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記憶喪失の桜ノ宮さんは今日も元気に幽霊してる  作者: たこす
case1.大学に潜む儚き友情
5/12

第二話

 その幽霊はとても華奢で小さな顔をしていた。

 ロングの黒髪に可愛らしいピンク色のカーディガン。

 ぱっちりとした大きな目は端から見たら美少女の類に入るであろう。


 ただ一つ、普通の人と違う点があるとすれば、頭から血を流していることだ。

 それもけっこう多めに流れていて、彼女の顔の左半分を埋め尽くしていた。


「………」


 その女性の霊は、きょとんとしながら桜ノ宮さんを眺めていた。

 そりゃそうだろう、こんな元気に声をかけられるだなんて想像もしていなかっただろうから。

 彼女はおどおどしながら、か細い声で聞いてきた。


「……あなたは?」


 尋ねられた桜ノ宮さんは、でん! と構えて言った。


「私はミョンホーエン・エレクトロニクス・シュトロハイツ・バッハ四世だよ!」

「嘘をつくな、嘘を!」


 背後からチョップをかます。

 何いきなり知らない相手に嘘をついてんだよ。


 桜ノ宮さんは「痛いー」と頭をおさえながら恨みがましい目でこちらを見た。

 嘘をついた罰じゃ。

 そもそも、そんな長ったらしい名前、覚えられるわけが……。


「は、はじめまして……。ミョンホーエン・エレクトロニクス・シュトロハイツ・バッハ四世さん」


 覚えた!!

 この子、すげえなッ!!!!


「そしてこっちは従者のブタです」

「だれがブタだ!」


 またもやチョップをかます。


「痛いー」

「ブタはひどすぎるだろ。嘘をつくにしても、もう少しまともな名前を……」

「よろしく、ブタさん」


 信じちゃった!?

 え、なにこの子。もしかして天然?


「ぷぷぷぷー。アッキーノ、ブタだって。ぷぷぷぷー」

「諸悪の根源が笑うな」


 初対面の人間(というか幽霊)からブタ呼ばわりされたの初めてだわ。


「ねえねえ、この人のこと『おいブタ』って呼んでみてよ。ハアハアするから」

「人を変態みたいに言うな!」

「お、おいブタ……」

「あははははー、言ったー! ハアハア、ハアハア! もっと! もっと! ハアハア」

「お前がハアハア言ってんじゃねえか!」


 ど変態だな、こいつは。

 僕は桜ノ宮さんの首根っこをむんずと掴まえると、天高く放り投げてやった。



「にゃああああぁぁぁぁーーーー………」



 軽ぅ。

 質量がないからめっちゃ軽ぅ。

 桜ノ宮さんは空高く飛んで行ってキラーンと輝く星になった。

 ……あのまま風に飛ばされてどっか行ってしまえばいいのに。


 あっけにとられている女性の霊に、僕は改めて向き直った。

 本当は無視してしまいたかったけれど、認識してしまった以上、関わるしかない。


「ごめん、お騒がせして。えーと……君は?」

「あ、すいません、ビックリしすぎて……。私は水無月みなづき優奈ゆうなと言います」

「水無月さん」


 聞いたことない名前だ。

 まあ大学なんてそれこそ何千人といて学部や学科が違えばまったくと言っていいほど接点はないし、たとえ同じ学科でも名前の知らない人は大勢いる。


「どこの学科?」

「英文科」


 おおう。

 どこぞの自称ハーバード大学ご出身者様と英会話でもしてもらいたいわ。


「えーと、ブタさんは?」


 ブタじゃねえ!

 と思ったけど、本名は言いたくないからそのままにしておくことにした。


「僕は日本文学科」

「日本文学科!?」


 なぜか食いついた。


「じ、じゃあ、小牧こまき奈緒なおって子、知ってます!?」

「……誰?」

「日文の3年生です!」

「さ、さあ」


 さっきも言ったけど、大学は広いから同じ学科でも知らない人はけっこういる。

 そもそも彼女の言う3年生は、生前の3年生なのか、リアルタイムで3年生なのかもわからない。

 リアルタイムであれば、同期ということになるが。


「今年の春、3年生になったばかりなんですけど……」

「あ、じゃあ僕と同期だ」


 ということは、名前は知らないけど面識くらいはあるかもしれない。


「その子がどうかしたの?」

「実は私、その子と喧嘩してしまって……」




 どうやら彼女は日本文学科の小牧奈緒という子と入学当初からすごく仲が良かったらしい。

 学科は違うものの詩集サークルが一緒で、常に一緒に行動していたそうだ。


 ところが、春休みに入って小牧奈緒から連絡が取れなくなった。

 LINEを送っても既読はつくが返事がなかったという。

 心配になった彼女が、小牧奈緒の住むアパートに行くと、そこには……。



「たちの悪そうな男がいた、というわけかー」

「どわあああああ!」


 気づけば桜ノ宮さんが背後に立っていた。

 ……いつ戻ってきてたんだ?

 まさに神出鬼没だな。


「風に飛ばされてどっか消えたかと思った」

「おかげさまで、富士山頂まで飛ばされました」


 ずいぶん飛んだな。

 我ながら、自分の腕力にびっくりだ。


「富士山頂はどうだった?」

「うん! 景色がすんごく綺麗だった!」

「そうか、そりゃよかった」


 そのままそこに住み着けばよかったのに。


「まだ雪がすごく残っててねー。太陽の光がキラキラしてて幻想的だったよー」

「へえ」

「あと、雲海もすごかったー」

「雲海も見れたんだ」

「……あ」

「どした?」

「人を投げ飛ばすなー!!」

「ツッコミ、今かよ!?」


 遅いよ、ツッコミ!

 普通にスルーされてたかと思ったよ!



 そんな感じでぎゃあぎゃあ言い合ってると、水無月さんがクスクスと笑い出した。


「……?」


 桜ノ宮さんと二人、お互いに顔を見合わせる。

 水無月さんは笑いながら言った。


「仲がいいんですね、お二人」

「でへへー、幼馴染なもんで」

「幼馴染じゃねえよ! 今朝会ったばかりだろうが!」


 その言葉に、水無月さんは「えっ?」と驚いた顔をした。


「お二人、初対面なんですか?」


 忘れてたけど、桜ノ宮さんとは今朝会ったばかりだった。

 もう一生分のツッコミをしている気がするけど。


「うん。でもこいつ、こういう性格だから……」

「うきー! なんかバカにされた気がするー!」


 バカにされたとわかるだけで、すごい進歩じゃないか。

 人類が石ヤリで狩りをしていた時代から月面に着陸したくらいの進歩じゃないか?


「……すごいですね。やっぱり友情って、時間じゃ計れないんですね」



 そう言うと、水無月さんは寂しそうな目をした。

 そんな彼女を見て、僕は思わず尋ねていた。


「水無月さんは……何かあったの?」



 すると彼女はシクシクと泣きながら、事の顛末を話し出した。

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