第三話
彼女の話によると小牧奈緒のアパートにいたのは英文科の学生で、学科内では女好きとしてかなり有名な男だったらしい。
いろんな女の子にちょっかいを出しては慰み者にしてポイ捨てするサイテーな男だったという。
「もしかして水無月さんも?」
「うん、絡まれた……」
心底嫌そうな顔で頷く彼女。
「初対面なのにいきなり飲みに誘ってきて……。断っても断ってもすごくしつこく付きまとってきたの」
「へえ、アッキーノ・モッチッチみたいな人だね」
桜ノ宮さんがここぞとばかりに話の腰を折る。
僕はむんずと首根っこを捕まえて、また投げ飛ばしてやった。
「にゃあああああぁぁぁぁーーーー………」
……今度はエベレストまで行ってるといいな。
「………」
水無月さんが唖然としていたので、にっこり微笑んだ。
「で?」
水無月さんはおどおどしながら、先を続けた。
「わ、私が何度も断ってるうちにね、その男の人、今度は奈緒を誘い出して……」
なるほど、水無月さんが頑なに拒むから、彼女の親友の小牧奈緒を狙ったわけか。
話を聞くだけで確かにサイテーな男のようだ。
「顔はいいから奈緒も本気で好きになっちゃったみたいで。私、彼女に言ったわ。『あの男だけはやめて』って……。そしたら彼女、すごく怒りだして……」
そりゃあ、誰だって自分の好きな人を否定されたら怒るだろう。
言った相手が親友なら、なおさらだ。
「『彼のことを悪く言うんなら、絶交する!』とまで言い出して……」
そう言ってさらにシクシクと泣き出す水無月さん。
まさに友情を取るか、恋愛を取るかのパターンだな。
僕には経験がないが。
「私、なんとか奈緒にわかってもらいたくて……。『じゃあ絶交する』って言って別れたの。そしたら、帰りに事故にあっちゃって……」
不運は連鎖するものだな。
泣いてて車が来てるのに気づかなかったのかもしれないが。
「本当は私、絶交なんてしたくなかった! 奈緒ならわかってくれると思ってた! でも、事故で死んじゃったから何も伝えられなくて……」
「彼女のアパートとかには行ったの?」
「……ううん」
「どうして?」
「動けないの。ここから」
ああ、なるほど。地縛霊というやつか。
本来なら、死んだ場所にとどまるはずなんだけど、そうでなくとも思い入れの強い場所にとどまることもある。
「……もしかして、ここで?」
「うん、奈緒と喧嘩した場所……」
だとしたら、話は単純だ。
その小牧奈緒って子に会って本心を伝えればいい。
見つけるのが大変だけど。
「もしも小牧奈緒って子が、その男の人と付き合ってたらどうする?」
「……奈緒が幸せならそれでいい。ごめんねって謝りたい」
無理難題というわけではなさそうだ。
この大学にいて、しかも同じ学科の学生なんだから、調べれば会えるだろう。
本来なら完全無視する案件だけど、こうして関わってしまった以上最後まで付き合うことにした。
スッキリしないし、長くとどまり続けて負のオーラがこっちに飛び火してくるかもしれないし。
「じゃあ、僕がその小牧奈緒って子を探してみるよ」
「ほんとに?」
「ちょっと時間かかるかもしれないけど。水無月さんの本心を伝えてくる」
そう言った瞬間、ガバッと水無月さんが抱き着いてきた。
「ありがとう! ありがとう!」
幽霊だからあまり実体感はないけれど、ほんのりと温かい空気が感じられた。
こうして見ると、本当に可愛い子だ。
思わず頭を撫でたくなってくる。
そっと水無月さんの頭に手を置こうとした瞬間、背後から桜ノ宮さんが声をかけてきた。
「私の時と態度がちーがーうー!」
「出たな、神出鬼没女」
僕は振り返らずに答える。
絶対、現れると思った。
こういう時の登場の仕方はもはやテンプレだ。
今朝から合わせて3回目ともなると、さすがに僕でもわかるってものだ。
……けれど、次の行動はまったく読めなかった。
「ええい、アッキーノ・モッチッチから離れろ、このメスブタめー!」
「言葉遣いが汚い!」
なんと桜ノ宮さんは抱き合う僕と神無月さんに体当たりをかましてきたのだ。
幽霊のくせに幽霊っぽくないまさかの物理攻撃!
まともに食らった僕は(なぜか僕だけ)、木の影の茂みに吹っ飛ばされた。
「げふう!」
「思い知ったか、このメスブタめ!」
いや、メスブタはあっち……。
メスブタっていうのもアレだけど……。
当の水無月さんは顔面蒼白で僕を見つめていた。
「あれ? よく見たらアッキーノ・モッチッチ!」
「うん、よく見なくてもアッキーノ・モッチッチ……」
「ごごご、ごめん! えーと、足が滑っちゃって……」
「言い訳ヘタか!」
完全に「離れろ」って言ってたじゃん。
「大丈夫? ケガしてない?」
「だ、だいじょぶ……たぶん……」
「よかったー。じゃあ、もう一回突き飛ばしてみてもいい?」
「じゃあってなんだよ、じゃあって!」
「いやー、吹っ飛び方が面白くて」
「面白がるな!」
またギャアギャア言い合いをしていると、水無月さんはクスクスと笑った。
「やっぱり仲がいいですね」
……ぜんぜん嬉しくなかった。