてきた棺のふたが、開きます。


男たちは、いらだっていました。


誰一人として、神を信じてはいませんでした。


二日間にわたって、重たい棺を担いでここまでやってきたのです。




褒美はたったの20枚の小銭。


足りない。


足りない。


足りない。


足りない。


男たちは、目の前にある、手付かずの無垢な体に手を出しました。


俺たちは、働いたのだ。


報酬をもらっていいはずだ。


これはただの肉。


ただの肉。






貪られた肉は、大きな鉄の鎖で洞窟中央の広場に、つながれました。


がっちり嵌った鉄の足輪は、短い大きな鎖とつながっていました。


鎖の先には、大きな岩が乗せられていて、とても動かすことはできないようになっていました。






少女は、目を覚まします。


痛い。とても痛い。


体中が、ひどく、痛い。


体中に、汁がこびりついていましたが、それをぬぐう方法がなかったので、そのままでした。


体中から血が流れていましたが、やがて血は止まりました。




洞窟の中央は、湿った空気が漂っていました。


草も生えておらず、ただ、つるりとした岩盤が何枚もありました。


ごつごつした岩肌が、広がっていました。


時折水音がするのは、おそらく水源があるからだとは思うのですが、岩肌に隠れていてよくわかりませんでした。


上を見上げると、月の一部が見えました。


岩と岩の間に少し隙間があり、そこからほんの少しだけ、空をみることができるようでした。




少女は神を待ち続けました。


しかし、いつまで経っても、神は少女をさらいに来ませんでした。


私が穢されてしまったから、神はここにはこないのだと、少女は思いました。


少女は、一人で、死を待つことを受け入れました。




何日か過ぎて、少女にまとわりついていた汚れは、すべて乾いて剥がれ落ちました。


この洞窟は、朝と夜はとても湿気を含んだ空気が流れているのですが、昼間、岩の間から光が射すうちは乾いた空気が流れていたのです。


湿度をまとった汚れは、乾燥した空気に乾かされて、剥がれ落ちていったのです。




何日か過ぎて、少女はおかしいなと思いました。


おなかがすかないのです。


食欲は、棺に入ったときから消滅していました。


最後に食べ物を口にしたのは、棺に入る前日。


最後に水を口にしたのは、棺に入る前日。


おそらく10日は、過ぎている。


なのに、私は、なぜ生きているのだろう。




なぞが解けないまま、少女は毎日、神を待ちました。




まだ、神は現れません。


まだ、神は現れません。


まだ、神は現れません。




少女は、自分の体の異変に気が付き始めます。


食べること、飲むことを忘れた体が、ふと、動いたような気がしたのです。


体が、少し、膨らんできたと、気が付きました。


日に日に、大きくなる体。


日に日に、動きを増して行く、腹の中で動き回る、何か。




ある日、少女は、激しい苦しみに襲われました。


岩の隙間から月がのぞき、日が差し、再び月がのぞいた頃。


少女は、命を、誕生させました。


血にまみれた命は、やがて声を上げ、少女の乳を吸いました。




少女は、ここに神は来なかったけれど、神はいるのだと思いました。


神が、この命を、私の元に下さったのだと思いました。


命は、どんどん育っていきました。


血にまみれた体は、すっかり綺麗になっていました。


少女は、命の求めるままに乳を含ませ、互いの体温を分け合い、生きていました。




神が私を迎えに来るのであれば。


この鎖のついていない、この命を。


どうかもっと日のあたる場所へ。


そう願おうと、決めていました。




命は、抱かれているだけでなく、動き回るようになりました。


しかし、少女は鎖でつながれているので、ほとんど同じ場所にいることしかできません。


少女は、不安を覚えました。


わたしの手の届かないところに行かないよう、決して手は離さないと、心に決めました。




命は、歩くようになりました。


命は、どうしても、手を離してみたくなりました。


命は、手を、離して、少女から離れました。


少女はあわてて、手を伸ばしますが、歩くことに楽しさを感じ始めた命は、すすんでしまいました。


岩の段差で、命が、転び。


別の岩に頭をぶつけ。


命は、動かなくなりました。




どれだけ手を伸ばしても、少女の手は、命であったものには届きませんでした。




少女は、やはり神はいないと考えを変えました。




何日も何日も、命だったものを見つめました。


何日も何日も過ぎて、命だったものの形は、すっかり消えてなくなりました。


命だったもののしみすらも、そこには残りませんでした。




何日、そうして過ごしたでしょうか。


ある日、少女のいる広場に、大きな衝撃がありました。


地面が揺れて、月をのぞかせていた岩の隙間が、落ちてきたのです。


少女の、大きな鎖がつながれている、岩の上に、落ちてきたのです。


岩が割れ、鎖が抜けました。




少女は、何日も、何日も見つめ続けてきた、命のあった場所に行きました。


歩くことを忘れた少女は、一生懸命、命のあった場所に向かって、手を伸ばし、足を動かして、たどり着きました。


命のあった場所を、いとおしく、なでました。


命のあった場所に、そっと体をのせて、涙を流しました。




「待たせてしまって、ごめんなさい」




少女が声を出したとき、大きな岩が、少女の上に、転がり落ちました。





神は、いたと、あなたは思いますか。


神は、いたと、私は思いたいのです。


だから、私は、この話をお聞かせしたのです。





神は、いたと、思いますか?

ブレサリアン、ご存じですか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悲しく重い内容ですが美しい文章で綴られています。 死ぬことでしか救われない運命があるのなら、その死をもたらした存在を神と呼ぶのでしょうか。それとも死を待つ中で命に触れる機会を与えられた奇跡…
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