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記憶喪失の桜ノ宮さんは今日も元気に幽霊してる  作者: たこす
case1.大学に潜む儚き友情
4/12

第一話

「へええぇぇ! ここがアッキーノ・モッチッチの通う大学かあ」


 桜ノ宮やよいと付き合うことになった僕は、とりあえず今日の講義に出席するため大学に向かった。


 僕の通う大学は有名な私立で、そこそこきらびやかな建物だ。

 赤を基調としたモダンな感じの外壁に、桜ノ宮さんは心を鷲掴みにされたようだった。


「なんか、地味ぃーな感じだねー」


 ……そうでもなかった。


「これでも偏差値は高いほうなんだよ?」

「そうなの? どれくらい?」

「上の中の下くらい」

「微妙……」


 微妙言うな。

 けっこう高いだろ。


「でもアッキーノ・モッチッチって頭良かったんだね」

「ふふん、その通り。今頃気づいたか」

「頭悪そうな顔してるのにね」

「ほっとけ!」


 そしてその言葉、そっくりそのまま返すわ!


「にしても、私、大学なんて行ったことなかったからこういう場所初めてだなー」

「桜ノ宮さんは大学には行ってなかったの?」

「んー、どうだろー」

「もしかして専門学校に通ってたとか?」

「うーん、全然覚えてない」

「そう……」


 やっぱり重要な部分は思い出せないらしい。

 どこの大学に通っていたかがわかればかなりの手掛かりになったのになー。


「でもね、うっすらとハーバード大学の門構えは思い出せる」

「うそつけ!」


 こんな子がハーバード行ってたら、権威が失墜するぞ。


「いやいや、本当かもよー? 海外は学力よりも個性重視って言うじゃない」

「う……」


 ま、まあ確かに……。

 言われてみればそうだけども。

 でもこんな個性の塊のような彼女が入れるかどうかは疑わしい。


「それに、ハーバードじゃなくても、オックスフォードとかスタンフォードとか通ってたかもしれないじゃん」

「なんで海外オンリーなんだ」

「んー、なんだかアメリカとかに行っていたような気がする……」

「へえ。じゃあ、英語とか得意なんだ」

「でぃす いず あ ぺーん」


 ……ダメそうだ。


「まいねーむ いず ヤヨイ・サクラノミヤ・プリンセス」

「自分でプリンセス言っちゃったよ、この人!」


 しかもプリンセスつけるなら頭にだろ。


「ふぁいん さんきゅー。おーきに、おーきに」

「なんで関西弁をならった外国人風なんだ!」

「えへへー、まあざっとこんなもんかな」

「うん、すさまじい語学力なのはわかった」

「……あれ?」

「なに?」

「ハローって英語だっけ?」

「小学生からやりなおせ!」


 よくもまあ、こんな英語力でハーバード行ってたかもなんて言えるな。


「ねえねえ、ところでアッキーノ・モッチッチはこの大学で何してるの?」

「何って……、日本文学の研究してる」

「にほんぶんがく?」

「そう。文学部だから」

「……それ、外国語?」

「日本語だわ!」


 どうしよう、日本語もわかんなくなっちゃったよ、この子。


「へえー、アッキーノ文系なんだー」

「見てみるか? これから講義始まるところだから」

「んー、どうしよ。私、講義と名の付くものに出ると一秒で爆睡するからなー」

「すごい体質だな!」


 一度、睡眠療法の専門家に見てもらえ。


「でも興味あるし、見てみようかな」

「おう。もしかしたらこの大学に通っていた可能性もあるしな」

「言われてみればそうだねー。よし! 私、頑張って講義受けてみるよ!」

「何か思い出せるといいな」




 ………。


「ZZZZzzzz………」


 あ、甘かった……。

 講義室に入ってきた教授が口を開いた瞬間、ものの見事に爆睡したぞ、こいつ。


「えー、というわけでありまして。枕草子は清少納言により……」

「ZZZZzzzz………」


 なんて幸せそうな顔で寝てるんだ。

 その睡眠能力のひとかけらでも欲しいわ。


「また、枕草子には他にもいくつか逸話があり……」

「ふひ、ふひひひひ。やめとくれー、おとっつぁん」


 どんな夢見てんだよ!


「さらにはこの時代、女性が文字を書くというのは……」

「ぜっとぜっとぜっと……ZZZ」


 ああ、もう! 気が散って集中できない!



 僕はそっと筆記具をショルダーバッグにしまうと、講義室を静かに退室した。

 今日の講義は休講扱いになってしまうけど、まったく集中できないのだから仕方ない。


 すると突然、背後から桜ノ宮さんが声をかけてきた。


「あれー? 講義受けないの?」

「どわあああああ!」


 いつの間についてきてたんだ。


「な、なんで? 爆睡してたんじゃなかったの?」

「寝てたけど、アッキーノ・モッチッチが出ようとしてたから目が覚めた」


 どんな感知能力だよ。

 マンガに出てくる凄腕のスイーパーみたいなやつだな。


「にしても、やっぱり難しかったねー、大学の講義」

「一ミリたりとも聞いてないだろ!」

「清少納言のくだりは、ちんぷんかんぷんだったよ」

「聞いてたの!?」


 え? 爆睡してたよね? どういう体質?


「私、睡眠学習能力あるから」

「すごいな!」


 でもすごいくせにバカだな!

 もったいない。


「はあー。やっぱり桜ノ宮さんを講義になんて連れてくるんじゃなかったよ。完全に気が散って集中できなかった」

「アッキーノは集中力が足りないもんね」

「開始早々一秒で爆睡したお前に言われたくないわ!」


 ほんと、とんでもない幽霊と関わり合いを持ってしまったもんだ。


「にしてもどうしよう。次の講義までかなり時間あるなー」


 大学の講義は基本90分だ。つまり欠席してしまったから、まるまる90分(正確には80分ほど)時間が空いてしまった。


「昼メシって時間でもないし……」


 時計を見ながら大学の建物の外をトボトボと歩いていると、木の下で一人の女性がシクシク泣いているのを発見してしまった。


「………」


 ……出たよ。

 桜ノ宮さんとは違う、いつものパターンの幽霊。


 こういう場合、僕は声をかけない。

 彼ら(彼女ら)は視える相手には執拗に絡んでくるからだ。

 自分の訴えをなんとかして欲しくて。


 でももちろんできる場合とできない場合があり、そして圧倒的にできない場合のほうが多い。

 そうなると怒りや悲しみの矛先がこちらに向けられるのだ。


 だから霊感のある人ほど、彼ら(彼女ら)とは関わろうとしない。


 それが僕の信条だったのだけれど……。



「やっほー! なんで泣いてるのー?」

「さくらのみやさああああぁぁぁぁぁんッッッッ!?」



 ……彼女の存在を忘れていた。

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